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さあ! 仲間と共に冒険の旅へ出かけよう!  作者: 上見 士郎
宿場村編
9/29

9

 

 日の光が眩しく感じられてドリスは目を覚ました。


 目の前は何かに塞がれていて、それが何なのかよくわからない。

 やがて自分が誰かにしっかり抱かれているのに気がついた。


 ぼんやりと身を起こす。

 自分を抱きとめていた両手が体を滑り落ちていった。

 それは吹雪だった。

 ドリスは虚ろな顔でその安らかな寝顔を見下ろす。


「おはよう。ドリス」

 声をかけられて首を巡らす。


 カナタが焚火の傍らに腰を下ろし、こちらに向かって笑顔を見せていた。

「普通は日の出と共に目を覚ますもんやけど、よほど疲れてたんやなあ。

あんさんも吹雪も」


 カナタの声に刺激されたのだろう、

隣で寝ていた吹雪もむくりと起き上がった。


「お、二人とも起きちゃったのかい?」

 どこへ行っていたのか、マーディがドリスらの背後から現れ、

焚き火の傍に腰を下ろした。

 手にしていた薪を数本、追加して焚き火にくべる。

「もう少し、抱き合って眠る二人の微笑ましい姿を見ていたかったのに、

残念だな……」


 にやにやと笑うマーディの言葉を聞いて、ドリスの顔が真っ赤になった。

 吹雪は相変わらず、ぼけっとした顔で虚空を見つめている。


「それ言うたらあかんて。警戒されて今後見られなくなってまうやろ」

 口を尖らせてマーディを非難するカナタ。

 どうやら彼女もマーディと同意見のようだ。


 ドリスはそんな二人に返す言葉もない。


「ごめんごめん。朝食とったらすぐ出発しよう。

昼をちょっと過ぎたくらいには宿場村に着く予定だから、

今日はそこで一日のんびり過ごそうか」


「せやな」

「お腹すいた……」

「お風呂入りたい」


 最後のドリスの言葉にマーディが笑いかけた。

「その宿場村は温泉の名所でもあるんだ。

ドリスはきっと気にいると思うよ」


「温泉!?」

 案の定、その話に飛びつくドリス。

「話には聞いたことあったけど、入るの初めて! すっごい楽しみ!」


「オンセンて何?」

 吹雪が首を傾げる。


「地下から湧き出した天然湯での風呂のことや。

美容や疲労回復、健康にもええと、いい事づくしなんやで」

 説明するカナタも嬉しそうな表情だ。


「ふーん」

 しかし、吹雪はあまり興味がなさそうだった。




 半日かけて小さな山を越える。


 頂上に達しても周りを大きな山々に囲まれているので、

残念ながら見晴らしはあまり良くなかった。

 それでも山に登る事自体が初めてである

ドリスや吹雪にとっては一大イベントであった。

 例の如く大はしゃぎする二人。

 いつかもっと高い山に登って、

見渡せる景色を堪能するのだと二人は固く誓い合った。


 登りは元気いっぱいの二人だが、下りはさすがにきつかったらしい。

 慣れない山歩きにへとへとになりながら、

ようやくたどり着いたのは山間の小さな村。

 時刻は昨日山嶺の沼地に着いたのとほぼ同じ。

 予定をやや過ぎての到着である。


 山道を抜け、村の入口に。

 エミスフェーロのそれよりも遥かに頑丈そうな木柵。

 向こうと違い警備隊の駐屯していないこの小さな村にとって、

村をぐるりと囲むこの木柵は外敵からの侵入を防ぐ命綱だ。

 自警団の若い村人たちが入口の見張りについていた。


 四人の姿を認め、旅人だとわかると快く通してくれた。

 旅人は宿場村の財政を支える大事な客である。  


「宿を探してるならお奨めの所があるよ」

 自警団の若者の一人が四人にそう声をかけて、

宿の場所を親切に詳しく教えてくれた。

「もっとも、小さな村だからそんなにたくさん宿がある訳じゃないんだけどね」

 気さくに笑う自警団の若者。


 四人は彼に礼を言って村の中へ。

 特に当てもなかったので、素直にその言葉に従い宿を目指す。


 道の左右は山間の村らしく棚田や段々畑だ。

 数はそれほど多くはない。

 やはり主な産業は農作ではなく、旅人相手の客商売なのだろう。


 物珍しそうに村の景色を眺めるドリスや吹雪。

 時折すれ違う村人たちは、皆、愛想良くそんな四人に挨拶をしてくれる。

 なんとも穏やかで雰囲気の良い村であった。


 その宿へ向かう途中、さらに他の村人にも同じ宿を紹介された。

「よほど評判の良い宿なのねえ」

 その村人が行き過ぎてから、ドリスが期待に声を弾ませる。


 それに対し、マーディがちょっと拗ねた口ぶりでぼやいた。

「俺、以前にもこの村来たことあったけど、

誰一人宿の紹介なんてしてくれなかったよ……」


「その時はどこの宿に泊まったん?」

 カナタの何気ない質問に

「金が無かったから野宿した」

「いかにも金の無さそうな見た目やったんやろな……。あ、今もか」

「ほっといてくれ!」

 泣きそうな顔でマーディは叫んだ。


 やがて四人は藁葺き平屋建ての趣ある大きな屋敷に到着した。

 今までこの村で見てきた、どの家屋よりも大きい。

 裏手は傾斜のある雑木林。

 右手奥には屋敷とその雑木林の狭間に高い竹垣が見える。


「二階建てじゃないけど翡翠(カワセミ)亭より大きい!」

 吹雪が感嘆の声を上げた。


 屋敷正面中央の入口から玄関に入ると、

早速、着物を来た仲居さんらしき女性が出迎えてくれた。

 地味ではあるが、若くやや線の細い中々の美女だ。


 四人を見て、一瞬だけ顔を強ばらせたものの、

すぐに愛想の良い笑顔を浮かべた。

「ようこそいらっしゃいました。お泊りでしょうか?」


「はい。今から一泊出来ますか?」

 ドリスが代表して受け答えする。


 女性は三つ指ついて頭を下げた。

「ありがとうございます。喜んで歓迎いたします。

道中お疲れ様でございました」


 女性の最初の反応に戸惑ったが、心のこもった対応に四人は安堵した。


「男性様お一人。女性様お三方のようですが、

お部屋割は如何いたしましょう?」


「四人相部屋でええやろ。安く済みそやし」

 カナタはあっさりだ。

 ここで自分一人ごねると気まずくなると思い、ドリスも渋々納得した。

 この先、共に旅していく仲間である。

 一々性差を気にしていては限がないと思った。すでに共に野宿もしている。


「かしこまりました。それではお部屋へご案内いたします」

 女性が立ち上がって四人を案内しようとした矢先、奥からもう一人現れた。


「おやおやおや、これはこれはこれは、ようこそいらっしゃいました」

 仲居らしき女性よりさらに地味な柄の着物を着た老婦人だ。

 背筋の真っ直ぐ伸びた快活な印象で、

どことなく儚げな最初の女性とは対照的に、躍動感に溢れた存在感がある。

 にこにこと愛想笑いを浮かべていた。


 なのに、ドリスは案内しようとしてくれている

目の前の誠実そうな女性と比べ、

何故かこの老婦人にはあまり良い印象が持てなかった。


 その理由はすぐにわかった。

 老婦人が値踏みするような目で自分たちを見ているからだ。


「ご隠居……」

 女性が何故か後ろめたそうに呟く。


 ご隠居と呼ばれた老婦人は彼女の事など眼中にない素振りで、

ドリスたち四人に話しかけた。

「お泊りでいらっしゃいますね?

それならぜひ私めにお召し物の洗濯をお申し付けくださいませ。

替えの下着も含めて温泉の脱衣所に個別に置いておいて下されば、

明日の朝には身につけられるようにしておきますゆえ」


 長旅がごく普通の旅人は基本、

このように宿先で衣服や下着の洗濯を行って貰うのが通例であった。

宿泊費とは別途手数料がかかるケースがほとんどである。


「まとめて御用命下されば、お安くさせて頂きますよ」


「衣服も明日には乾きますやろか?」

 カナタの質問に


「もちろんでございます。

乾燥には火を用いますので、ご心配には及びませぬ」


「エミスフェーロではバタバタしてて、洗濯出来へんかったさかい、

うち、頼もかな。下着も服も」


「じゃあ、あたしも」

 吹雪も頼む方向で行くようだ。


「仰山頼んだら安くなるさかい、ドリスやマーディも頼まへん?

うち、洗濯に出したい下着五枚しかあらへんのや」


「あたしは二枚!」

 元気に答える吹雪。


 マーディとドリスはそんな二人に頭を抱えた。

「君たちね……、

もう少し恥じらいというものを持つべきだと思うよ……」

「私も頼むけど、下着の枚数までここで申告する必要ないよね……?」


「それではお待ちしておりますゆえ、

なるべくお早目にお願いいたします」

 老婦人は満足そうな笑みを浮かべて慇懃に頭を下げると、

屋敷の奥へ去っていった。


「ご隠居って呼んでたけど、あの人が洗濯婦?」

 ドリスは案内の女性に尋ねた。


「はい、先代の女将です。今は私が女将を務めさせて頂いております」

 女性はどこか歯切れ悪そうに答えた。


「先代の女将が洗濯婦なんてちょっと珍しいな」

 カナタが不思議そうに言う。


「ええ、まあ……好きでやっていらっしゃるようですので……。

あ、あの、お部屋にご案内致しますね」



 板張りの広い部屋に通された四人がしばらく寛いでいると、

戸がノックされた。


 来客は二人だった。

 一人は先ほどの女性、この宿の現若女将。

 そして同じ年代の若い男性。着物を着た誠実で真面目そうな風貌である。

 彼は若女将の夫で、この宿の若旦那であった。


「実は突然不躾で申し訳ないのですが、

皆様に折り入ってご相談したいことがございまして」

 軽く自己紹介を済ませた後、彼はそう前置きして話を始めた。


 部屋の真ん中には平たく足の短いテーブルが置かれ、

若旦那とドリスたち四人はそのテーブルを囲んで

それぞれ木の床上に藁製の円座を敷いて座っている。


 若女将は五人にお茶を注いで回った後、自分も若旦那の隣に腰を下ろした。


「下着泥棒!?」

 若旦那の話を聞いてカナタが素っ頓狂な声を上げた。


「お静かに願います。母に聞こえるやも知れません」

 若旦那が慌ててカナタに釘を刺した。

「まことにお恥ずかしい話ではございますが、

母がそれに一枚噛んでいるのは疑うべくもございません」


 この宿では泊り客に見目麗しい若い女性客がいた場合、

ほぼ十割の確率で下着が盗まれるというのだ。

 盗まれるのは決まって先代女将に洗濯を頼んだ場合である。


「そこまでわかっとるなら、自分たちで対処出来るやろ。

なんでわざわざ見ず知らずのうちらに、

恥を晒してまで相談を持ちかける必要があるんや」

 カナタの言う事はもっともである。


「確たる証拠がございません。今まで何度も夜間、下着の干してある洗濯小屋に

見張りを立ててはみたのでございますが……」


 見張りに立った宿の男衆はいずれも下着泥棒の阻止に失敗し続けているという。

 見張りについた時にはすでに盗まれていた。

 見張りをしていたらいつの間にか眠ってしまった。

 何か物音がしてそちらに気を取られているうちに等々。

 どうやら一部の宿の男衆も加担しているらしいのだ。


「どうして直接問い正さないんだい?」

 マーディの言う事ももっともである。


「それは……」

 若旦那は口ごもった。


 代わって若女将が口を開いた。

「ご隠居は恐らくそうして得た下着を村の男たちに売りつけて、

私腹を肥やしているようなのです。

つまり村の男たちも大勢加担しているのでしょう」


「そういえば来る途中、何人かの村の人にこの宿が良いって紹介されたね」

 吹雪は呑気になるほどと納得している。


 若旦那も若女将も揃って気弱そうである。

 立場の強い先代に逆らえないのに加え、多くの村人たちまでグルとあっては、

あからさまに追求出来ないのであろう。

 警備隊も定期的に訪れるのみで駐在所があるわけでもない。


 さらに、お詫びとして宿賃タダの上、盗まれた下着の代わりに枚数分、

新品の下着まで提供するという用意周到ぶりであった。

 宿のすぐ近くに呉服屋があり、

連絡を受ければ下着の在庫を抱えてすっ飛んでくるという。

 呉服屋まで間違いなく加担している。

 それでも採算が取れるのは、

よほど盗難下着が高額で取引されているということか。 


 一見の女性客にとっては、犯人もわからない上、

自身に直接危害が加わるわけでもなく、

街に出てまで被害を訴えることはしなかったようだ。

 ただし、二度とこの宿を利用しようとは思わないだろうが。


「ここは変態の村だったのか……」

 マーディは額を押さえてげんなりした。


「それで私たちにどうしろと……?」

 ドリスが陰鬱な表情で切り出す。


「その……誠に申し上げにくいのですが……。

どうか囮になって頂けないでしょうか?

私と妻で現場を押さえ、今度こそ母の悪事をやめさせます」


「いやです」

 即答するドリス。

「宿を変えます。こんな宿に泊まりたくないです」


「うわあ……容赦ないね。でもまあそれが普通の反応だよね」

 タハハと苦笑いするマーディ。完全に他人事であった。


「お気持ちはわかります! ですが、そこを曲げてどうかお願いします!」

「宿代も食事代も全てタダにさせて頂きます!

どうか私たちに力をお貸しください!」

 若女将と若旦那は揃って床に伏し、四人に頭を下げてきた。


「このまま見捨てて宿を変えたら可哀想だよ」

 と吹雪。


「せやな。盗まれる前に阻止すればええんや。

ここは一つ人助けしようやないか、なあドリス」

 カナタも乗り気のようだ。


「そうだぞ、ドリス。

宿代がタダになるなら下着の二枚や三枚、安いもんじゃないか」


「安くないし! 気持ちの問題だし!

ていうか、あなたに言われるとすごく腹立つのは何故?」

 マーディのフォローには即座に突っ込みを入れるドリス。


 少し思案した後、彼女は渋々頷いた。

「わかりました……本当は嫌だけど……。

その代わり、きっちり現場を押さえて下さいね?」


「ありがとうございます!」

 若旦那と若女将は再び四人に頭を下げた。 

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