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第十話

 朝の食卓を囲みながら、三人は会話していた。


 ただ、春人には、テーブルの向かいに座る由夏が不安と緊張を抱いているのが感じ取れた。そして、その理由も分かっていた。


『気象情報をお伝えします』


 テレビから気象予報士の声が聞こえると、会話は途切れて三人ともそれに注目した。


 気象予報士は、関東地方には午前中に雨が降り始め、午後には雨足が強くなると伝えていた。


「ちょうど私が出勤する頃に雨が強くなるみたい」と、綾子が言った。


「そうか。母さんは今日、準夜勤なのか」


「そう。帰りは深夜になるわね。だから今日の夕御飯は、由夏ちゃんと春くんの二人で食べてちょうだい」


「わかった」


 綾子と春人の会話を聞き流しながら、由夏はじっと画面を見続けていた。


「今日はお天気悪いみたいだけど、由夏ちゃんはどこかに行くのかしら?」


「あっ、はい。えっと……」


 綾子から声をかけられて、由夏は珍しく慌ててしまった。そして、由夏は春人に視線を送る。


 視線が合った春人は、笑みを浮かべながら小さく頷いて見せた。


「何よ、二人で何か秘密にしてる事でもあるの?」


 綾子は彼らの反応を見て訝しがった。


 春人から励まされた由夏は、気持ちを引き締めて綾子に顔を向けた。


「今日なんですが、曾祖母に会いに行きます」


「聡子のおばちゃまに?」


「はい。実は二週間程前に、母方の親戚から連絡がありまして。曾祖母が数ヶ月前から体調を崩して入院しているそうなんです」


「そうだったの……」と、綾子は少なからずショックを受けている様子で言った。


「母方の祖父母とは疎遠になっていましたので、その事は知らされていなかったんです。ですが、その親戚の方が気を遣ってくれてまして、内密に教えてくれたんです。もちろん入院先も」


 そこまで由夏が話すと、春人も説明に加わった。


「僕は昨日、由夏ちゃんから説明してもらったんだ。ただ、母さんには、やっぱり由夏ちゃんから話してもらうのが正しいと思ってね」


「確かにそうね」


「常識的には、曾祖母に会いに行くべきだとわかっていました。ですが、正直なところ、私が行っても迷惑をかける事になるのではと迷っていました。ただ昨日、春人君と山下公園に行った時、昔の事を色々と思い出したんです。そして、やはり会いに行こうと決心したんです」


 由夏の気持ちを、春人は自分の気持ちに重ね合わせていた。


「僕が同じ立場だったら、由夏ちゃんと同じ事が言えるかわからないや」


「ごめんなさい。そういうつもりじゃ……」と、由夏が謝ろうとした。


 けれど、そこで綾子が口を開いた。


「春くんがそう言うのも理解できる。私達にあった過去は、そんな簡単な事ではなかったから」


 その言葉に、春人と由夏は息を呑んだ。


「でも、由夏ちゃんが前に一歩進んでくれるなら、それは私や春くんにとっても勇気になるわ」


「私は、何も出来ない人間です。事実、今も不安で仕方ないんです」と、伏し目がちに由夏は言った。


 しばらくの間、テレビの音だけが食卓に流れた。


 だが、やがて綾子は両手を由夏の両頬に押し付けて顔を上げさせた。


「むごっ!」と、由夏が驚いておかしな声を出してしまう。


 それを見て、春人も驚いて立ち上がりかけた。


「……由夏ちゃんみたいな優しい女の子には、自己否定の言葉なんて似合わないわよ。さあ、笑って見せて」


 綾子が由夏の目を見ながら、そう語りかけた。


 驚きが鎮まった由夏は、綾子の行動が彼女らしいものだと思った。そして、その通りに笑って見せた。


 その瞬間、春人が言葉にならない笑い声を上げた。


 次いで、綾子もわき上がるおかしさを必死に堪える様な表情になった。


「ゆ、ゆか、由夏ちゃん……あなたの顔、変な顔……ふはっ」


 そして、綾子は由夏から両手を離して大笑いを始めた。


「えっ? ウチの顔? 変だったの? どうなのよ、春人君!」


 由夏が問いただすものの、春人は笑いを堪えるのに精一杯だった。


「し、仕方ないの、よ……由夏ちゃんって、美人だし、ははっ、そういう事する、性格じゃないから余計に……息が、苦しい……」と、綾子が説明しようとした。


「母さんがさ、唐突に……わ、訳わかんない事するからだべや」


「やめて! もうそれ以上何も言わないで!」


 そう言うと、由夏は両手で顔を覆いながら恥ずかしさに耐えていた。








 出かける準備を済ませ、由夏は居間に姿を見せた。


「この服装なら、病院でも目立たないでしょうか?」と、由夏は綾子に尋ねた。


「それなら心配ないわよ。コートは私のだから小さいかと思ったんだけど、大丈夫そうね」


 由夏は白のワンピースに、綾子から借りたベージュのコートを着ていた。


「私の手持ちの服では、やっぱり病院には相応しくありませんでしたから、貸していただいてありがとうございます」


 そこに春人が部屋から居間に出てきた。


「由夏ちゃんが準備できたなら、出かけようか」


「なんだか悪いね。春人君まで一緒に来てもらって」と、由夏が春人に話しかけた。


「教えてもらった病院の住所は、ここからだとかなり遠いし、初めて行く人には難しい場所だから。気にしないでいいよ」


「どうもありがとう」


「今日が休みだったら、私も一緒にお見舞いに行けたんだけどね」と、綾子が言った。


「仕方ありませんよ。お仕事なんですから」


「それでは、聡子のおばちゃまによろしくお伝えして」


「はい。わかりました」


「あっ、それじゃ、写真を撮って見せてあげればいいんじゃない?」と、春人が二人に提案した。


「そうだね。そうしましょう」と、綾子も同意した。


 由夏は自分のスマートフォンを取り出した。


「では、私が撮りましょう」


 由夏は綾子から少し離れて、綾子の姿を一枚撮影した。


「次は三人一緒に撮りましょうよ」と、綾子が言うと、由夏と春人を手招きした。


 春人は少し恥ずかしそうにしながら、綾子の前でやや膝を曲げた。


 由夏は左手にスマートフォンを持ちながら、綾子の左に顔を並べて、三人が画面に映る様に調整した。


「はい、笑って。三、二、一」


 フラッシュと共に、三人の笑顔が撮影された。



第十一話に続く。

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