目が覚めたら、最強の魔法使いの右腕になっていました
う、うう~ん……。
私は照りつける日差しの暑さに、ゆっくりと目を覚ます。
目を開けて、ベッドの上から起き上がろうと……あれ?
体が動かない。
目は開いてるはずなのに、景色が見えない。
なにこれ!?
どうなってるの?
「よお、やっと起きたか」
眠たそうな男の声が、聞こえてくる。
だ、だれよ!
人の寝室にいきなり侵入してくるなんて、盗賊? 変態? ストーカー?
「ひでえ言われようだな。どっちかというと、それを言いたいのは、俺の方なんだが」
は?
ちょっと待ってよ。
このやさぐれた感じの男の声。
私は今は目が見えないのは、目隠しをされてるから?
それで動けないのは、ロープかなにかで縛られてるから?
それって、拉致監禁!?
ゾーッと、背筋に寒気が走る。
寝ている間に襲われたの?
嫌だ、嫌だ!
まだ、私15歳になったばかりなのに。
こんなので死ぬなんて……。
「おい、落ち着け! 考えてることは、だだ漏れだ」
へ?
なんで?
私は今、口に出してなかったはず。
そもそも、猿ぐつわかなにかされてるのよね。
さっきから声も出せてる気がしないし。
……あれ?
でも、この男、私とさっき会話しなかった?
段々、よくわからなくなっていく。
なにこれ……。
「とりあえず、ゆっくり自分の状況を把握しろ。今、おまえは俺の右腕になっている」
はあ?
……バカにしてる?
「してねえよ。俺が目が覚めたら、突然、右腕にお前の意識が入りこんでた。魔王の作戦かと思ったが、どうやら違うようだな」
失礼ね!
なんで、私が魔王の手先なのよ!
「だとすると、だれなんだ?」
え~と……だれだっけ?
自分の名前が出てこない。
「記憶喪失か? なにかほかに思い出せることは?」
ん~、昨日の夜、近くにあった草をブチ込んだ鍋を食べたこととか?
久しぶりの鍋パーティーだったんだよね。
「なんだその、恐ろしげなパーティーは……。まともな食材を入れろ、食材を」
しょうがないでしょ。
もともと住んでた村は、魔王軍に襲われて壊滅。
命だけなんとか助かって、遠く離れた村に来たのはいいけど、仕事なんてないし。
草食べられるだけでもマシよ、マシ。
「そうか……」
なによ、マジな声出しちゃって。
もしかして、同情したの?
それなら、この状態をなんとかしてよ。
いきなり見知らぬ男の右腕になったとか言われても、わけわかんないわよ!
「そりゃそうだよな。でも、俺にも理由がさっぱり……。やっぱりその鍋パーティーのせいじゃないのか?」
うっ……。
それを言われると、確かに否定しづらいけど。
「草にも、薬草毒草もあるし、混ぜれば未知の効果が生まれることもあり得るしな」
思い出してみれば、確かに舌にピリリとくる刺激的な味だとは、思ったのよね……。
「おまえ、その時点で食べるのをやめろよ。毒草だったら、どうするんだ?」
あきれた口調で、男が言う。
うっさいな!
それより、あなた誰なのよ?
「ああ? 姿を見えないんだったか。俺は……」
「おい、魔法使い。なにしてるんだ。気を抜いてる場合じゃないぞ。これから、魔王城に入るんだからな」
別の男の声が聞こえる。
「わかってる。ちょっと待ってろ、勇者」
ちょ、ちょっと待って!
魔王城に勇者って、あんたもしかして……。
「勇者御一行様の魔法使いだ」
超有名人じゃない!
「だから、見えてればすぐに気づくと思ったんだが、どうやら視覚はないのか。今の声は聞こえたってことは、聴覚はあるんだな」
そうみたい。
って、ちょっと待ってよ。
私、あなたの右腕になったんなら、右腕を動かせるってこと?
「そういうことだ。代わりに、俺の意志では右腕が動かん」
事態を理解して、私は血の気が引いていくのを感じる。
これから、魔王城に行くって、さっきの男の人言ってなかった?
「ああ、言ってたな」
なのに、右腕が自由に使えないのって、まずくない?
「とてもまずい」
魔法使いは、さしてまずくもなさそうに、淡々と告げる。
なんでそんなに冷静なのよ。
「じたばたしても、しかたがない。それに手はなくもないぞ。おまえが協力してくれるなら」
えっ?
なによ。私ができることなら、協力するけど。
「言ったな。なら、俺の右腕として魔王を倒すのを手伝え」
……えええええええええっ!!
あ、あつっ!
熱いって!
ふざけんな、焼け死んじゃうでしょ!
魔法使いの右手が、炎に燃え盛っている……らしい。
めちゃくちゃ熱い。
体の一部が炎で燃やされてるみたいだ。
……まさにその通りなんだけど。
「我慢しろ。炎の魔法使ってるんだ。当然だろうが」
あなたが熱くないわけ!?
「魔法使いがまず慣れるのは、自分の魔法に対する耐久性だ。自分の魔法に焼かれてたら、しょうがないからな。大丈夫だ。右腕が焼け焦げてるわけじゃない。魔法障壁があるから、焼けるわけないんだよ」
そんなこと言ったって、めちゃくちゃ熱いのよ!
魔法使いの指示に従って、火球を放つ。
遠くですさまじい衝撃音がしたから、一応、うまくいったらしい。
「悪かったよ。……ほら」
ひいいぃぃぃ!
つめたっ! 冷たいぃぃ!
「うるさいな」
氷の魔法が放たれて、私は全身が凍るような冷たさから、抜け出せる。
凍え死ぬでしょうが!
なに考えてんのよ!
「熱いっていうから、氷系魔法使ってやったんだろ」
極端なのよ!
こうちょうど、ぬるま湯みたいな温度の魔法はないわけ?
「そんなもん、敵に効くわけないだろうが」
……言われてみれば、そうね。
そんな会話中も、魔法使いは勇者たちと連携して、魔王城を攻略して進んでいるらしい。
世界の希望、勇者御一行様というのは、伊達ではないらしい。
「……あ~~そろそろだな」
なにが?
急に口が重くなる魔法使いに、私はきき返す。
「魔王のいるところまで、あと扉1つだ」
えっ?
もうそんなところまで来てたの?
苦戦してる気配なかったんだけど。
さすが、勇者御一行様ってこと?
「いや、そんなことないぞ。みんな満身創痍だしな」
でも、右腕はぴんぴんして……まさか!
「さすがに、女の子にケガさせるわけに、いかないしな」
魔法使いは、当たり前のように言う。
ちょっと!
魔法使いは大丈夫なんでしょうね!
「ちょっと傷は負ってるが、この通りしゃべれる程度には元気だ」
ほっ……よかった。
「なあ、1つ聞いてもいいか?」
なによ?
「おまえって、いい女?」
は?
魔王のいる扉の前で、あんたなにをのたまってるわけ?
「いや、出会った女の子は口説くって決めてるんだけど、おまえって右腕だから口説くのを忘れたんだよ」
だからって、この非常時に言わなくてもいいでしょうが。
「正直、魔王って世界で1番に強いだろう。生きて帰れる保証がないからな」
あんたが死んだら、私はどうなるのよ?
「運が良ければ、元にもどれるかもしれないな」
却下。
勇者御一行様が敗れた世界で生き残っても、いいことなさそうでしょうが。
魔王倒して、世界を平和にして、私を元に戻しなさいよ。
「……注文が多いやつだなぁ」
悪かったわね。
「いや。まあ、それぐらいのほうが張り合いがある。それに、おまえを右腕からもとに戻さないと、女の子も口説け━━」
死ね!
私は前言撤回して叫ぶ。
「魔法使い、最後の戦いだ。行くぞ」
勇者の声が聞こえる。
いよいよ、最後の決戦。
ギギギィ、と扉が開く音がする。
「それじゃあ、行くか。右腕」
世界を救ってみなさいよ、魔法使い。
「ああ。それにお前もな」
そう言う魔法使いの優しい笑顔が見えた気がしたけれど、たぶん気のせいだろう。
私は世界最強の魔法使いの、ただの右腕なんだから。
えーっ、ここで終わりと思いつつ、ここで終わっておきました。
読んでいただき、ありがとうございました。