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さあ! 仲間と共に冒険の旅へ出かけよう!  作者: 上見 士郎
エミスフェーロ編
27/29

27


 王の身につけていた首飾りはマーディが鉄鎚(メイス)で叩き壊した。


 吹雪は王の下敷きになっていた折れた木刀の柄を含む半分だけを

大事そうに拾い上げた。

 残りの半分は王の身体に刺さったままで回収は不可能であった。


 七体のマルールたちは皆一様にヒューガーに好意的で、

彼の指示には積極的に従った。

 残った王の親派は別働隊を率いている各リーダーのみで、

いずれこの森の部族の王はヒューガーになるだろうと彼らの間でも目された。


 その別働隊はすでにエミスフェーロの街へ

個別に攻撃を仕掛けている最中のはずである。

 各リーダー以外は渋々命に従っているマルールたちばかりなので

士気は著しく低く、本隊が壊滅した今、

形ばかりの攻撃の後、撤退するであろう事も予測済みであった。


 ただその際、本隊を探して指示を仰ぎに来た伝令とドリスたちが

鉢合わせになる可能性は充分に考えられた。

 かといって戦いに疲れぼろぼろになった彼女らに、真夜中の森の中を急いで

街に帰れなどと言えるわけもない。別働隊と遭遇する危険もあった。


 そこでヒューガーは三人の同志と共に、この場で休息する四人と女王を

朝まで護衛する事にした。

 残りの四人は集落まで一旦戻り、

王の死を伝えて部族をまとめ上げる役目を担う。

 ドリスたちへの報酬の食料を持ってこさせる指示も忘れていない。


 そして何事もなく無事、朝になった。


 四人では到底持ちきれないほどの食料を携え、

数人のマルールたちが戻ってきた。


 ドリスたちは持って歩ける程度の食料だけを有り難く頂戴し、

残りはそのまま彼らに返した。

 それでも背嚢も予備の袋もパンパンで、

正直、これらを抱えて街まで戻る道のりが思いやられた。

 持ち帰られない女王にもその場で食べられるありったけの干し肉が渡された。


 けれども彼らの感謝の気持ちを無下にするわけにはいかないと、

四人と女王は嫌な顔一つせず、素直にその好意を受け取った。


 そんな四人と女王にヒューガーが別れを告げた。

「貴殿らには誠に世話になった。

このような形でしか恩義に報いることが出来ないのがもどかしい限りだ。

……どうか許して欲しい」


 女王が律儀にそれを通訳する。


 通訳を必要としないカナタが、皆を代表して言葉を返す。

「そんなこと気にせんでええよ。こうして皆、無事で何よりや。

それよりエミスフェーロから、

もうじきマルールへの討伐隊が差し向けられるはずや。

昨夜の襲撃のこともあるよってに、思うとるより早まるかも知れへん」


「ご忠告痛み入る。早急に部族をまとめ上げたら、皆で一時的にこの森を離れる。

しばらくクレシェンテ北の森の部族と合流して、

ほとぼりが冷めるのを待つつもりだ。

……貴殿らのことは一生忘れぬ。

何か困ったことがあれば遠慮なく頼って欲しい。全身全霊をかけて力になろう」


 カナタは失笑した。

「大仰やな、相変わらず。これからも色々大変やろうが、あんじょう頑張りや」


 ヒューガーは四つん這いのままカナタと軽い抱擁を交わした。


 一人一人、女王も含めて抱擁すると、

マルールたちを引き連れて森の奥へ去っていった。

 王や側近たちの遺体も運んでいった。


 その後ろ姿を見つめながら女王が呟いた。

「彼もまた、裏切りの刻印を一生心に刻んだまま生きていくのですね……」


 カナタは何も言えずに女王の横顔を見つめた。


「あいつは何故そこまでして王を裏切ったんだろうな」

 マーディが腑に落ちないと言いたげに首を傾げる。


「部族の未来の為なんていう曖昧な動機だけじゃ、

自分を重用してくれた王に対して

普通ああまで非情にはなれないと思うんだけどな。

何か個人的な恨みでもあったんだろうか」


「マーディ!」

 カナタが鋭く咎めた。


 女王の過去もある意味似たようなものである。

彼女の場合は無理やり側近として取り立てられたという違いはあるが、

それでも彼女に対して配慮の足りない発言と言えた。


「いいんです、カナタさん、ありがとう……」

 女王は努めて何でもないかのよう振舞った。ただカナタの心遣いが嬉しかった。


「ヒューガーさんは王に恨みがあった気がする……」

 吹雪がぽつりと呟いた。

 あれほど憎んでいたマルールを、さんづけで呼んでいる。

「同じ感情を持っていたあたしには、何となくそれがわかるよ」


「吹雪さん……そしてドリスさん、

あなた方がエミスフェーロの街で戦ったマルールはヒューガー殿のお父君でした」


 女王の突然の発言に皆が息を呑んだ。

 四人とも何を言い出すのかと女王を見つめている。


 女王らと合流したその日の野営で、当時のことが話題に上り、

女王も、そして彼女を介してヒューガーも、

そのたった一体で街に侵入したマルールの事を知った。


 そのマルールは王の首飾りに操られ、他の六体と共に街に攻め込んだ.

 そしてその一体だけが街の守備を突破し、街の中へ。

 当然首飾りの効果からは解放されたものの、周りは敵だらけ。

 やむなく隠れ潜んでいたところをマーセナリーに見つかり、

返り討ちにした後は件の通りの展開であった。


「わたくしがそれをヒューガー殿のお父君であると知ったのは、

昨晩、彼のお仲間が話題にされていたのを耳にしたからです。

彼のお父君が、たった一体だけ街の中へ消えて、以後行方知れずになったと。

ヒューガー殿はすでに

それが吹雪さんたちの戦ったマルールだと存じていたようでした。

そして、わたくしに他の皆には黙っていて欲しいと言ってきました」


「あいつもかよ……」

 それを聞いてマーディが誰にも聞こえない小声で呆れたように呟いた。


「あたし……ヒューガーさんに謝ってこなくちゃ……」

 ガタガタと震えだす吹雪。


 すでに見えなくなったマルールたちの後を追おうと駆け出した吹雪の手を

カナタが掴んだ。

「吹雪! やめい! 今さらそないな事伝えてどうなるんや!」


「でも、謝らなきゃ! あたしが殺したも同然だし!」


「吹雪ちゃんは殺してないじゃない!

それに吹雪ちゃんが戦ってくれなかったら、私……」

 ドリスが必死に擁護する。


「殺したも同じだよ! 散々傷つけたのもあたし!

なのにヒューガーさんはあたしを助けてくれた……。

ドリスさんが来てくれるまで動けなかったあたしを

自分の相手から死に物狂いで庇ってくれた……」

 吹雪は大粒の涙を零し始めた。


 揉め始めた三人を余所に、マーディが女王に詰め寄った。

「カナタの言葉通り、何故、今さらそんな事を話した?

話せば吹雪が傷つくことは、あんたならわかっていたはずだ。

ヒューガーに口止めもされていたと言った。なのに、何故?」


「あなた方も、そしてヒューガー殿も……

わたくしにとってかけがえのない友人だと思えたからです」

 女王は躊躇うことなくきっぱりとそう答えた。


「多くは申しません。

ですが、あなた方、特に吹雪さんには辛くとも知っていて欲しかった」

 そう言って吹雪の顔を優しげな瞳で見つめた後、

女王は四人の顔を見回した。

「さて、わたくしもそろそろ参ります。

あなた方には本当にお世話になりました」


 それを聞いたカナタが、おぼつかない足取りで女王に歩み寄った。

わかってはいたが、彼女にとってそれは耳にしたくない一言だった。

 けれども、ぐっと堪えて狼の女王をそっと抱きしめる。


「また、この森に戻ってくるんやろ?」

 それだけを言うのが精一杯だった。


「そうですね。生まれ育った森ですので、いずれは……」

 女王は静かに目を閉じた。

「しばらくは仲間と共に、どこか遠く人里離れた場所で暮らすつもりです。

人を食らう事を覚えてしまった仲間たちの為にも、その方が良いでしょう」


「長くなりそうやな……」

「かもしれませんね……」

 吹雪、ドリス、マーディの三人が見守る中、目を閉じたまま語り合う二人。


「あんさんのこと、ほんまに好きやったで」


「わたくしもです、カナタさん。

わたくしが雄だったなら、たまらずに襲っていたかも知れないくらいです」


 それを聞いてカナタが吹き出した。

「こりゃ、うちが一本取られたかも知れへんな」


 そして、女王も四人の前から去っていった。


 その後ろ姿が森の奥へ消えた後も、しばらくカナタはそこに佇んでいた。


 なんと声をかければ良いかわからず、三人がまごついていると

彼女は笑顔で振り向いた。

「ほな、エミスフェーロに戻ろか!」

 その目には溢れそうなほどの涙が溜まっていた。




 大量の食料を抱えて森を抜けるという苦行を終え、

その後、荒野を南下して、それでも四人は昼前には街に到着した。

 およそ十日ぶりの帰還である。


 そのまま街の北の入口にある警備隊の仮隊舎に赴く。

 今回のマルールの壮絶なトップ交代劇は一応吹雪の伝手で

警備隊の小隊長に報告した。

 小隊長は一応信じてはくれたものの、討伐隊の編成はもはや

急ピッチで進められており、今さら取りやめる訳にはいかないようだった。

 何より上層部を納得させられるだけの有力で決定的な証拠もない。


 討伐隊の件はヒューガーには伝えてある。

 後は彼らがその前にこの森から立ち去ってくれるのを祈るしか手はなかった。

 こうなることはあらかじめわかりきっていたことだったので、

四人はそれ以上の口出しはしなかった。


 小隊長は四人の話を全面的に信じてくれた上、自分の権限の及ぶ範囲で

出来るだけ討伐隊の進軍を遅らせるよう小細工を弄すると約束してくれた。

 それだけでも大きな収穫であったと言えよう。



 後の事は彼に任せ、四人はその足で獰猛な翡翠(どうもうなカワセミ)亭に帰った。


「あ!? 吹雪ちゃん! お帰りー! 久しぶりだねえ!」

 翡翠亭に戻った四人を真っ先に出迎えたのは、

吹雪以外は初対面の女性だった。


 年はドリスよりももう少し上だろうか。

少しぽっちゃりとした愛嬌ある顔立ちの、

笑顔がとても魅力的な若い女性店員である。

 翡翠亭の制服にエプロン姿のその女性は、

最初に店に入った吹雪を目にするやいなや、満面の笑顔で彼女に抱きついてきた。


「お久しぶりです、お姉さん。またお店の手伝いに駆り出されたの?」

 若干困惑しつつ、笑顔で対応する吹雪。

 

「お姉さん!?」

 ドリスたち三人が口を揃えて驚きの表情を浮かべる。


「あははっ! あたしが無理やり吹雪ちゃんにそう呼ばせてるの」

 女性店員は吹雪を抱きしめたまま三人に向かって答えた。

「人手が足りないから、店、手伝えって無理やり呼びつけられてねえ。

ま、いつものことだけど……。それより、そちらは吹雪ちゃんのお仲間さんかな?

クレシェンテまでお使いに行ってたそうだね。遠路お疲れ様でした。

ささ、こんなとこで立ち話もなんだし、座って座って!

今、飲み物持ってくるよ。何がいい?」


 彼女は半ば強引に四人をテーブルに着かせ、注文を聞いてカウンターの奥へ。

「おとーさーん! おかーさーん! 吹雪ちゃんたち帰ってきたよー!」


「あの獰猛な夫妻にあんな愛らしい娘がいたんかい。……養子か?」


「相変わらず口さがないね、君は……」


「でも、女将さんを若くして愛嬌持たせたらそっくりだよ。

どこかで離れて暮らしてるの?」


 吹雪に向けたドリスの質問に

「お姉さん、結婚してるんだよ。

家が近くて、まだ子供が生まれてないのをいいことに

ちょくちょく店の手伝いに呼び出されてるの」


 四人がテーブルでそんな事を話していると、

カウンターの奥からマスターと女将が先を争うように飛び出してきた。


 しかし、二人とも吹雪の顔を見て咳払い一つ


「吹雪、長旅ご苦労だったな」

「お帰り、吹雪。皆もご苦労だったね」

 一転して落ち着き払った振る舞いに変わり、ゆっくりと歩み寄る。

 虚勢を張っているのは誰の目にも明らかだ。


 続いて出てきた夫妻の娘は、ジョッキやコップの乗ったトレー片手に

二人の様子を見て笑いを噛み殺している。


 吹雪は椅子から立ち上がり、夫妻に抱きついた。

「ただいま! マスター! 女将さん!」


 矢も盾もたまらず、無言で彼女をしっかり抱き締め返す夫妻。

 その微笑ましい様子を見て、何故か身震いするマーディ。


 それに気づいて訳を訊ねるカナタに

「一人でのこのこ帰ってたら、

あの二人に殺されてたかも知れないと思ってね……割と本気で……」


 三人のテーブルに飲み物を配りながら夫妻の娘は

「あの二人、ここ数日、事あるごとに吹雪、吹雪ってうるさいのなんの。

実の娘のあたしですら思わず嫉妬するくらいだったからねえ。

あの子が養子に入ってくれればホント助かるんだけどなあ……。

あたしも吹雪ちゃんみたいな可愛い妹が欲しかったし」


 七人があれこれと話し始め、

昼日中の閑散とした店内が一気に賑やかになった。


 四人はマスターと女将に、これまでの経緯を詳しく語る。

 沼地で野盗や亡霊に襲われたこと。

 クレシェンテでの首飾りに操られた狼退治。

 その黒幕のゴブリンたちとの熾烈な戦い。

 そして、マルールの部族の王との激戦。

 宿場村での騒動は色々とアレなので割愛した。


 吹雪の父親の仇が討てた事に関しては、夫妻は何とも複雑な反応を見せた。

 喜ぶでもなく悲しむでもなく、ただ何も言わず吹雪を抱きしめただけだった。

 ドリスが直後に吹雪にした行為と奇しくも全く同じであった。


 その戦いで得た報酬の食料は売り払っても端金にしかならないということで、

感謝の気持ちを込めて翡翠亭の台所に贈ることにした。

 これは初めから皆で決めていた事でもあった。


「で、これからどうするんだ? マルールの脅威は無くなった訳だが、

お前たちさえ良ければ、当初の予定通り、

街の防衛依頼に斡旋してやってもいいぞ。(ずる)い選択かも知れないが、

仕事は仕事だ。金は入る」

 マスターの言う通り、実質的な危険は無くなったものの、

防衛依頼も討伐依頼もまだ生きている。募集が無くなった訳ではない。


「その事なんやけど」

 カナタがそれに答える。

「形だけとはいえ、あの森のマルールたちに刃を向けるのは気乗りせえへん。

それにあんさんの知り合いの小隊長はんにも事情は話したさかいな。

面子の問題もあるし、そんなコスい手で金は稼ぎとうない」


 他の三人も同じように頷いた。


「そこでや、この街に多くのマーセナリーが留まっとる内に

他の街へ行って仕事を探そ思うとる。

この街の住民には無駄な税金使わせてホンマ申し訳あらへんが、

こればかりは、うちらではどうしようもない」


「多分、そう言うと思ってたぞ。ま、税の事は気にするな」

 マスターはカナタの言葉に笑って応えた。

「他の三人はどうする?」


「あたしもカナタさんと一緒に行きたい! カナタさんさえ良ければだけど」


 やはりそうきたかとマスターと女将は一瞬、とても寂しげな顔を見せた。


「うちは全然かまへんけど……」

 カナタはちらりと夫妻の顔色を伺った。


「あたしたちの事なら気に病む必要はないよ。

あんたはあたしの願い通り、吹雪を守ってくれた。

あんたになら安心して吹雪の事を託せるよ」


「……ごめんなさい、女将さん、マスター」

 申し訳なさそうに謝る吹雪。


「いいさ。けど、たまには帰ってくるんだよ?

この街にはあんたが親父さんから受け継いだ家がある。

それに、この翡翠亭もあんたの家みたいなもんだからね」


「最初に言ったはずだ。事が済んだら、どこへなりと旅に出るがいいと。

自分で金が稼げて、他人様に迷惑かけないのなら、

俺たちに吹雪のやりたい事を止める権利はない。好きにしろ。

ただし、絶対に死ぬんじゃないぞ?」


「うん、わかったよ。ありがとう!」

 吹雪は夫妻に力強く頷いた。


「親の心、子知らずだねえ……」

 夫妻の娘が諦め顔で誰にも聞かれないようこっそり呟く。


 吹雪はドリスとマーディに顔を向けた。

「ドリスさんとマーディさんも一緒に来てくれるよね?」


「勿論、私も行くよ」

「こうなったらとことん付き合うよ。毒食らわば皿までってね」

 二人とも笑顔で応える。


「なら決まりやな! 三人とも改めてよろしく頼むで!」

 カナタが音頭を取った所で、マスターが四人にそれぞれある物を手渡した。

 それは対になったカワセミのロゴがデザインされたバッジだった。


「約束してたこの店のお墨付きだ。これを身につけていれば、

うちの店と繋がりのある雇戦士の酒場でなら優先して依頼を受けられる。

無くすんじゃないぞ? 各町の系列店リストは後で渡そう」

 嬉しそうにバッジを受け取って身に付ける四人を満足そうに見回した後

「取り敢えず今日明日くらいは、ここでゆっくりしていけ。食材の礼だ。

特別に宿代も食事代もタダにしてやる。吹雪も泊まっていくといい」


 それを聞いて歓声を上げる四人。


「だが、酒代だけは払って貰う。

タダにすると際限なく飲みそうな奴らがいるからな」

 カナタとマーディはがっくりと項垂(うなだ)れた。

 どこまでも抜け目ないマスターであった。


「ずっと気になってたんだけど、お兄さん、結構カッコいいよね」

 話が一段落ついたのを見計らったのか、

夫妻の娘がマーディに興味を示す素振りを見せる。

「ねえねえ、この中に付き合ってる子とかいるの?」


「え? いや、いないけど……」

 戸惑いながらも馬鹿正直に答えるマーディ。


「そうなんだ。もったいない。なら、あたしと……痛っ!」

 娘の頭に容赦ない女将の拳骨が振るわれた。

「親の目の前で何やってんだい、この子は!」


「ちょっと! 喋ってる最中に直上(ちょくじょう)からの一撃はひどくない?

舌噛んだらどうすんのよ」


「あんたみたいな馬鹿娘は舌噛んで死んだ方がマシだろ。

いい加減にしないと旦那に言いつけるよ!」


「ウソウソ! 軽い冗談だって! そんな怖い顔しないでよ、お母さん」


「まったく、いつになったらその悪い癖が治るんだい!」


「あはは! お姉さんは相変わらずだなあ」


「いや、笑うとこなん? ここ……。

この娘の旦那が可哀想なってきたで……」


 母娘の滑稽なやり取りを肴に盛り上がる一同。

 テーブルには飲み物だけでなく、気を利かせた女将や夫妻の娘の計いで

マルールたちから貰った果実も並べられている。

 皆、飲み物や果実を口にしながら和やかな雰囲気の中にあった。


 ただ一人ドリスだけが、微笑ましくもある母娘の掛け合いを見て、

硬い笑顔で無理に笑っているように見えた。


「ドリス、お前にちょっと話がある。こっちへ来い」

 マスターがさり気無さを装って、彼女に手招きした。


 怪訝に思いながらも、マスターと共に店の片隅へ。

「どうしたんですか? マスター」


「お前に受けて貰いたい依頼がある」


「私一人だけ? どんな依頼なんです?」

 不思議そうに首を傾げるドリス。


「家出した、ろくでなし娘の捜索依頼だ」

 そう言ってマスターがドリスに差し出した書類を見て、

彼女の表情が凍りついた。


 その書類にはドリスの名前とその特徴を記した詳細な箇条書き、

そして彼女の父親の名前が書かれていた。


「おとなしく家に戻れとは言わん。お前にその依頼を強制するつもりもない」


 書類に視線を落としたまま、ドリスは硬直し続けている。


「ただ、これだけは言わせて貰う。

お前の親父さん、ひどく落ち込んだ様子だったぞ。

……親にあんな悲しい顔をさせるな」

 そう言い捨ててマスターは皆の元へ戻っていった。


 ドリスは一人そこに残ったまま、手にした書類をじっと見つめていた。

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