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さあ! 仲間と共に冒険の旅へ出かけよう!  作者: 上見 士郎
マルール編
25/29

25


 夜空に浮かぶ満月はほぼ中天に登っていた。

 時刻は丑の刻(午前一時)に差し掛かろうとしている。


 張り詰めていた全員の緊張の糸が極限に達しかけていた頃、

ついに再び鳴子が音を立てた。


 ほぼ同時に狼の女王が四人のもとに駆け戻ってきた。

「来ました! 数は不明ですがマルールの軍です!

向こうもこちらに気づいている様子です!」


 地形的に向こうの方が高い位置にいる。正確な数を把握するのは

例え夜目の効く彼女といえど困難なことであった。

「仕掛けておいた罠にもかかったようです。

こちらを警戒して足を止めています」


 四人は各々装備に身を固めながら女王の報告に耳を傾けていた。

 吹雪も鞘形弩(しょうけいど)の巻き上げを始めている。


「ようやっとお出ましか。待ちくたびれたで」

 カナタが兜の首紐をきつく結びながら不遜な笑みを漏らす。

「こっからが正念場や。ドリス、あんじょう頼むで」


 ドリスは無言で頷くと、左手の魔宝石の指輪に右手を翳した。

 水面月(みなもづき)の魔法を発動させる。

 指輪が煌々と輝き始める。


「頑張れよ、ドリス」

 マーディは左手に鉄鎚(メイス)、右手には手ぬぐいを携えている。

盾はベルトを通して肩にかけられていた。


「うん、そっちもね」

 ドリスは短くそれだけ答えた。


 鞘形弩を巻き上げ終えた吹雪も木刀を左手に、

右手に手ぬぐいを握り締めていた。

 彼女は何も言わず、ただ無言でドリスに視線を送った。


 ドリスも吹雪を見つめ返し、二人は無言で頷いた。


 五人の足元にどこからか小枝が投げ込まれた。

 ヒューガーの合図であった。

 首尾よく斥候の役目を請け負った証拠でもあった。


 この後、彼は王らの元へ戻って虚偽の報告をするのである。

 敵の人間の数はおよそ十人前後であると。


 ドリスたちも行動を開始した。


 まずは真っ暗な森の中の先導役である狼の女王に楯無(たてなし)をかける。

 彼女はドリスから楯無の魔法を受けると、左の森の中へ。


 次いでマーディに、ドリスとカナタの二人から魔法がかけられる。

楯無とエンチャントウェポンである。

 エンチャントウェポンは打撃部分が常時青白く光る為、手ぬぐいで

覆って光が漏れないようにする必要があった。


 そしてマーディも女王の後を追って森の中へ。


 その次の吹雪にも同じように二人から魔法がかけられ、

彼女も同じように木刀を手ぬぐいで覆って森の中へ入っていった。


 最後にカナタも自分の小刀にエンチャントウェポン。

 ドリスにも楯無の魔法をかけて貰う。

 ドリスの腕を軽く叩いて不敵に微笑むと小刀を鞘に戻し、

颯爽と闇に包まれた森の中へ消えていった。


 幾つもの焚き火に照らされた森の中、ドリスは一人残った。

 緊張して息が苦しくなる。

 彼女は目を閉じ、護身術で培った腹式呼吸で心を落ち着かせた。


 上手くいけば、やがてここへ操られた七体のマルールがやってくる。

 彼女は一人でそれらを引きつけておかねばならないのだ。


 その作戦を発案したのは彼女自身である。

 是が非でも成功させねばならなかった。



 一方、月明かりの中、女王、マーディ、吹雪、カナタの四人は

暗い森の中を進んでいた。

 弧を描くように大きく迂回して奇襲ポイントを目指す。


 先頭を行く女王が立ち止まった。

 およそ中間地点に達した所であった。

 後続の三人も立ち止まる。


 右手に遠く、数体のマルールたちが駆け抜けていく気配。

 彼らが走っているということは、

ここまでの作戦は首尾よく進んでいるという証拠だ。

 全員で襲うのならばもっとゆっくり進んでいる筈である。


 目指す先には王と数名の側近だけがいる。


 マルールたちが通り過ぎるのを待ってから、彼らは再び移動を開始した。

 やや急ぎ足で。

 この戦いはタイミングこそが命である。



 ドリスの目の前に、焚き火の明かりに照らされ迫り来るマルールたちの姿。

 皆、四足状態で背中側の両腕には一様に武器が握られている。

 やはり太い木の枝や削って尖らせた獣の骨などである。

 中には人間から奪ったであろうぼろぼろの槍や刀を携えている者もいた。

 目を凝らせばそれらの武器は握った手ごと蔦で縛られているのがわかる。


 あの時のマルールと同じだった。

 今だからこそ理解する。

 己の意志を無くした彼らが武器を手放さぬよう細工されているのだ。


 マルールたちは勢いのまま焚き火を蹴散らし、案山子を薙ぎ倒し、

そしてドリスの獣返しによる見えない壁にぶち当たった。


 とてつもなく恐ろしい光景だった。

 これだけの数のマルールが、

ただひたすら自分一人を殺すために殺到してくるのだ。

 しかも彼らは己の意思を持たない。

 余計な事を考えず、己の身を案じる事もない。

 狼たちを相手にした時とは訳が違う。

 体格の大きさが違う。そしてあの時は仲間がいた。心強い仲間たちが。


 今、ドリスはたった一人だ。

 逃げ出したくなる気持ちを必死に抑え、ドリスはその場に踏みとどまった。

 まだだ。まだ早い……。

 仲間たちは間違いなくまだ王や側近の元に辿り着いていない。


 マルールたちはドリスの目と鼻の先で獣返しに弾かれ、

しかしその痛みに悲鳴一つ上げることなく懲りずに襲いかかってくる。


 ドリスは中心点の木に背中を貼り付けてその様子を見守っていた。


 やがてマルールの一体が武器だけならば、

結界の壁に阻まれないことに気づいた。

 必死に結界の外から武器でドリスをつつこうとする。

 しかし、長さが足りず、ドリスの体には届かない。

 傍から見るとなんとも滑稽な光景であるが、

ドリスも当のマルールたちにとっても笑い事ではなかった。


 マルールたちはそれでもめげず、

獣返しを取り囲むように移動する者まで現れ始めた。

 どうにかしてドリスを亡き者にしようという意思のみに支配されている。


 囲まれる恐怖。

 ドリスは懸命にそれと抗いながら、マルールの数を数えた。

 間違いなく七体いる。


 そろそろ頃合か。

 完全に囲まれる前に次の段階に移る必要がある。


 ドリスは右手の魔宝石の指輪に左手を翳して念じた。

 母衣(ほろ)の魔法を発動させる。

 縦長の光り輝く盾がドリスの右拳の先に発生した。


 ドリスはそれを後ろに回り込んだマルールに向け、


 そして走り出す。


 マルールは自分に向かってくるドリスに結界の外から錆びた刀を突き出した。

 それは輝く盾に弾かれ地面に突き刺さる。


 ドリスはその瞬間、大きくジャンプし、そのマルールの背中に飛び乗った。

 そのまま転げるようにマルールの後ろに着地する。

 若干バランスを崩しつつ立ち上がると、一目散に道を南側へ駆け出した。


 あらかじめ発動させていた水面月の灯がその道筋を照らす。


 ドリスが獣返しの外へ出たことでその結界の効果は失われた。

 七体のマルールたちは一斉にその後を追い始めた。


 左手を前に翳し、水面月の灯で前方を照らし走るドリス。

 そしてそれを追う七体のマルールたち。

 ここで転んだら命はない。

 ドリスはただでさえ歩き慣れない森の中を、

僅かな灯を頼りに死に物狂いで走った。


 当然、マルールたちの方が足は早い。

 あと少しで追いつかれるという間際、


 彼らの足が一斉に止まった。


 ドリスもそれに気づき、息を切らしながら立ち止まる。

 振り返るとマルールたちはそこから一歩も動かず、こちらの様子を伺っている。

 首飾りの有効範囲が限界に達したのだ。

 首飾りの能力を熟知する彼女らにしか成し得ない荒業であった。


 ドリスは真上を見上げ、木の枝などの障害が無いことを確認すると、

 おもむろに水面月の指輪を外し、


 そしてそれを頭上高く放り投げた。



 吹雪たち四人は打ち合わせの奇襲ポイントに到着していた。

 森の中、草陰に身を伏せ、前方の様子を伺う。


 二足で立ち上がり、南側の道の先の様子を見守る六体のマルールたち。

 月明かりだけでは暗くて良くわからないが、

その中には銀毛のマルールの王やヒューガーも居るはずだ。


 これ以上は近づけなかった。近づけばこちらの存在が発覚してしまう。


 そのうちの一体がふいに段差を下って、四人の視界から姿を消した。

 前方の様子が不自然な事に気づいたのかも知れない。

 遠目に見ても多数対多数が争っているようには見えないだろう。


 四人の焦りが募る。


 操られたマルールたちを命令有効範囲一杯まで引きつけた後、

ドリスの合図でヒューガーが行動を起こす手筈だ。

 なのに未だその素振りは見えない。


「ドリスさん……ご無事でしょうか?」

 狼の女王がマルールたちの様子から目を離す事なく小声で呟いた。


「大丈夫」

 吹雪が力強く断言した。


「あたしは彼女を信じてる」

 その手にはライアット卿から貰った水面月の魔札。

 発動に気力を消費するので、カナタではなく彼女が使う役目だ。


「そうですね。わたくしたちが気に病んだところで詮無きこと。

無用な事を申しました」


 視界に入っているマルールの数は五体。うち一体は味方だ。

その味方のヒューガーが一体を相手にしてくれると計算して、残り三体。

「側近の一体はわたくしのみでお相手致します。皆さんは王ともう一体の側近を」


 三人は短い返答で女王の言葉に応えた。


 そして戦いの火蓋は切って落とされた。


 夜の闇に輝く光の玉が登った。


 ヒューガーはその光を見つめる側近の一体に背後から忍び寄り、

手にした鋭い骨の剣で、その背中を刺し貫いた。

 あまりに深く刺さり過ぎて、骨の剣はなかなか抜けなかった。

 ヒューガーは諦め、

一瞬で絶命したその側近の身体を剣ごと段差の下に転がり落とす。


 その場の空気が凍りついた。

 王も残った二体の側近も何が起こったのか理解出来ずにいる。


 ヒューガーはすぐさま、もう一本の骨の剣を背中の腕に構え、

四足になって側近の一体に襲いかかった。


「吹雪、今や!」

 その顛末を見届けたカナタが小声で叫んだ。


 吹雪は札に手を当てた。

 水面月の魔札の宝石の部分が光りだす。

 彼女は木刀をくるんだ手ぬぐいから抜き取り、左手に持つと

右手に札を掴んで森の中を駆け出した。


 明かりを必要としない女王は、

その利を生かすべく、すでに飛び出している。

 残った側近の一体に牙を剥いて躍りかかっていた。


 カナタは小刀を、

マーディは左手に盾、右手にスリングを回転させながら吹雪の後に続く。


 吹雪は森の中から持っていた魔札をマルールたちに向かって投げつけた。

 その場が灯に照らされる。


 地面に落ちていく光の中、確かに浮かび上がる巨大な銀毛のマルール。


 王たる者の貫禄であろうか。

 王はすでに状況を察し、四足になって背中の両腕で手に持った

野太刀を鞘からゆっくりと引き抜いていた。


 その様子から見るに、操っている七体のマルールは呼び戻し済だろう。

 彼らが戻ってくるまでに決着をつけねばならない。


 ヒューガーと側近は段差のすぐ手前で掴み合いの乱闘になっている。


 狼の女王に奇襲を受けた方の側近は段差の下に転落。

 女王もそれを追って闇の中へ。 


 宝石のついた魔札は地面に落ちた後も周りを照らし続けている。


 その明かりを頼りに、

まずはマーディのスリングから放たれた石つぶてが王へ。


 王は左手逆手に持った野太刀の鞘を地面に突き立てる。

 石つぶては難なくその鉄製の鞘に弾かれた。


 次いでカナタのマジックミサイル。こればかりはさすがに防ぎようがない。


 その光弾を追うように吹雪が正面から、

マーディが鉄鎚を握りつつ左から回り込むように王に走り寄る。


 王は裏切ったヒューガーなど眼中にないかの如く、吹雪たち三人に対した。


「王は狂うておる。

王が人を殺そうとするのは憎しみからでも快楽からでもない」

 二人に少し遅れて王に接近するカナタの脳裏に、

ヒューガーの言葉が思い出される。

「義務感とでも申せばよかろうか。何かに追い立てられるように

人間も妖精族も根絶やしにせねばおれぬ強迫観念に囚われておる。

ゆえに王は決して逃げぬであろう。

貴殿らを見るや必ず迎え撃とうとするはずだ」


 吹雪は走りながら王に鞘形弩を発射した。

 王は地面に突き立てた鞘を僅かにずらしてその矢をも防いだ。

 吹雪は構わず、真上から王に木刀を振り下ろした。


 王は即座に鞘を地面から引き抜き、その打ち降ろしを受ける。


 吹雪はそれでも構わず、

ただ我武者羅に何度も木刀を振りかぶっては打ち下ろす。

 カナタの魔法が乗っていなければ、木刀はとっくに折れていただろう。


 左から王に近づくマーディはリーチの長い右手の野太刀に牽制され、

うかつに攻め込めないでいる。


 カナタも王に接近しつつ、二人の間隙を縫って二度目のマジックミサイル。

 王はその一撃に耐え、巧みに鞘の角度を変え吹雪の乱打を防いでいる。


 吹雪は憎しみに囚われ我を忘れていた。

 王もマーディの方に気を取られ、吹雪を成すがままにさせている。


 ……ように見えた。


 右手の野太刀を体の外側に大きく振りかぶり、

内側に向かってマーディを薙ぎ払う。

 充分警戒していたマーディは即座に飛び退いてそれをかわした。

 王にとってそれは想定内の動きだった。

 その横薙ぎの攻撃は吹雪を狙ったものだった。


 そのまま勢いを緩めず、野太刀の刃が吹雪に肉薄する。


 しかし、カナタもそれを予測していた。


 大きく前に踏み込み、その斬撃を体の正面で受ける。

 吹雪を庇ったカナタは彼女にぶつかり、そのまま横に吹き飛ばされた。

 さらに二人は側近の一人と揉み合うヒューガーに激突。

 ヒューガーと側近はそれで足を踏み外し、共に段差の下に転落していった。


「カナタ! 吹雪!」

 二人に追い打ちをかけるべく背を向けた王を行かせまいと、

マーディが思い切って身体ごとぶつかって行く。


「カナタさん! どうして!?」

 力なく横たわるカナタの下敷きになりながら、吹雪が叫んだ。


「女将さんに頼まれとるさかいな……」

 掠れた声で弱しく応えるカナタ。

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