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とある男とマネキンの話



キミはいつもきれいだね。


すらりと伸びた足、大きくも小さくもない胸、透き通るように白い肌。君と僕が出会ってから、キミのその綺麗さはいつだって変わらない。

そんな君に逢いたいから、今日も僕はここに来る。

僕が話しかけたって、キミはそっぽ向いて僕の話を聞いてくれない。

キミは何の話題なら僕とお話ししてくれる?

そう聞いたこともあったけど、やっぱり君は無視をする。

寂しくなったこともあるけれど、僕は君のことがとても好きだから、話を聞いてくれなくとも顔が見えればそれで満足なんだ。

他の人はこんな僕をおかしいなんて言うけれど、キミに対する僕の愛が深いから、そんな言葉は気にならない。

愛しているよ

そして今日も僕はこの言葉を言う。


「キミはいつもきれいだね。」





いつからだろう。気が付いたら彼は私の前にいた。私の前に立って私の目を見て時折体を触り笑顔を見せる。

彼はいつだって私の事を良く言う。

肌がきれい。

身長が高い。

整った顔。

少し汚れたところがあれば、ポケットから出した真っ白なハンカチで拭いてくれる。

そして外も暗くなって彼が帰るとき、最後には決まり文句のように、この言葉を言う。

キミはいつもきれいだね。

毎日のように彼は私の前に来て、毎日のようにその言葉を言う。

しかし、私は彼のその言葉に何も返すことはできない。

表情も変えられないし、身体を動かす事もできない。服装とポーズは時々変わるけれど、基本的には同じ場所で同じ方を向き立っている。それが私の仕事であり私の存在する目的。

そんな私を好きだと言ってくれる彼は、少しおかしいのかもしれない。

彼はそれを自覚しているんだろうか。

私にそれを知るすべはないけれど、彼は今日も決まり文句のようにあの言葉を言う。


「キミはいつもきれいだね。」





今日は水着なんだ。それ、新しい水着だよね。よく似合ってるよ。隣にいる子よりも、キミにその水着は似合ってるよ。

僕達も海に行けたらいいね、その時はもちろんその水着をキミは着てきてくれるんだろう?僕はとても楽しみだよ。

ちょっとトイレに行ってくるからね。

僕は彼女のもとを少しだけ離れた。

そして、トイレから戻ってくるときに、とある看板を見つけた。

その看板には、いつも彼女が居る店が今月の終わりに潰れてしまうという。そんな事が書いてあった。

彼女ともう会えなくなってしまう………。

そんなことは絶対にさせない。

僕は彼女が居るお店の店長を訪ねた。

本当にお店がなくなるのか…。彼女はどうなるのか…。

店長は僕の言葉に快い顔をしてはいなかったけれど、店長は答えてくれた。

本当にお店がなくなるということ。彼女のこれからはどうなるかは分からないと言うこと。それだけを知った僕は急いで彼女のもとに戻った。

ねぇ、僕はキミと会えなくなっちゃうかもしれないよ?

そう言っても相変わらずに彼女はだんまりのままだ。

ねぇ、会えなくなるんだよ?寂しくないの?

すがりつくように彼女の足に泣きつくも、涙を流しているのは僕だけで、彼女は何も感じていないようだった。

涙を流している僕に、周りの人達は冷ややかな目で見た。

でも僕はずっとずっとキミと一緒に居たいんだ。

僕が…ボクが何とかするからね……。

ふふっ、


「相変わらず、いつでもキミはきれいだね。」





今日もいつものように彼は私の前にやってきた。

いつものように話しかけて、いつものように私に触れる。

私からはなにもしてあげられないというのに、彼はいつも私の事を好きだと言ってくれる。

いつしか、私も彼が毎日のように来てくれるのをどこかで楽しみにしているような気がしないでもない。

彼がトイレから帰ってきたとき、いつもとその様子が違った。

人目を気にせず私の足にすがりついて泣いた。

どうしたの?

私のそんな言葉は彼に聞こえるはずはない。

どうやら彼は私の居るお店がなくなることを知ったみたいだった。

そっか、知っちゃったのね。

毎日会いに来て、私の事を好きだと言ってくれた彼は、私に会えなくなる事を悲しんで泣いているようだった。

貰い泣きをしそうになったけど、私には涙を流すことはできない。

涙を優しく拭いてあげたいけれど、私には拭いてあげることはできない

涙を拭いた彼は、いつもより少し早い時間に帰って行った。

何かを考えているようで、いつもの言葉は言ってくれなかった。

もしかしたら言ってたのかもしれないけれど、下を向いて小言のように言っていたので私には聞こえなかった。

閉店時間になりお店が閉まる。

静寂の時間。

いつも通り真っ暗な中でも私はお店の中に立ち続けている。

おかしな事が起こった。

この時間はいつも誰もいないはずなのに、今夜は誰かの足音がする。

足音をできるだけ抑えているようだったけれど、微かに誰かが近づいてくるのがわかった。

暗闇の中から現れたのは彼だった。いつも私を綺麗だと言ってくれる彼。

急ぎ足で私のもとに来ると、彼は私の足についている留め具を取ると私を担ぎ上げた。

そして一言。


「これでずっと一緒だね…。」


そう いった。






彼女が居なくなるなんて信じられない。彼女は僕のモノだ。

僕と彼女は永遠にいっしょなんだ。

僕は家に帰ると、彼女を救い出すために準備をした。家にあるものだけで大丈夫だろうか……。多少は荒っぽくなるけれど、これも僕と彼女が一緒にいるためだから……。

急いで僕は彼女のいる店に行った。もう閉店時間を過ぎているからもちろん扉は開いてない。

僕は裏口に回った。

比較的目立たない窓にガムテープを張り、金鎚で割る。こうすることで音が抑えられる。何かで読んだ知識だ。

お店の中に入った僕は、迷うことなく彼女のもとへ向かった。

お待たせ。

一緒に行こう?

僕は彼女の足についている留め具を外し、持ち上げる。

キミは意外に軽いんだね。

持ち運ぼうとした時に、遠くでガラスが割れるような音がした。

それと同時にお店の中にけたたましい警報音が鳴り響いた。

僕!?

僕なのか?

逃げなきゃ…。

でも彼女を離したくはない。一緒に逃げるんだ。

出口まで走った。人影を見た気がするけど、そんなことなんて気にしてられない。早く、早く逃げるんだ。

出口の方へ向かうと、一面が火の海だった。火事だ。

僕はこんなことしてない………。まさか、さっきの人影……。

その火の前で僕が立ち尽くしていると、後ろから声がした。なんて言ったかは分からないけど、僕はその人に突き飛ばされてその場に倒れた。

あ………。

あぁ…………。

倒れた時、不覚にも僕は彼女を離してしまった。

彼女は力なく転がってゆき火の中へと入っていった。

そんな……。

僕は叫んだ。力の限りに叫んだ。

目からは大粒の涙が大量に流れ落ちる。

気が付くと、周りには消防隊が居た。僕は彼らに助けられる。

彼らに止められるのを振り切って、火に焼かれ身体が溶けていく彼女の手を掴んだ。

その手も燃えるように熱くなっていて、僕の手のひらも火傷していったがそんなことは気にもならず、必死に彼女を僕のもとに引っ張った。

しかし、僕が彼女を助けるのは遅かったようで、僕が掴んだ彼女の腕の先は…溶け切れて、なかった。

その手だけの彼女を大事に持って泣き崩れている僕を救出した消防隊は、お店の火事を無事鎮火させた。

その後、警察に身柄を移された僕は事情聴取を受けた。放火したのは僕じゃないことがわかると、お店に侵入したことについて厳重注意を受けた。

僕がいつまでも彼女の溶けとれた腕を大事そうに持っていたので、優しい警察官の一人が僕に事情を聴いてくれて、マネキンを1つだけくれると言ってきた。

沢山カタログを見せてくれた。これじゃないかと警察官は指を指す。確かに彼女と同じ型だよ……。だけど彼女は彼女。代わりなんてないんだ。

僕はその警察官にお礼を言うと、彼女の腕を持って家に帰った。


そして、その腕をいつまでも大切にした。大好きな彼女の最後の一部なのだから……………。

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