20
明け方。
鳥のさえずりと共に夜が白み始めた。
ドリスは一人寝床から起き出し、洞窟の淵に腰掛けた。
傍らの焚き火はまだ燻り続けている。
こちらから討って出ると決まった以上、もはや煙を気にすることもない。
他の四人は横に敷かれた細長い一枚の敷物の上で、
頭をこちらに向け並んで眠っている。
細道へ続く洞窟の入口では
狼の女王が伏せたまま眠りについていた。
そんな中ドリスは膝を抱え、
滝とその向こうに広がる水辺と雑木林をぼんやりと眺める。
まだ薄暗い上に朝靄に包まれていてよく見えない。
明け方の冷え切った空気に身震いし、
羽織っていたマントの両裾をきつく手繰り寄せた。
誰かの起きだした気配にドリスは振り返った。
マーディだった。
「やあ、ドリス。おはよう」
まだ眠っている仲間に気を使ってか、
小声で挨拶しながら立ち上がる。
「おはよう」
彼はそのままそっと洞窟の外へ出ていこうとする。
女王の脇を通る時、彼女の耳が大きく動いた。
それきり動かないが、起こしてしまったかもしれない。
ドリスはマーディの行動を察して見て見ぬふりをした。
マーディが用を足して戻ってきても、
ドリスはまだその場で膝を抱えたままだった。
「隣、いいかい?」
「どうぞ」
マーディの断りに、ドリスは景色、
というより足元の滝壺を覗き込みながら素っ気なく答えた。
彼のことが煩わしい訳ではなく、滝壺に熱心に関心を寄せている様子だ。
「何か面白いものでも見えるのかい?」
マーディは彼女の横で同じように膝を抱え、滝壺を覗き込んだ。
「ううん、別に」
またしても素っ気ない答え。
二人の会話は滝の音に紛れ、
まだ寝ている者たちには届いていないようだ。
「そうか」
二人の会話はそこで途切れた。
マーディは退屈そうに視線を雑木林に向けた。
しばらくの沈黙の後、彼に気を使ったのかドリスが口を開いた。
「この深そうな水の中に何がいるんだろう、
どんな世界が広がってるんだろうって気にならない?」
滝壺に視線を落としたままそんなことを言う。
「何か悩み事でもあるのかい?」
マーディの意外な質問にドリスは彼の横顔を見つめた。
「何でそう思うの?」
「何だか思いつめたような顔してるからさ。
そういうこと聞く時って、
もっと楽しそうな顔するもんじゃないかと思ってね」
マーディは滝の向こうの雑木林に視線を向け、
何気なくそう言った。
言われてしばらくドリスは押し黙った。
話そうかどうしようか迷いあぐねている様子だ。
やがて意を決したのか彼女はぽつぽつと語りだした。
「なんか父と母のこと思い出しちゃって……
今頃どうしてるのかなあって……」
滝壺を見つめたまま淡々と語るドリス。
「家出したって言ってたね」
「うん……」
ドリスは自分の膝に顔を埋めた。
「街で吹雪ちゃんと二人で湖行ったじゃない?」
彼女が急に話題を変えてきたので、
マーディは少々面食らった。おとなしく相槌を打つ。
「うん」
「その時にね、家出した経緯話したんだよ。冗談交じりで。
そしたら私に合わせて無理に笑おうとして泣きそうな顔してた」
何と答えてよいかわからずマーディが黙っていると、
ドリスはさらに言葉を続けた。
「吹雪ちゃんに対してすごく申し訳なくて……父や母にも……
私どうしたらいいのかな……」
顔を埋めたまま弱々しく漏らす。
「それで二人とも最近なんとなくぎくしゃくしてたんだね」
しばらくの沈黙の後、マーディが静かに言った。
「吹雪は君がご両親にとても愛されてるのに、
君がそれを蔑ろにしてると思ったから、悲しくなったんじゃないかな」
ドリスは顔も上げずに黙っている。
「ご両親は君のことをとても心配してる。
彼らに心配をかけさせたままなのは良くないと思うよ。
具体的にどうしろとは言わない。けれど、
このまま逃げ続けていたらきっと一生後悔する事になるぞ」
ドリスはようやく顔を上げてマーディを見た。鋭い視線を向ける。
「後悔するなんて言われなくてもわかってるよ。
だいたい私の親が心配してるって、私が愛されてるって、
なんで会ったこともないのにそんなことがわかるの!」
「わかるさ。君を見てれば簡単にわかることだよ」
訳が分からず、ぽかんとするドリス。
毒気を抜かれた様子だ。
そんな彼女に構わず、マーディは腰を上げた。
「……さて、俺はもう一眠りするよ」
「あ、あの! 話、聞いてくれてありがとう……」
慌てて礼を言うドリスに、マーディは背を向けたまま
片手をひらひらと振って応えた。
朝食を摂り終えた五人は五匹の狼たちと共に
朝少し遅く、荷物を持って滝裏の洞窟を出発した。
女王の言った通り、母狼一匹と子狼五匹はその場に残された。
彼女の案内のもと、およそ半日かけてゴブリンたちのアジトに辿り着く。
途中、彼らの襲撃は一切無かった。
拍子抜けすると共に、その目論見に薄気味悪さを感じる。
遠目に見える洞窟からも、その薄気味悪さは伝わってきた。
森の中に草木に覆われた急な斜面の断崖があり、
そこにぽっかりと真っ暗な穴が空いている。
洞窟の周りは異様に広く開けていて、視界を遮るものは何もない。
五人と狼たちはまだ密度の高い森の中から、
木々に隠れてその広場と洞窟の様子を伺っていた。
洞窟の前では三体のゴブリンがちょこまかと動き回っていた。
さらに彼らの周りで寝そべる狼たちの姿も確認出来る。
命令を待つ待機状態であろう彼らの数はきっちり七体。
時折聞こえる野鳥の鳴き声の中、吹雪がぽつりと呟いた。
「ちゃんと食事させて貰ってるのかな……あの狼たち」
「あの状態から開放されれば、彼らは勝手に動き回って狩りに行けます。
支配下に置いた狼たちを餓死させては元も子もないので、
ある程度の自由は許されています。
ですが、それはごく最低限の自由に過ぎません」
狼の女王が吹雪の質問に答える。
「どうも彼らはここしばらく束縛され続けているようです。
あの様子では、この数日満足な食に有りつけていないでしょう」
「まあ、飢えていた方が五感も闘志も研ぎ澄まされるって言うしな。
ゴブリンたちにとっちゃその方が都合が良さそうだ」
と他人事のようにライアット卿。
「それより、仕掛けるなら今やで。数的には互角や」
草陰に伏せながらカナタ。
ドリスとマーディもそれに無言で頷いた。
五人とも緊張から額に汗を浮かべている。
かねてよりの計画通り、五人はそこに荷物を置き、
狼たちと別れて左回りに森の中を洞窟へ近づいた。
まず最初に狼たちが正面から洞窟へ攻撃を仕掛け、
迎撃に出た敵の狼たちを彼らに引き付けさせて、
その隙に五人は側面からゴブリンたちに奇襲をかけるという作戦だ。
洞窟にもっとも近い位置まで来たら、
狼たちに攻撃開始の合図を送る手筈になっている。
首飾りは五人にとって、
狼に攻撃を受けないで済むという利点のみしか利用法はないが、
万が一に備えて吹雪が身につけていた。
カナタに次いで一番突破力がありそうなのは吹雪である。
カナタには魔法で味方を支援するという役目もある。
隠れて森の中を慎重に迂回する五人。
「ちょい待ち!」
突然、カナタが立ち止まって小声で警告を発した。
それと同時に木の上から二体のマルールが、
五人の目の前に飛び降りてきた。
四つん這いになったその背中の手には、
それぞれ太い木の枝が握られている。
「なんでマルールが……」
呆気にとられながらも背中から木刀を抜き放つ吹雪。
「ドリス! 吹雪に楯無を!」
カナタはそう叫びながら、
自身も吹雪にエンチャントウェポンの魔法を発動させる。
こちらの様子に気づいたゴブリンたちが
すぐさま狼たちを向かわせているのが視界に入った。
それを見て味方の狼たちも一斉に森を飛び出す。
ライアット卿は懐から一枚の札を取り出し、自身の体に貼り付けた。
切り札にとっておいた楯無の使い捨て魔札である。
ドリスも言われた通り、吹雪に楯無の魔法をかけた。
二体のマルールが五人に襲いかかってきた。
広場では七体の狼たちがこちらへ向かって疾走している。
「吹雪! ここはうちらに任せてゴブリンを頼む!」
魔法をかけ終えたカナタが叫ぶ。
そのまま小刀を抜いて二体のマルールへ。
盾と石縋を構えたマーディも同時にマルールたちに突貫していった。
やや遅れて抜刀したライアット卿もそれに続く。
「行け! 吹雪!」
しばしマルールを睨みつけていた吹雪は、
カナタとライアット卿の言葉を受け、奥歯を噛み締めた。
そしてマーディたちと戦うマルールから視線を外し、
迫り来る狼たちへ向かって走り出した。
その向こうには洞窟から出てきたゴブリンのボスとグレムリン、
もう一体を加え四体になったゴブリンたち。
さらに一際巨大な一体のマルール。
二本足で立ち上がり、高い視界から戦況を見極めているようだ。
それを遠目に確認し、ライアット卿は歯噛みした。
「なんてこった! こいつらゴブリンと組んでやがるのか?」
七体の狼たちは一斉に吹雪に襲いかかろうとして、
見えない何かに阻まれるように立ち止まった。
そこへ横合いから女王率いる五体の狼が飛びかかる。
激しい唸り声を上げ、狼たちの血で血を洗う乱闘が始まった。
ゴブリン側の二体の狼はその乱闘を抜け、
吹雪を無視し引き続きカナタらの元へ。
吹雪もまたその乱闘の中から、一人コブリンたちの元へ駆ける。
上空へ舞い上がったグレムリンが吹雪に向かって
マジックミサイルを放った。
それを皮切りに三体のゴブリンたちが武器を手に
吹雪の前に立ちはだかる。
それを後ろから眺めながらゴブリンのボスは毒づいた。
「他のマルールどもは何故出てこねえ! あの老いぼれめ!
あくまでも俺たちに力を貸すつもりはねえってことか!
ぶぇぇぇっくしぇええ!」
「彼らにとっては貴殿が勝とうが負けようが同じこと。
ここで貴殿らに力を貸せば人間に余計な疑いを持たれる。
賢明な判断であろうよ」
傍らに立つマルールが淡々とそれに答えた。
「同じことだと!?
俺が勝ってお前らの王と組んだ後のことは考えてねえのか。
馬鹿な奴らだ。いずれ思い知らせてやる!
ふぁ、ふぁ、じゃんくしょん!」
それに対してマルールは何も答えなかった。
カナタは自分に注意の向いた片方のマルールに、
マーディに盾になって貰いつつスリープインデューシング。
眠りかけた所を彼と共に攻撃しようとするが、
もう片方のマルールによって阻止された。
ライアット卿一人ではやはり牽制力に欠けるようだ。
しかし、マルールが相棒を起こしている隙に
カナタは新たに襲いかかってきた二匹の狼を、
マルールたちから離して引き付ける事に成功した。
マーディとカナタに楯無を配り終えたドリスと共に迎え撃つ。
カナタは自分に襲いかかってきた狼に、改めてスリープをかける。
二体のマルールはそれぞれマーディとライアット卿に阻まれ
離れた場所で眠った狼を起こすまでの余裕はない。
狼が眠ったのを確認し、
もう片方の狼の攻撃から必死に身を守るドリスの元に駆け寄った。
その狼の注意を自分に引きつけ、これもなんとか眠らせる。
手の空いたドリスに
「吹雪が危ない。頼めるか?」
吹雪はグレムリンのマジックミサイルを立て続けに受けた挙句、
三体のゴブリンに取り囲まれ、風前の灯だ。
ドリスは無言で頷き、広場に向かって駆け出した。
それを見送ったあと、マーディたちの援護に戻ろうとして、
カナタは最初に眠らせた狼の傍らにグレムリンがいることに気がついた。
横たわる狼を揺さぶって起こそうとしている。
「いつの間に……」
吹雪一人ならどうにかなると踏んだゴブリンのボスが、
こちら側の援護に向かわせたのだった。
カナタはグレムリンに向けて、マジックミサイルを放った。
悲鳴を上げてその場から飛び去るグレムリン。
しかし狼はすでに目を覚まし、再びカナタへ襲いかかる。
そんなカナタの代わりにマーディたちの加勢に入った者がいた。
自分の相対する狼を早々にねじ伏せ終えた女王である。
逆にこちら側の狼も一体が傷つき倒れ、余った一体がカナタの元へ。
さらにマルールの一体と懸命に戦っていたライアット卿が、
その攻撃に耐え切れず、ついに脱落した。
棍棒代わりの太い枝に刀を叩き落とされ、
隙を見て拾おうとした所を横殴りの渾身の一撃。
ライアット卿は豪快に弾き飛ばされ、その身体は木に叩きつけられた。
楯無の札の加護があっても深刻なダメージだった。
「ライアットはん!」
一体はまだ眠っているものの、新たに加わり二体となった狼たちと
グレムリンに翻弄されカナタは動けない。
木を背に、意識を失い座り込むライアット卿。
彼に止めを刺そうとしたマルールの前に狼の女王が躍り出た。
三対三となった狼たちの死闘もまだ続いている。
「駄目だ! もうもたない!」
マルールと戦い続けるマーディも悲鳴を上げる。
その盾はすでに半壊していた。
カナタも二体の狼を相手に、眠らせた狼をグレムリンに
起こされないよう牽制しながらよく凌いでいた。
しかし、マーディに声をかける余裕すらなくなってる。
一方、吹雪も紙一重の死線に踏みとどまっていた。
グレムリンの魔法でぼろぼろに傷つきながらも、
三体のゴブリンを相手に立ち回る。
ダメージを負っているので動きは鈍い。
ふいに痛みの引いていく感覚。
ゴブリンたちから目を離すわけにはいかないので
確認のしようがないが、吹雪は確信した。
ドリスが背後で自分に魔法をかけてくれたのだと。
魔法の力以外にもどこからか力がみなぎってくる。
蘆薈をかけ終えたドリスが吹雪の隣に並んだ。
深く息を吐きながら腰を落とし、
右手をまっすぐ前に突き出し、左手は腰の横へ。
吹雪もゆっくりと木刀を中段に構える。
二人は互いに無言で視線を交わした。
三体のゴブリンたちに向かって同時に走り出す。
ゴブリンたちも二人に一斉に襲いかかった。
素手で与しやすしと見たのか、そのうち二体のゴブリンは
小刀を振りかざしドリス一人に。
短槍持ちの左端の一体は吹雪に。
真ん中のゴブリンはドリスに向かって小刀を突き出し突進してくる。
右側のゴブリンも小刀を振り上げたままドリスへ。
吹雪は両手で構えていた木刀から左手を離し、走りながら
自分の正面、短槍持ちゴブリンに鞘形弩の矢を放った。
ほぼ同時に片手のみで握った木刀が、
中央のゴブリンの手元に向かって斜めに綺麗な半月形を描く。
ドリスを狙ったその小刀を叩き落とした。
右端のゴブリンがドリスを狙って斬りつけた小刀は、
ゴブリンに右側面を見せるように体を捻った彼女に避けられた。
そのまま振り下ろした腕をドリスの右腕に掴まれ引っ張られるとともに、
さらに身体を回転させた彼女に背中合わせの形から足を払われる。
転倒したゴブリンをそのままに。
ドリスは氷上を滑るような足さばきで素早く移動、
吹雪に小刀を叩き落とされたゴブリンに。
逆に吹雪はドリスと位置を入れ替えつつ身体を反転させながら、
木刀を両手で逆手に構え直した。
転倒しているゴブリンに魔法の力の乗った木刀の切っ先を振り下ろす。
瞬時に間合いを詰めたドリスは右足で地面を強く踏むと同時に、
武器を失ったゴブリンに、下から掬い上げるような肘打ちを食らわせる。
ドリスの肘打ちを受けて崩れ落ちるゴブリンには目もくれず。
転倒したゴブリンにとどめを刺した吹雪は、
今度は鞘形弩の矢を胸に受け悶絶する短槍のゴブリンに駆け寄った。
順手に構え直した木刀を右上から左下に袈裟懸けに叩きつける。
ゴブリンは鎖骨を盛大にへし折られて仰向けにぶっ倒れた。
二人のコンビネーションで三体のゴブリンはほぼ壊滅した。
ドリスの肘打ちを食らったゴブリンもほとんど戦意を喪失している。
それでも、なんとか立ち上がろうともがいていた。
吹雪とドリスはそのゴブリンを無視し、
次に立ちはだかるゴブリンのボスに向かう。
「ぶぁっくしょおほほい!」
くしゃみと共にゴブリンのボスは豪華な刀をすらりと抜き放ち
「あいつもそろそろ限界だ。後はお前が代われ」
マルールの後ろで狼を操っているゴブリンを指し示す。
もがいていたゴブリンはそれを聞いて飛び上がった。
「いやいや、オレも死にかけなんすけど!」
ボスの怒りが爆発した。
「俺様に殺されたくなかったらとっとと代われ! それとてめえ!」
後ろに控える大柄なマルールへ視線を向けた。
「いつまで高みの見物決め込んでやがる!
てめえもとっとと戦いに加わりやがれ! びゃくしっっっっ!」
這うように後ろに下がるゴブリンに代わり、大柄なマルールが動き出した。
四つん這いになったその背中の腕には、
他のマルールのように太い木の枝ではなく、
倒木そのものを抱えている。
ゴブリンのボスの横に並ぶマルール。
最後の壁はとてつもなく厚そうだ。
しかし、これ以上時間はかけられない。
なんとか突破出来ないものかと隙を伺う二人。
二人の思惑を見透かすかのように、
ゴブリンのボスは自分の正面にいた吹雪に斬りかかった。
「ふぁっしょん!」
その太刀筋は驚く程鋭い。
吹雪は咄嗟に左に跳んでそれをかわした。
ドリスも右に跳んで間合いを離す。
ボスは間髪入れず、吹雪に立て続けに斬撃を浴びせる。
吹雪は時にかわし、時に木刀で受け流しながらなんとかやり過ごしている。
木刀で真剣に太刀打ち出来るのも、ひとえにカナタの魔法のおかげだ。
それでもまともに太刀を受ければ、
体格で劣る吹雪が力負けすることは想像に難くない。
ボスと吹雪がなし崩し的に斬り合いに入った事によって、
マルールの相手は必然的にドリスになった。
マルールは動かない。
なのにその威圧感は凄まじいものがあった。
ドリスは初めてマルールに遭遇した時の事を思い出していた。
あの時はその異形に気圧され足が竦んで動けなかった。
たけど今は違う。
心を奮い立たせ、ドリスはマルールを睨みつけた。
とにかくこちらから動くわけにはいかなかった。
相手の攻撃をかわし、ここを突破するのだ。
深く息を吐いて心を落ち着かせる。
倒す必要はない。
一瞬の隙をついて、後ろのゴブリンに辿り着きさえすれば。
「……」
マルールが何か小さく呟いた。
ドリスには聞こえていても意味はわからない。
そして、マルールは倒木を大きく振り上げた。
身構えるドリス。
マルールは四つん這いのままくるりと向きを変え
後ろにいたゴブリンにそれを振り下ろした。




