表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さあ! 仲間と共に冒険の旅へ出かけよう!  作者: 上見 士郎
旅立ち編
5/29

5

 

 成り行きを見守って満足そうに女将が店の仕事に戻った後、

マスターは改まって吹雪、ドリス、カナタ、マーディの四人の顔を見回した。

 マーディはカウンター内から、カナタの隣の席に身を移している。

「吹雪とドリスはそのまま食事を続けながらでいいから話を聞いてくれ」


「マスター、その前にいい加減、

吹雪はんの意思を確認してあげたん方がええんちゃうか?」

 カナタと呼ばれた妖精族の娘が意見を口にする。

「あ、それと、酒おかわりな。もちろんマスターのおごりやで」

「それなら俺も」


「わかった、わかった」

 マスターは渋々、カナタとマーディにそれぞれ酒を用意した。

そして訳がわからないながらもしっかり食事を続ける吹雪に向き直る。

「実はな吹雪、お前にはここにいる連中と組んで貰いたい」


「本人蚊帳の外で、ひどい話ですよね。冷静に考えると」

 マーディがいらぬ茶々を入れる。正論である。


「ややこしくなるからお前は黙ってろ」

 マスターに睨まれてマーディは無言で肩をすくめた。


「話がよくわからないよ。なんでいつのまにかそういう事になってるの?」

 吹雪は咀嚼していた鶏丼を野菜汁で喉に流し込んで尋ねた。 

「ここの連中ってドリスさんも? あたしがお風呂行ってる間に何があったの?」


「まあ、色々とな……」

 マスターはバツが悪そうに言葉を濁した。

「簡潔に言うとだな、

正式なマーセナリーとしてお前を認める機会を与えるということだ」


「本当!?」

 飛び上がらんばかりに驚く吹雪。


「ただし、その為にお前にはここにいる三人とパーティを組んで、

ちょっとした使いをこなして貰いたい」


「お使い?」

 吹雪は小首を傾げた


「なあに、簡単な使いだ。この街から北北西に三日ほど歩くと、

クレシェンテという街がある。このエミスフェーロに最も近い街だ。

名前くらいは聞いたことがあるだろう」


「ここが川の街と呼ばれているのに対し、湖の街と呼ばれている所ね。

私も行ったことはないけど」

 ドリスが補足した。行ったことがないというより、

この街から他所の街に行った事がないというのが本当の所だ。

そしてそれは一般人としては、ごく当たり前のことでもあった。


「俺はその街から来たんだよ。生まれや育ちはまた別の所だけどね」

 マーディがさらに言葉を引き継いだ。


 それを聞いて吹雪が目を輝かせる。

「そのクレシェンテってどんな街なの? 湖って何?」


「ドリスさんの言う通り湖の街さ。綺麗なとこだよ。

湖っていうのは大きな池みたいなものさ。

その湖を三日月型に囲むように街が成り立っているんだ」


「いいなあ、見てみたいなあ湖。

海って所もすごく大きい池なんだよね? 海と湖どっちが大きいの?」

 吹雪がさらに身を乗り出した。食事の手も止まっている。


 マスターが大きな咳払いをした。

「吹雪。お前が浮かれる気持ちもわからんでもないが、

話を続けさせて貰ってもいいか?」


「ごめんなさい」

 吹雪は小さくなって食事に戻った。


「湖が見たけりゃその目で見てくればいいだけだ。

事が上手くいけば、いずれ海だって見られるだろうさ」


「本当に!?」

 吹雪は再び大げさに喜びを全身で現した。


「何度も疑り深い奴だな、お前は」

 マスターは呆れたように苦笑する。しかし、その目は優しげだ。

「とにかく、お前にはクレシェンテまで使いに行って貰いたい。

その使いを無事にこなせば、

お前と、そしてドリスを正式なマーセナリーとして認め、

お前たち四人をマルール防衛のパーティとしてこの街に斡旋する。

それが一段落ついたら、どこへなりと旅に出るがいいさ。

うちの店のお墨付きがあれば、大概の街なら仕事には困るまい」


 それを聞いて食事も喉を通らないほど陶然としている吹雪。

ドリスも似たようなものだった。


「最初の使いはともかく、お前たちが思っているほど簡単にはいかんぞ。

それでも良ければこの話受けてみるか? 吹雪、ドリス」


「やる!」

「受けます!」

 即答する二人。


 マスターはそれを聞いて満足そうに頷いた。

「良い返事だ。カナタとマーディもそれでいいか?

お前さんたちはこの街で金を稼いだら、パーティに留まるのも

再びソロに戻るのも好きにすればいい」


「せやな。それはその時に考えるさかい」

「右に、いや左に同じく。で、クレシェンテには具体的に何をしに?」

 

「うちの店は幾つかの街の雇戦士の酒場と定期的に連絡を取り合っていてな。

今回はうちの店からクレシェンテの『揺るぎない(なまず)亭』への定期連絡の番なんだ。

そこへちょっとした書類の束を届けて貰うだけだ。

普段は専門の早馬業者に頼んでいるんだがな。

ああ、そうそう、向こうでお前たちの背丈にあった仕事があれば、

斡旋して貰うようにも伝えておく」


「それは悪くない話やな」

 カナタの言葉にマーディも頷いた。

「俺みたいに向こうからこっちに大勢マーセナリーが流れてきてます。

クレシェンテでは人手不足に悩まされているかもしれませんからね」


「ただし、あまり長居はするなよ?

俺としては向こうからの情報も早めに欲しい。それと、ここだけの話だが」

 マスターはわずかに声を落とした。


「近々、森に住むマルールの部族に対し、

この街でマーセナリー中心の大規模な討伐隊が編成されるという噂もある。

向こうでのんびりしていて、戻ってきたらこっちでの仕事がなくなっていた

ということにもなりかねん」


「それはそれで問題ないような……」

 そうなったらなったであんな怪物と戦わずに済むとドリスは思った。


「意地の悪い言い方だが、そうなった場合はうちの店のお墨付きはやれんな」


「そうですよね。すみません」


「早速だが、出発は明朝明け方。

一日目の夜はどこかで適当に野宿してくれ。

順当に行けば二日目の昼過ぎには宿場村に辿り着けるだろう。

そこで一泊して、三日目の夕方にはクレシェンテに到着するはずだ。

マーディ」

 てきぱきと指示を出しつつマスターはマーディに声をかけた。


「なんです?」

「お前には書類の束を運ぶ役を担って貰う。それなりに重いからな。

それとクレシェンテまでの道案内も頼む。

この面子の中であの街への道がわかるのはお前だけだ。

無論、お前には多めの報酬を払う。

と言っても、額はあまり期待するなよ。これはお前たち全員への言葉だ」


「この使いの目的はあくまで私たちの実力を見極めるためということですね?」

 ドリスの言葉にマスターは頷いた。

「そういうことだ。

今回の使いの真の報酬は俺がお前たちをこの街へ斡旋する

ということで納得して貰いたい。金銭的な報酬は一人当たり千グラン。

ただし、これには経費として往復の宿泊代や食費も含まれる。

行きの分の食料は二回分だけ別途支給する。

マーディにはさらに二百グラン追加。何か質問はあるか?」


 マーディがおずおずと手を上げた。

「あのー、それって全額前払いで貰えるんですか?」

「もちろんだ」


「たかが書類運ぶだけでえらい気前良いなあ」

 カナタが含むところのありそうな発言をする。

「確かに拘束期間の割にはたいした額ではあらへんけど、

あんさんにしてみれば、要らん出費もええとこやろ?」

 言い方には明らかにマスターを茶化すようなニュアンスが含まれている。


「それだけ吹雪ちゃんが可愛いってことじゃないかな」

 それに釣られてドリスまで、うっかり軽口を叩く。


「うるせえぞ、お前ら! 質問がないんだったらさっさと寝ろ!

明日は早いんだからな!」

 マスターの怒号が飛んだ。吹雪には

「お前も今日は家に帰って旅支度しておけ。それとしっかり寝るんだぞ。

長旅になるから出かける前にはきちんと戸締りも忘れるな」


「うん。わかった」

 大柄な体格に似つかわしくないマスターの細やかな指示にも素直に頷く吹雪。


「カナタとドリスにはそれぞれ個室を用意しよう」

 マスターの言葉にドリスはそういえばと思い出した。

「ここって宿も兼ねてたんですね。

今晩泊まるとこ探さなきゃって思ってたんです。助かります」


「ただし、宿代はきっちり取るからな。個室は一人二百グランだ」

 吹雪に関してからかわれたことを、しっかり根に持っているマスターであった。




 ドリスは人前で肌を晒すのが少し苦手だった。

 異性は論外だが、例え同性であったとしてもだ。 

 本当は一人で風呂を頂きたかったのだが、

他の泊まり客もそれなりにいて、あまり時間に余裕がなかった。

 なので風呂はカナタと一緒に入ることになった。


 風呂はもちろん、屋外にある。

 簡易な屋根の下に大きく平たい木桶の浴槽が設置され、

その周りは申し訳程度に板で囲ってあった。

 むきだしの地面には何枚か簀子(すのこ)が敷かれている。

 お湯は少し離れた場所で釜戸(かまど)によって水をぬるく温められ、

竹筒に沿って間隔を置いて流れてくる。


 こうしてふんだんに水が使えるのは、

整備された水路による上下水道の存在があってこそだ。

 新市街においてはまだ普及率はそれほどでもないが、

川から直接、水を引いて用いることのできる利点は計り知れない。

 飲料水として利用出来るまでには至っていないものの、

風呂、洗濯や食器等洗浄用、水洗トイレにとその用途は幅広い。


 この辺りには四季がある。

 季節は春から夏に差し掛かろうとしていた。


 ドリスは身体や髪を手早く洗い終わり、のんびり風呂に浸かって

天井と板の隙間から覗く澄んだ星空をぼんやりと眺めていた。


 屋内から持ち込んで壁に掛けたランタンの灯の下、

カナタはまだ浴槽の外で身体を布でこすって洗っている。

「久しぶりの風呂やわ。気持ちええなあ」


 なんと答えてよいかわからず、ドリスは黙っていた。


 間隔を置いて浴槽にお湯が注がれる。

 カナタは近くに移動してきて、それを木桶に満たした。

「お湯頂くで」

 ざばっと自分の小さな体に浴びせる。

 それを何度が繰り返した後、カナタも浴槽に入ってきた。


 二人入ってもまだそれなりに余裕があるほど広かった。

 二人とも細身、特にカナタは身体が小さいというのもある。


 髪の両サイドを縛っている紐がないと、少し大人っぽい印象になる。

 ドリスはカナタの顔をチラ見しながら、

そういったとりとめのない事を思っていた。


「あんさん、ええ身体しとるな。胸も大きいし、肌も綺麗やし」

 突然、カナタにそんなことを言われ、

ドリスは思わず身体を固くして自分の胸を手で隠した。


「おっと、親父臭いこと言うてすまへん。

単純にドリスはんが羨ましかっただけなんや。他意はないで」


 ひきつった無言の笑みで答えるドリス。


 そんな彼女に構わずカナタはのんびり喋り続けた。

「うちの身体こんなやろ?

こう見えても間違いなく、あんさんよりは年上なんやで」

 子供のような体型を気にしているらしい。


「でもそれって妖精族としては普通なんじゃないの?」

 ドリスの当然の疑問に、軽く溜息を吐いてカナタは答える。 

「まあな。確かに妖精族としては普通やな。

ただ、外の世界に出て人間を目にしてまうと、

どうも妙な劣等感が芽生えてもうてな」


「そんな卑屈になることないのに。価値観なんて人それぞれなんだし……。

ましてや種族が違うんだから」

 そう言ってからドリスは悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「それにこう言っちゃなんだけどカナタさん充分魅力的だよ?

顔立ちもすごく可愛いし……。思わず頭撫でたくなるもん」


「え? そ、そかな……」

 カナタは顔を赤くして身をよじらせた。

「て、子供扱いかい! あんさんより年上言うたやろ!」

 そしてお決まりの乗り突っ込み。


「ごめんなさい。でもお世辞じゃないからね?」

 ドリスは笑いを堪えるのに必死だった。


「あんたたち、そろそろ次のお客が入る時間なんで

悪いけどあがって貰えないかい?」

 女将に呼ばれて、二人は揃って返事をする。


 服を着てそれぞれの部屋へ戻る途中、

ドリスとカナタは廊下で女将に再び声をかけられた。

「ドリスさんとカナタさんだったね? ほんの少しだけ時間いいかい?」


 案の定、吹雪に関しての事であった。

 女将は二人に吹雪の事をくれぐれもよろしく頼むと頭を下げてきた。


「あの子は素直でとても良い子なんだけど、

どうしても心配な点が一つだけあるんだ」

 女将はそう前置きして表情を曇らせる。

「恐れというものを知らなすぎるんだよ。

マーセナリーにとって、それは美徳であるとも言えるけど、

同時にとてつもない欠点でもある。

特にマルールに対してはその傾向が顕著でねえ……」


「恐れ知らずは長生き出来へん言うからな」

 カナタの言葉を聞きながら、

ドリスは日中の吹雪の戦いぶりを思い出していた。

  言われてみれば確かにあれは、勇敢の一言で済むような

生易しいものではなかったように思う。

 警備隊の小隊長も吹雪の戦いぶりを激しく懸念していた。


「やはりそれはあの子が孤児である事に関係あるのでしょうか?」

 ドリスの問いに女将はさらに表情を翳らせた。

「あの子の父親はマルールに殺されたそうなんだよ。

ウチにもたまに顔出してたフリーのマーセナリーでね。

詳しい経緯はあの子本人が話そうとしないからよくわからないんだけど……。

母親の方は早くに病気で亡くなったらしい」


「それは……無理からぬ事やな……」

 カナタが神妙な面持ちで言葉を詰まらせる。

 ドリスも薄々察しがついていたことだけに何も言えなかった。


「とにかく、あたしから言えることは、あの子が無茶をしないように

あんたたちで可能な限りフォローしてあげて欲しいという事だけさ」

 そう言って女将は再び二人に向かって頭を下げた。

「どうかあの子のこと、お願いします」


 軽々しく任せろとも言えず、ドリスもカナタも黙っていた。

 だが、ドリスがこのバーティに加わりたいと思った一番の理由は、

吹雪の力になりたいと強く思ったからだ。

 女将もそれはわかっているのか、二人の返事を待つことなく顔を上げた。


「風呂上がりに引き止めちまって悪かったね」

 女将は酒場で見せたさばさばした笑顔を浮かべると、

踵を返して廊下を去って行こうとする。

 去り際、振り向いてこう付け加えた。


「そうそう、あの子、風呂嫌いだからそっちの面倒も頼んだよ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ