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さあ! 仲間と共に冒険の旅へ出かけよう!  作者: 上見 士郎
旅立ち編
3/29

3


「私の名前はドリスよ」

「あたしはマーセナリー見習いの吹雪。ドリスさんは旅をしてるの?」


 夕焼けに染まる街中を二人の娘は連れ立って歩いていた。


 つい先刻までの物々しい雰囲気はすっかり鳴りを潜め、

街の人々は通りを思い思いの目的にそって行き来している。


 吹雪はすっかり回復したようで、疲れの色こそ見えるものの、

無邪気そうな笑顔をドリスに向けている。


 こんなあどけない少女があの恐ろしい怪物に単身立ち向かっていた。

 ドリスにはそれがどうしても夢の中での出来事に思えて仕方なかった。


「まあ、そんなところかな……」


 自由に憧れ、広い世界を見たくてロクな計画も立てず家を飛び出してきた。

 けれど、この少女の前でそうはっきり口にするのは躊躇われた。

 旅というのもあながち嘘にはならないだろう。


「いいなあ。あたしもいつか必ず立派なマーセナリーになって

色々な場所を旅して回るのが夢なの」

 屈託のない笑顔でそう語る少女。


 それを見てドリスは思った。

 自分は今後どれだけ努力すれば、

この少女と同じくらいの位置まで夢に追いつけるのだろうと。

 やはり一度家に帰って、もっと己を磨き直すべきだろうか。

 今の彼女にはマーセナリーになって生計を立てていくつもりだ。

などとは軽々しく口に出来ない心境になっていた。


 見慣れぬ街の景色が紅に染まる様は見るだけで心が踊る。


 ドリスは昔から見たことのない場所へ行くのがこの上なく好きだった。

 しかし、それは自分の足場が固まっている上での座興のようなものだと

思い知らされる。

 この先どうすれば生きていけるのかという不安を抱えた今、

そんな夕暮れの街の様子もどこか色褪せて見えた。

 手持ちの所持金は残りだいたい八千五百グラン。

 これが尽きるまでに自立できる立場を確立せねばならない。


 駄目なら……おとなしく家に帰ろう……

 ドリスはそう考えていた。


「ドリスさん。こっちこっち」


 考え事をしながら歩いていた彼女は、吹雪に呼ばれて立ち止まった。

 通りでも一際大きな二階建ての木造の建物。

 吹雪はその建物の扉の前に立っていた。


「ここは……?」

 ドリスは建物を見上げた。

 扉の上に金具で吊るされた小さな木の看板には。

 『獰猛な翡翠亭』と記されている。


「ドウモウなヒスイ亭? 不思議な名前の店ね」


「字が読めるんだね。あ、魔法使えるんだし当たり前か」

 感心して一人納得する吹雪。

「でも残念。ドウモウなカワセミ亭って読むんだよ。

この街で一番大きな雇戦士の酒場なの」


 ドリスが自分の背後に立ったのを確認して、吹雪は両開きの扉を開いた。

 扉を開けた瞬間、喧騒と熱気と煙草の匂いが押し寄せる。


「いらっしゃい!」

 店内に一歩足を踏み入れた二人に威勢の良い声がかかる。

 たまたま扉の近くにいた店員らしき若い男が、

四つの木製ジョッキを両手に笑いかけてきた。


 建物の大きさ通りの広い店内には幾つものテーブルが並び、

その半分近くに客がついていた。

 飯を食い、酒を飲み、煙草をふかし、談笑する。

 天井に吊るされたランプの数は多いが、店内は少し薄暗い。

 だが、そんなものを吹き飛ばす程の賑わいぶりだ。

 男も女も街中で見かける住人よりいかめしい印象の客が多いのは、

ここがマーセナリー御用達の店だからであろう。


「おや? 君、もしかして吹雪ちゃんじゃないかい?」

 最初に声をかけてきた若い男性店員がその場に突っ立ったまま尋ねる。


 やや細身の体格なれど、ピンと張った背筋と筋肉質の体つき。

 短くまとめた珍しくもない茶髪。

 小綺麗ではないが不快感を与えるほどではない街着。

 どこにでもいそうな、悪く言えば特徴のない青年だった。


「そうですけど。あなたは? 見覚えのない店員さんですね。新しく入った人?」

 不思議そうに吹雪が聞き返す。


「ちょっと訳ありでね。三日ほど前からここで働かせて貰ってるんだ。

君の事はこの店の夫妻から良く聞かされていたよ」

 青年は人当たりの良さそうな笑顔で答えた。

 決して美形ではないが、物腰の柔らかそうな優男といった印象だ。

「後ろの女性は君の友人かな?」


「おーい! 注文した酒はまだかい?」

「はーい! すみません! 只今お持ちします!」

 客に呼ばれ、大きな声で返事をすると

「また後でね」

 二人ににこやかに笑いかけ、

青年は慌てて店の奥へ手にしていたジョッキを運んでいった。


 青年がその場から移動したことで、

二人の正面に五人程が並んで座れる程度のカウンターが目に映る。

 そのカウンターの中には屈強な体つきの大柄な男。

 そしてカウンターの真ん中の席に座る小さな女の子。

 そんな奇妙な取り合わせの二人が、熱心な様子で会話をしている。


 男がふと入口近くに立ったままの吹雪とドリスの二人に視線を向けた。

「お!?  吹雪じゃねえか! 久しぶりだな!」

 喧騒にざわめく店内でもよく通る一際大きな声で、

男は嬉しそうに呼びかけてきた。


「カウンターでもいい?」

「え? ええ、もちろん」

 吹雪に話しかけられ、店の雰囲気に圧倒されていたドリスは、

答えながらカウンターへ向かう吹雪の後に続いた。


「ここんとこ姿を見せなかったが、どうしてたんだ?

うちのやつがひどく心配してたぞ。おっ死んじまったんじゃねえかってな」

 そう言って男は豪快に笑った。


 小さな少女に軽く会釈しながら、隣の席にちょこんと座る吹雪。

 ドリスもそれにならって吹雪の横の席に腰掛けた。

背負っていた背嚢を足元に置いて一息つく。


 小さな少女は二人に軽く微笑み返して食事を続けた。


「ちょっと雑用で忙しくてね」

 店のマスターであろう男の質問に、吹雪は特に気を悪くした様子もなく答える。

日常茶飯事なやり取りらしい。


「そうかい。あとでうちのやつに顔見せてやんな。

ところでそっちの別嬪(べっぴん)さんはお前のお連れさんかい?」


「危ないところを助けて貰ったんで、お礼がしたくて連れてきたの」

「いや、それは……」

 否定しようとするドリスの小声はマスターの大声にかき消された。 

「まーたお前、無茶したんだろ。

もしかして、さっきのマルール共の襲撃に関係してるんじゃないだろうな」

 呆れた様子のマスターに向かって、

吹雪はバツが悪そうにごまかし笑いを浮かべた。


 警備隊の小隊長から受け取った証文を懐から取り出し、マスターに差し出す。

 それを受け取ってしばらく真剣な様子で目を通した後、

真面目な顔のままマスターは吹雪を見据えた。

「報酬は九百グランだ。今、用意する」


 それを聞いてドリスは人知れず息を呑んだ。

 あんな恐ろしい怪物を相手に命懸けで戦ってたったそれだけ……?

 あの男の人は、この程度の金額を得る為に命を散らしたのか……。

 自分がマーセナリーという稼業をとことん舐めていたことを痛感する。


「あ、そこから差し引いて、いつものやつ二人前お願い」

 吹雪が嬉しそうな笑顔でマスターに告げる。


「おう、わかった」

 マスターは手早く八百四十グランを紙幣と硬貨で吹雪に手渡した。

そしてカウンター後ろの開けっ放しの扉の奥に向かって

「おーい! いつもの二人前!」

 大声で呼びかけた。


「あの。すみません。その証文、ちょっと見せて頂くことって出来ますか?」

 ドリスの突然の申し出にマスターは怪訝な顔をする。


 吹雪は文字が読めないらしいことはつい先刻のやり取りで知った。

それをいいことに、マスターが報酬を不当にピンハネしているのではないかと

ドリスは疑ったのだ。


 一瞬だけ逡巡した後、マスターは証文をドリスに手渡した。

 そこには確かに小隊長のサインと、あらかじめ紙に押されていたであろう印

そしてマルールの討伐報酬九百グランと記されていた。

 金は他の依頼と一括して行政からまとめてこの店に支払われるのだろう。

 そして証文の下の方には

小隊長からマスター宛であろう走り書きも追記されていた。

 吹雪の身の危険を顧みない戦い方について簡潔に記された後、

何か良い解決策はないものかといった彼女の身を案じる一文であった。


「吹雪! あんた生きてたのかい!?」

 カウンター奥の出入り口から騒々しい足音と共に、

マスターに負けず劣らず恰幅のいい中年の女性が現れた。


「ご無沙汰してます、女将さん」

 それに対し、にっこり笑いかける吹雪。


「ご無沙汰してますじゃないよ! あまり心配させないでおくれ!

あんたも吹雪が来てるんだったら、なんでもっと早く教えてくれなかったんだい」


「うるせえな……。いいからさっさと注文された食事用意しろ」

 うんざりした顔でそう返すマスターを押しのけ、

女将はカウンターに両手をついて吹雪の全身を凝視する。

「相変わらず汚い格好してるねえ。年頃の娘なんだから、

もっと身なりに気を使えと何度言わせるんだい。

少しは両隣の娘さんたちを見習いな」


 縮こまって恐縮する吹雪の代わりにマスターが反論した。

「何言ってやがる。吹雪は金の為に命のやり取りしてるんだ。

そんなお上品な事にうつつを抜かしていられる余裕なんざあるか」


「馬鹿言ってんじゃないよ! マーセナリーってのは信用第一だよ。

だらしない身なりしてて信頼して貰えると思ってんのかい?

服装がボロいのは仕方ないよ。稼ぎの問題だからね。

けど、せめて小綺麗に見える努力は怠るべきじゃないって言ってんのさ」

 女将は一気にまくしたてた後、少し優しい口調になって吹雪に言った。

「食事が出来るまでに、取り敢えずうちの風呂に入っておいで」


「えー、家に帰ったら水浴びしとくよ。今はお腹すいてるし、面倒くさいし……」

 嫌そうな顔で口答えする吹雪。


「つへこべ言わずにさっさと行きな!」

 女将の雷が落ちた。


「はあい……」

 しぶしぶ吹雪は席を離れ、カウンター横の出入り口へ。

そんな彼女にマスターが声をかける。

「吹雪。後で鞘形弩(しょうけいど)のメンテしといてやるから、

風呂入ったら本体とハンドルをベルトから外しときな」


「うん、わかった。ありがとう」

 吹雪が入口の向こうに消えた後、

吹雪に話しかけた男性店員と、女将と同年代くらいの女性店員が、

二人同時にオーダーを持ってカウンターにやってきた。

 カウンター奥の出入り口からは、

さらに別の女性店員が料理を持ってきて男性店員にトレーごとそれを渡す。

 夕飯時だけあってかなり忙しそうだ。


「これ、ありがとうございました。疑っちゃってすみません」 

 女将が女性店員と共にカウンター奥に消えた後、

ドリスは借りていた証文をマスターに返した。


「まあ、いいさ。あんた見た感じ旧市街の人だろ。

報酬の安さに驚いて疑惑を抱くのも無理はない」

 苦笑いするマスター。


 そして食事を終え、黙ってちびちびジョッキの飲み物に口をつけていた

小さな少女が初めて口を開いた。

「マスター、これ、おかわりな」

 ちょっと変わったイントネーションで話す少女だった。


 マスターは少女からジョッキを受け取り、

カウンター内に置かれた樽から飲み物を注いだ。

 ドリスがそれが果実酒だと気づいたのは匂いの為だ。


「あんたも何か飲むかい?」

 少女にジョッキを渡しながらマスターがドリスに尋ねる。


「水を下さい」

 そういえばしばらく水分を取っていなかった。喉が乾いていた。

お金がもったいないというのもあったが、酒よりも水が欲しかった。


 マスターはドリスの目の前に、

水のなみなみと注がれた大きめの木製のコップを置く。

「そういや、吹雪が危ないところを助けてくれたそうだな。

俺からも礼を言わせて貰うよ。あんた、魔法が使えるのかい?」

 ドリスの指輪や腕輪に光る魔宝石に目を止めるマスター。


「地護魔法を少し」

 一言そう答えて、ドリスは抱えていた疑問を口にした。

「マルールを目にしたのは初めてでした。ここ最近、森に住むマルールたちによる

新市街への襲撃が相次いでいるようですが、何か原因があるのでしょうか?」


「奴らの部族のトップが好戦的な奴に変わったってもっぱらの噂だ。

元々、この新市街は森を切り開いて開拓した地だ。

それで余計に恨みを買っているのもあるだろう。

それでなくても奴らは人間を激しく憎んでいるからな」


「マルールが憎んどるのは、あんたら人間だけやあらへんで」

 それまで黙って話を聞いていた小さな少女が悲しげな顔で口を挟んだ。

「うちら妖精族も憎まれとる。

そして、うちらや人間と対立しとるゴブリンとも仲は良うない。

ゴブリンもうちら妖精族もマルールも、元々みんな同族や言うのにな」

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