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第十一話

 昼食の後、私は部屋に戻って菊元と談義を交わした。昨夜十分な眠気が取れなかったせいか、話しながら私は寝てしまったみたいで、起きた時には午後三時を回っていた。開けっ放しの窓から入ってきたスズメが私の顔に乗り、起こされたのだ。

 すぐに追い払った後、私は大きく欠伸をしながら辺りを見渡した。

 ベッドから床に落ちている美奈の姿以外には誰もいない。

 たった二時間程しか寝ていないのに、満足感があった。ズル休みの一日を無駄にしてしまったような気はするが、そういえば今日は金曜日という事を思い出した。明日明後日は休みだ。

 美奈は私に背中を向けながら床で寝ていた。背中の上に両足をのせて揺さぶってみると、彼女は「なんだなんだ」といいながら起き上がった。

「起きたのか、戒。今日は良い天気だぜ!」

「美奈はいつも寝る時こんななの」

「こんなってなんだよ?」

 私は下に向けた指を美奈へ見せた。

「ベッドから落ちてるけど」

 美奈は恥ずかしがる様子がなく、むしろ胸を張った。寝てる時についた服のシワが伸びた。

「私は寝てる時も元気なんだぜ!」

 私が彼女の無邪気さに改めて呆れを感じた時、部屋に近藤が入ってきた。

「あら、起きたのね」

「寝てるの知ってたのかよ?! ってことはなんだ、近藤お前、本当にストーカーなんだな、こええぜ」

「ちょっと。私はストーカーじゃないわよ。保護者よ、保護者。戒ちゃんあまり変な事言わないの」

「事実じゃない」

 近藤もまた、呆れたように深い息を吐きながら、当たり前のように私の椅子に座った。

「で、何の用」

 彼女が椅子に座ったということは、何か長話をしなければならないということだ。学校の教師が教卓の前に立つのと同じように。そろそろ彼女が私の椅子を私物化するのには慣れてきたようで、気にすることがなくなった。

「戒ちゃんの能力のことなんだけどね」

 私はすぐに先の会話を思い出した。ケルヴィン、という男と近藤のしていた会話の一部分のことだ。

「感覚がどうのこうのって」

「さっき戒ちゃんが寝てる時に調べたんだけど、面白い情報を手に入れてね」

 近藤は机の上に歴史と書かれた表紙の二千ページにも及びそうな分厚い本を置き、もう一つグラフの書かれたプリント用紙を出した。彼女は外に吹かれる風の力を借りながら本をぱらぱらと捲り、目的のページが来ると手で本を抑えた。

「戒ちゃんと同じ能力の人が、昔いたのよ」

 私は返事をせずに、ベッドから立ち上がって机の側に寄った。菊元もまた同じように私の横に付いた。

「この本はまだコンサイバーが都市伝説化されてない時に出版されたレアリティの高い本よ。色々な事の歴史が書かれてて、コンサイバーの歴史も載ってるの」

「すげえ! そんな本どこから持ってきたんだよ?」

「声が大きいからちょっと静かにしてね。それで、まあ出処は秘密よ。これでも苦労して取ってきたんだから感謝して欲しいわね」

 近藤は微笑みかけながらそういったが、感謝する理由が浮かばずにただただ腹立たしさが残った。私はこいつのせいで巻き込まれているのに、感謝してほしいとは何事だと。

「この本、誰かが趣味で作ったとか、虚構が書かれているとかじゃないの」

「それはないわ。これ三千ページもあるのよ。持ってるだけで重いものを、誰が趣味で作ろうだなんて思う? 後、色々な背景があってこいつは本物だって言えるのよ」

 これ以上突っ込むと面倒なことになる、といち早く察した私は憤りを我慢した。

「あなたと同じ能力を持った人が現れたのは丁度この辺りだって言えるわ」

 十八世紀の世界情勢と書かれたタイトルのページには細かい字で一年ごとに起きた出来事が書かれてある。文章を見ると一つ一つにあるのは事実だけで、筆者の評論文は一切交えていなかった。

 近藤はそのページの、十八世紀末の所を指し、円を書くように指を動かした。

「この辺りに魔女狩りは衰退を見せたわ。一応、今でもどこかの国で魔女狩りは行われてるんだけど、全盛期の終わりはここら辺ね。裁判官が魔女に対して優しくなった時期」

「衰退した理由っていうのは?」

「魔女に対する認識が変わってきたからよ。昔の人達は日常的に起こりうるあらゆる説明できないことを神もしくは悪魔の仕業として考えた。だけどそういった超常現象を解明する科学者達が続々と現れ始め、人間でも作ることのできるただの現象であると証明してみせた。そこから一気に衰退したわ」

「にしてもなんかおかしいよなあ。なんで魔女狩りなんてもんが始まったんだ? 魔女じゃないのに死んだ奴らとかたくさんいるんだろ」

「死んだ人の七割くらいは人間だったんじゃないかしら」

「じゃあ、魔女狩りの意味ってなんなんだよ」

「数ある可能性の一つなんだけど、やっぱりコンサイバーの差別が原因じゃないかって説が有効よ。その時代コンサイバーは魔女と呼ばれていた。っていうか、話が脱線しちゃうから元に戻すわよ」

 私は二人の話があまり耳に入っていなかった。理由はないが、私と同じ能力を持つ人物がいるということに興味を持った。何世紀も前の人物なのだから面識はないだろう。ただ、その人物がどう生涯を終えたのか、深く惹かれた。私も同じ生涯をたどる可能性がある。

「そのコンサイバーはどうなったんだ」

 近藤が脱線した話を戻そうと口を開きかけたところ、私は割り込んだ。

「暗殺されたわ」

 美奈が小さく驚いた。私が暗殺されるまでの未来を描いたのだろう。

 無論、私も感じる物はあった。

「コンサイバーは大陸から逃げるように海の上に人工島を作ったわ。島自体の姿を見えなくして。そうなればもちろん、戒ちゃんと同じ能力を持った人もそこに移り住むことになるんだけど」

「理解した」

 私は近藤を黙らせた。

「え、え? どういうことだ?」

「能力を消す能力は、コンサイバーから見れば畏怖の対象だった。一度でもそいつに反抗心が生まれたら、たちまち島は表に現れ、また処刑と隣合わせの世界で生きなければならなくなる」

「そう。人間と同じ事をコンサイバーはしたの。だから、コンサイバーはただ能力があるだけで、人間とは変わらない。よく分かってきたんじゃない?」

 遥かに合理的で、冷酷な現実であった。

 外から聞こえる黄色い声は小学生の群れだろう。彼らは冷酷な現実を知らずして育っている。私には関係ないことだが、子供は子供のままでいいと思えた。

「それで、さっき科学者が登場して魔女狩りは衰退したって話だったけど、もう一つ考えられる理由があるの。それがアンチコンサイバーの、もう一人の使い手の活躍」

 近藤の焦らせるような喋り方はどうやら美奈には効果的であるみたいで、彼女は深く聞き入っている。私は、結論から先に言ってくれとむしゃくしゃしているだけだ。

「処刑を恐れるあまりに能力を持つ事に恐怖するコンサイバーはたくさんいたわ。だから、彼はそんな人たちを救うために裏で活躍し始めた」

 『あなたの能力、消します』と書かれた看板を想像した。少し滑稽だ。

「魔女裁判が発展したのは宗教関連で都合の悪い存在を片っ端から排除していこうって考えと、魔女見つけたら、その報酬としてお金を得られるっていうビジネス的な考えが主に出されるけど、そのもっと根本的な部分と関係しているのがコンサイバー。今いった二つの理由はただの飾り付けね。

 で、コンサイバーは特殊な性質を持っててね。自分が殺されそうになると勝手にCON細胞が動き出して、意図せずして能力を使う。昔の人々はそこで判断したのよ。だから人間か否かの判断は簡単だった。能力を失えば処刑を免れる。だからアンチコンサイバーは活躍できたの」

 近藤の顔は得意気だった。

「本題に入るわよ。私はあなた達が寝てる間に中世の事をこんな感じに調べてたんだけど、その成果はちゃんと出てきたわ。それが、これ」

 歴史書の下に隠れていた一般プリント紙サイズの紙を取り出した。

 白黒の写真の下に四行の説明文が書いてあるといった簡素なプリントだ。

 写真には科学者のように白衣をきた日本人の人間三人が一列に並び、中央の台で寝ている日本刀を観察している様子が写っている。

「ゲームの写真か何かか?」

 美奈は腕を組みながら茶化した。

「違うわ。これが撮影されたのは十年前の夏で、場所は『リンボ』と呼ばれる島」

「リンボ?」

「コンサイバーが隠れてた場所。バミューダ・トライアングルの中央に位置していた島よ。その人工島が発見されてから名付けられたのがこの名前」

 辺獄という意味合いもあるわね、と付け加えていたが、私と美奈は分からんといった様子で目を合わせた。

「この剣はかつて、さっきいったアンチコンサイバーの男が使っていた剣なの」

「言いたいことがよく分からないんだけど」

「焦らないで、戒ちゃん。この剣には調べた限り大量の能力使用痕跡が残されていた。彼はこの剣を使って能力を行使したっていうこと。単純明快な話で、あなたも物に依存して能力に目覚めることができるかもしれないのよ」

「都合の良すぎる話。信じられない」

 昨日からの出来事もまだ信じられない気分でいる。しかし、そろそろ現実からは離れた方が良さそうだと感じている。

「それで、私はどうすればいいの。こんなの持ってたら日本じゃ捕まる。メリケンサックを能力の依代にしちゃだめなの」

「うん、だめ」

「どうして」

「急を要するから。調べによると、この剣は同じ能力を持つ者にのみ反応して能力を即時発動できるみたいなの。今言ったメリケンサックを依代にはできるんだけど、それには時間が掛かるってこと」

「なら、この剣をここに持ってきてくれればいい話。任せてもいい?」

「本当はそれでもいいんだけど……。どうしようかな」

 近藤は頬杖をついて考え込んだ。あーでもないこーでもない、と学者のように呟いていると、計算式が解けたのか、にんまりと笑いながらこう言った。

「ついておいで」

「嫌だ」

「きなさい」

「断る」

「ヘタレって呼ぶわよ」

 今度は私が考え込んだ。戒ちゃんならまだしも、ヘタレと呼ばれるのは癪だ。一生の恥をかくことになる。

「なあ戒、いこうぜ。おもしろそうじゃん」

 脳天気な美奈が羨ましく思える。あまり物事を深く考えないところが彼女の欠点だ。私の悩み事を面白がるのは、彼女の度胸が強い事を証明している。

「美奈も来ていいの」

「だめなのか?」

 私は否定しない近藤を見た。コイツ、連れてってもいいの?

「いいわよ。あなたが認めた友人でしょ」

 昨日の一件は、私の友情という人間らしい概念を根本的に見つめなおす切っ掛けとなっていた。気づかないうちに私は、美奈という友人を側に置いておきたいという気持ちが強くなっていた。

「戒。私もいくぜ! 今まで戒を支えてたのは私と……まあ、冴なんだからな。その代わりに、何かあったら守ってくれよ!」

「何もないといいけど」

「残念だけど、戦いは予想されるわ」

「ただのお使いじゃないのかよ?!」

「この剣の守りは堅い。ただ行って取ってくるだけなら私でもできるけど、そうじゃないから戒ちゃんを連れていくの。これから起こる現実をその体に教え込むためにね」

 どこかで携帯のバイブ音が鳴った。美奈はポケットの中身を確認したが、結局電話は近藤宛であることが分かった。

「ちょっと待っててね」

 近藤は部屋を出た。

 私の顔は歴史書とその側に置かれたプリントの方を向いていたが、視線はいつ訪れるか分からない未来に向けられていた。この剣を使って、私は戦う。剣道を習っておけばよかった、と今更ながら後悔した。

 私は感情が顔に出やすい。美奈が心配そうに声を掛けてきた。

「大丈夫だって! 戒って今まで色んな事乗り越えてきただろ。死にそうになった事もあったじゃねえか。ぜーんぶなんとかなってきたんだから、」

 私の肩に、美奈の手が乗った。暖かかった。

「できるさ!」

 美奈は自信満々だった。近すぎるほど顔を近づけさせ、私の顔をまじまじと見ているようだったが、私の焦点が定まるとようやく離れた。私は椅子に座って、おかしくて微笑んだ。

「戒ちゃーん」

 ドアが開き、近藤が顔を出した。電話は既に終わっているようで、片手には携帯がある。

「明日からリンボに行って剣を探すわよ。剣の場所、警備状態、道順、移動手段は全て下調べ済み。今から色々用意しなさい。遺書の用意はしなくていいわ」

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