プロローグ
G県某市にて、住宅街から伸びた静かな坂を下った先にある商店街は午後六時を回ると賑わいを見せる。田舎に暮らす人々にとって商店街は命の源でもある。
毎日あちこちで安売りをしており、今日はトマトのバーゲンセールだ。店主が首にかけたタオルで汗を拭いながら必死に商売を盛り上げている。
玩具や駄菓子屋コーナーも人気だ。子供だけではなく、大人や老人まで幅広く利用している。狭い店内なため数人しか入れていないみたいだ。回転率を語るのは野暮だろう。
人々の流れは穏やかだが、様々な店から溢れ出る声に場は騒々しかった。
(この手が憎い。私から全てを奪ったこの手が)
自分自身の手が、自分自身の全てを葬り去った。家族も、友も。腕を切り落としても、私は呪縛から逃れることができない。永遠に付きまとう運命に、私は飽き飽きしていた。
(奴はどこだ……早く私から呪縛を解いてくれ……!)
つい一昨日のことだったか。名も知らぬ女から聞いたのだ。私の運命を変えるやつがいると。この街で待っていてくれと指示を受けたが、私は待てといわれて待つ犬ほど従順ではなく、気が遅くない。
さらに、私はもう一つ穏やかになれないことがあった。
なぜ人の形をしたゾンビ共に囲まれて過ごさなければならないのだろう。今は私自身がゾンビを真似て暮らしているために本当の姿を知られずにいるが、一度でも表の姿を知られれば、たちまちゾンビ共は私に食らいつく。ありとあらゆる方法で貪り、私を抹消する。
――忘れもしない、あの屈辱を。
かつて、私達と人間は共存の名のもとに大陸の上に住んでいた。
たとえ私達の中にCONと呼ばれる特殊な細胞が入っていたところで姿に変わり映えがなければ対等として扱われていたのだ。
むしろ、崇められることすらあった。ヒーローにすらなれる時代であったのだ。
ある日から突然であった。十五世紀頃から、私達は日常の表から追放され、裏の存在となってしまったのだ。常と違う能力を持つ私達を人間は追放し、自分達の安全性を確立させていった。
私達はやむを得ず、コードE-2570に隠れ住むこととなった。愚かな人間は、私達は地球上から姿を消したと勘違いした。
彼らの無力な目は、海上に浮かぶ人工陸を見ることができないのだ。
隔離された大陸で私達は静かに暮らしてきた。処刑という恐怖と隣り合わせの生活から逃れられ、私達は永久の平和を約束された。
――全て、私が生まれる前に起きた出来事だ。
そう、名も知らぬあの女はこうも言っていた。
平穏無事の生活を約束された私達が、どうして再び処刑と隣り合わせの恐怖と戦わなければならなくなったのか、それを教えてくれると。
私が生まれた時、既に人工陸はなくなっていた。生まれも育ちもここ、コードE-4625だ。
しかし、先祖が受けた屈辱を忘れたことはない。私達は等しく人間を恨むべきである。
(それはわかっている。人間を恨むべきなのは、わかっている)
交差し、矛盾した内の声を私は聞かなければならない。
私は裏路地に周り喧騒から隠れると、右腕の、前腕から指先まで巻かれた包帯を取った。
あまりの醜さに私は目を背ける。異臭はしないが、それは人間の作った香水により誤魔化されているだけだ。
(効き目はない、か)
無念の溜息をこぼし、再び包帯を巻きつけようとした時だった。
「な……」
高校生くらいの青年が唖然と私を見つめていた。視線の先にあるのは私の腕だろう。
――見られたのなら、仕方あるまい。
私は包帯を地面に捨て立ち上がり、真正面から対峙した。
「す、すみません! 悪気はなくて!」
私は力を右腕にこめる。いくらこの右腕を憎もうとも、この感覚だけは心地のよいものである。
骨が音を鳴らし、まるで人間の枠内から逸脱した物理法則を伴って私の姿が現れる。
「あ……あ……うわあああ!」
私を見る、いつもの人間の顔だ。