1話
初連載ですので至らぬところは多いですが、読んでくださると光栄です。
こんなにも好きなのに……。
きっと叶わない恋に、僕は落ちた。
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僕は何もできない。
いや、そう思い込んでいるだけかもしれない。
けれど僕は、何ができるというのだろう。
公衆電話の先にあった景色はとても寒々としていて、まるで僕の心のようだった。
冷えた手をポケットに突っ込むと、ガムの包みがクシャリと音を立てた。
今日も空は、青かった。
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周りの子たちが人並みに恋をして、恋人同士になっていっても、僕は追いつけなかった。
体ばかり大きくなった僕は、周りの子を見下げるくらいになったけれど、心はまだ皆を見上げていた。僕は子供だった。どうしようもなく子供だった。その姿は酷く滑稽で、
さらに僕を追い詰めた。
僕はたまに思うのだけれど、僕は「僕」という着ぐるみを着た赤ちゃんなんだ。で、その赤ちゃんにはまだ「僕」は大きすぎるんじゃないだろうか。そしてその隙間を埋めるようにして、僕は勉強ばかりしていた。そのお蔭か成績はいつも良かったけれど、隙間を埋めることはそんなに簡単ではなかった。僕の思いに反して赤ちゃんはちっとも成長しなく、幼いころとあまり変わらないように思えた。
普通の人の場合、着ぐるみの成長とともに赤ちゃんも成長するのだけれど、僕は何らかの原因で着ぐるみしか成長しなかったようだ。お蔭で空っぽの隙間がたくさんできてしまった。
僕にはその埋め方がわからない。勉強したって、ごはんを食べたって、学校に行ったって、歯磨きをしたって、顔を洗ったってちっとも埋まらなかった。
もうどうしようもない。
僕は間抜けで無知なものだから、隙間の埋め方も、恋愛のやり方さえもわからない。
普通の人がわかるのかどうかすらも、わからない。
本当に僕は、どうしようもない奴なんだ。
でもそんな僕はある日、恋をした。
それは突然にやってきた。
初めての経験で、戸惑いもあったが、何よりも嬉しくて楽しかった。
だってあの隙間が少しだけ、埋まったような気がしたから。
けれどそれは、叶わない恋だった。
このとき僕は初めて、「胸が苦しい」と思った。
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人通りのある道を少し歩くと、小さな喫茶店が見えた。小さい割には意外と繁盛している店だ。喫茶店の中に入ると、一人の女性がこちらに気づき手を振っていた。
「遅れてごめん」
僕はその女性の向かいに腰かけた。
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人間が交錯しあうこの世界で、僕にそんなことは起きないと思っていた。
けれどその出会いはとても唐突で、こんなことを思っていたことすら忘れてしまった。
それぐらい僕にとって、それは衝撃的だった。
いつだったか、あれは確か、高2の春ごろだったと思う。
その日僕はお弁当を食べるために、めったに来ない学校の中庭へ向かっていた。
いつもなら友人と一緒に食べるのだが、その日は友人に用事があり暇になったので、たまには他の場所で食べてみようと思い立ったのである。
中庭はいつもカップルやらなんやらで賑わっている。僕はそれを横目で流しながら、弁当を食べる場所を探していた。
その時だった。
友達と2人で話している女子がいた。どちらも凄く可愛かったけど、なぜだろう。片方の女の子に僕は釘付けになった。風でさらさらと流れる腰ぐらいまでの黒髪。そしてその子はとても、綺麗な横顔をしていた。見るものを惹きつけるような、そんな横顔だ。
しばらく僕は時も忘れてその子を見ていた。
けれど不意に我に返り、あわてて目をそらした。
目をそらしても、まだ僕の心臓は高く鳴り響いていた。
こんな思いは初めてだった。
もう1度だけ見たいと思い顔をあげて見渡したが、その子はもうすでに中庭を去った後だった。
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「遅かったね。なんかあったの?」
「うん、ちょっと用事がね」
嘘である。本当は少しのんびりしすぎた。
「ふーん、そうなんだ。あ、そうそう」
───百合、結婚したんだって。
「なんかね、3歳年上のどっかの御曹司だってさ。まあなんか半ば政略結婚っぽい感じらしいんだけどね。百合に選ぶ余地はなかったみたい」
そうなんだと返したつもりだが、うまく声を出せていたかどうかわからない。
それくらい内心ではとても動揺していた。
もしかしたら顔に出ていて、僕がとても動揺していることがバレているかもしれない。
本当に僕は素直じゃないのだ。
結婚とはなんだろうと考えたことが昔ある。
結婚したい結婚したいと言っておきながら、いざ結婚するとすぐ離婚。
長年付き合っていた人とようやく結婚したと思ったら、またも思うようにいかず離婚。
などというケースは多い。
そこまでして結婚する必要はあるのか。
結婚していなくても同棲していればあまり変わらないし、第一、結婚は簡単に言えば書類を書くだけである。
僕は結婚という制度が人々を苦しめているような気がする。
ましてや政略結婚だのそういうのは尚更だ。
今は昔よりはマシにはなったほうだけれども。
若かりし頃の僕は、そんなどうでもいいことを長々と考える癖があった。(今もそうかもしれないけれど)今思えば、あのころは色々と考えすぎていたのかもしれない。
「───る、はる、春っ!」
僕を呼ぶ声で僕は我に返った。
「大丈夫?悩み事?」
「あ、ごめん。ちょっと考え事してただけ。」
「そう?ならいいけどね。それでさ、私たちの式、いつにする?」
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その日の夜、僕はその子のことが頭から離れずなかなか寝付けなかった。
初めて、恋とはこういうものだということを知った。
それが分かったと同時に、きっとこういう激しい恋は一生のうちに数回しかないんだろうな、となんとなく悟ったので、この思いは絶対に忘れないとその時決意した。
次の日、僕は友人を連れて中庭に行った。そのほうがあんまり怪しまれずに済むと思ったからだ。そしてその子たちはやはりその日も中庭にいて、胸が高鳴るのを抑えれられなかった。僕はあんまりその子のことを意識しないように心掛けていたのだけれど、やはりチラチラと見ていたのは友人に気づかれてしまった。
「春、あの子のこと、好きなのか?」
そいつは随分と直球にきいてきた。
面倒くさかったので僕も直球で返した。
「ああ、好きだよ」
そいつは少し驚いていたが、僕は気にしなかった。
「あの子たち、学校では結構有名だぜ。何しろどっちも大金持ちの家だからな。それに何より美少女だし」
そうなのか、知らなかった。僕はあまりにも他人に関心がないみたいだ。
「まあ、頑張れよ。俺は如月さんのほうがタイプかな。お前は相良さんだろ?」
「相良さんっていうのか、あの子」
「お前、そんなことも知らなかったのか」
少し呆れられた。
「あのな、あの俺がタイプって言った左の子が、如月葵。そしてお前が好きって言った右側の子が、相良百合。どっちも大会社の娘なんだと」
「そうなのか、凄いな」
大会社ってどこだろう。如月グループなんてあったっけ。
僕はそういうことにはとても疎かったので、よくわからなかった。
「おい、そろそろ行こうぜ。授業始まっちまう」
いつの間にかたくさん時間が過ぎていたようだ。
「わかったよ、裕」
言い忘れていたがこの友人の名は裕。五十嵐裕という。
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「式?」
「そう、式。いつにする?」
「式なんてなくても僕らは結婚してるってことでいいんじゃないか?」
「いやよ。私はしたいもん。それでいろんな人呼びたい」
「そうか、じゃあいいよやろう、式」
「やったっ。いつがいい?」
「僕は9月とか10月がいいと思う」
「なんで?」
「ジューンブライドってよく言うけど、僕はオータムウエディングのほうが好きなんだ。
それに呼ばれるほうも梅雨の雨の中で行くより、秋のさっぱりした時期のほうが来やすいと思うな」
「そっかー。春がそう言うならそうしよう!」
「葵はそれでいいの?もっと反論とかしていいのに」
「いいのいいの、春のこと好きだから」
そんなにはっきりといわれると僕も恥ずかしくなる。
「照れるな」
「春は私のこと、好き?」
「うん、好きだよ」
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相良さんはどうやら彼氏がいるみたいで、僕はとてもやりきれない気持ちになり、不謹慎にも早く別れてほしいと思ってしまった。
僕は気持ちをどこにしまえばいいのか分からなかった。
相良百合への恋。
これはたぶん僕にとって最初で最後の忘れられない恋になるだろう。
けれどある日、僕は相良さんと会話をした。突然でびっくりしたが、嬉しくもあった。
経緯はこうだったと思う。
その日はたしか体育祭の委員の集まりがあった。
たまたま僕は委員に選ばれてしまったので放課後その集会に行ったのだが、そこに彼女もきていたのだ。
僕は少し驚いたけれど、別に彼女と会話をするわけでもないので、特に期待はしていなかった。
けれど予想を大幅に逸れ、なんと彼女から話しかけてきた。
「ねぇ逢川くん」
突然肩を叩かれた。振り向くと、彼女──相良百合がそこに立っていた。
「このプリントのここって、どういう意味?」
僕は聞かれたことを説明したけれど、意識は彼女にばかりいっていた。
ありがとう。そう言って去っていった彼女はとても美しかった。
容姿はもちろんそうだが、彼女の醸し出す雰囲気が僕は好きだった。
どこか大人びた、けれど切ないような、そんな彼女の瞳はいつもとても澄んでいて、その瞳も僕は好きだった。
けれどなぜ彼女は僕に聞いたのだろうか。
他に聞く人なんて周りにたくさんいたはずなのに。
なぜ僕に聞いたのだろう。
未だにそのことは分からないままだ。