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第十二話

 公史は業務中でありながら執務室を離れて外へ出た。単純作業をしていた最中、近藤からリンボへ向かうとの連絡を受けて業務どころではなくなってしまったのだ。

 持っていた携帯から近藤へと通話を飛ばした。

「あのメール、本気か?」

 休憩室と違って声が発散され、声量に気を遣わなくてもよかった。業務中のために外を出歩く人物も少ない。

「本気よ」

「戒にかなりの苦労を強いることになるぞ。あそこは日本と違ってあまりにも現実から乖離しすぎている。目の前の光景を受け入れることだけでも重荷になるだろうよ」

「分かってるわ」

 リンボは元々コンサイバー達が隠れて暮らしていた人工島で、まだ表に出ていない時は発達した科学により近未来的都市が完成されていた。高層ビル、遊園地、空飛ぶ車は歩いていてもどこでも見ることができた。現代の科学に負けない程の都市を、我々コンサイバーは持っていた。

 しかし、その島が人間に発見されてからは事情が変わる。その島では一度人間とコンサイバーによる戦争が五年繰り広げられた。結果はコンサイバーの敗北で、我々は島外への逃亡を余儀なくされた。

 その経緯があり、今では廃れている。長崎にある軍艦島を思わせる程の廃墟の多さ、未だに見つかる人骨、街中に漂うヘドロのような匂い。老朽化した島の土は年々波に削られ、後十年程すれば島自体が消滅するのではないかと言われる程だ。

 今、リンボは人間の支配下に置かれている。コンサイバーの暮らしや科学力を調べながらコンサイバーが戻ってくることがないか見張っている。近藤達が向かえば、戦いは免れない。戒は高校での喧嘩には慣れているが、子供同士の喧嘩とは訳が違う。

 公史は戒と、そしてその友達をリンボに連れていこうとする近藤に立腹していた。

「だめだ、戒には行かせられない」

 いつもより公史は語気を強めた。暗殺者特有の冷淡な心は彼は持ちあわせておらず、娘を思う父の心になっている。

「これ以外に方法はあるの? それに飛行機のチケットも手配してもらったんだから、無駄にはできないわ。お金は大事よ」

「戒を行かせる必要はない!」

 公史の言葉は空気さえも切り裂き、同時に近藤の口から言葉を失わせた。お互いに言葉を探したが、先に見つけたのは近藤の方だった。

「これから戒ちゃんはすごい数のコンサイバーと戦う必要が出てくると思うわ。今回はそのための予習みたいなもの。早い内からあの子には、自分の人生が変わった事を教える必要があると思うけど」

 激昂した子供を宥めるようにして、近藤は話した。

「それもそうだが、もし死んでしまったりでもしたらどうするつもりだ」

「それはない。あり得ないわ」

「お前が強いのは知ってる。だが、戒はまだ子供だぞ。十八歳の女子高生だ。徴兵令が出されるにしては早すぎるし、力もない」

 電話の先で、近藤の溜息が聞こえた。しかし公史はそれに屈することのないように、まるで近藤が目の前にいるかのように厳しい表情をした。考えは容易く曲げる気はない、と顔で言っている。

「あの子は確かにコンサイバー相手にはまだ勝てる能力を持ってないでしょうね。だけど、人間相手ならどんな格闘技を習ってる相手でも勝てる程の腕は持っている。私は確信してるわよ、あの子は弱くないってね。多分武器無し勝負ならあなたよりも強いわよ?」

 戒が学生相手で喧嘩している所を見たことのない公史は、反論のしようがなかった。

「でもね、やっぱりまだ未熟。精神的にも喧嘩の技術的にもね。高校では最強って言われてるらしいけど、私からしてみれば序の口。喧嘩屋のチャンピオンと戦ったら一分で負けるくらい」

「ならやっぱり行かせない方がいいんじゃないか」

 粗探しをするように反論してみせたが、近藤の次の言葉は読めていたことで弱々しい言い方となった。強い意志というのは弱点があり、近藤にすぐにそれを見抜かれてしまった。

「修行よ。リンボにいる雑魚兵士達は丁度いい相手となるでしょうし。あの兵士達は何やら格闘術のルールとかでガチガチに固められてるから、ちょっとでも逸れた戦術を使われたらすぐに無力になる。例えるなら、雑魚兵士は書物を読んで鍛えられてるけど、戒ちゃんは経験で鍛えてるわ。百の戦績と百の熟読。私は前者の方が強いと思うわね」

 現状、公史は論戦では勝てそうにないと判断した。彼は寝不足で思考力が低下していたせいで、どんな反論をしたところでただの揚げ足取りになりそうだったからだ。彼のプライドがそれを許さなかった。

 結果的に許してしまうのだった。

 ショックが大きくないのは、日常だからだろう。

「分かったよ」

 ふっふっふ、と近藤は笑った。その言葉を狙っていたかのように。

「ただ、万が一戒が死ぬようなことがあれば、俺はお前を許さない。この手で処刑してやることを忘れるな」

「その時は処刑を快く受け入れるわ。……それじゃあ、またね。次会う時は同じ関係のままでいましょ」

「信じておくさ」

 ついていく、という発想は元々なかった。公史は能力者であることと、殺し屋であることは戒に知られたくない。

「さて、戻るかな」

 公史は振り向き際にコンビニを見つけ、何かついでに買ってみようかとまで思ったが、着くには信号を渡らなければならなかった。

 その道のりを億劫に思い、公史は結局、元きた道を引き返した。

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