第三話 記録は読まれて、初めて武器になる
酒場は騒がしかった。
昼間から酔っている連中の笑い声と、木の床を叩く靴音。
俺は隅の席で水を飲みながら、ノートを閉じた。
酒場は騒がしかった。
昼間から酔っている連中の笑い声と、木の床を叩く靴音。
俺は隅の席で水を飲みながら、ノートを閉じた。
「ねえ、それ」
声をかけてきたのは、赤茶の髪を後ろで束ねた女だった。
軽装の革鎧。腰に短剣。視線は鋭い。
表示が、勝手に浮かぶ。
【リナ・クロウ】
【職業:探索者】
【死亡予測:7日後】
【原因:野外での奇襲】
……七日。
「それ、あんたが書いたの?」
ノートを指で叩く。
もう中身を覗いている。行動が早い。
「返してもらえると助かる」
「無理。今まさに命が助かるかどうかの分岐点だから」
さらっと言う。
こいつ、肝が据わってる。
「黒牙盗賊団、三日後にこの街道南側。
待ち伏せ位置は谷、時間は日没前後……
これ、ギルドの情報より精度高いんだけど?」
「俺の記録だ」
「自信満々すぎて逆に信用できるのやめてほしい」
リナは笑った。
軽いが、目は完全に仕事のそれだ。
「名前は?」
「アルト」
「よし、アルト。
このノート、借りるね」
「断る権利は」
「あるけど、使われない」
即答。
……こいつ、面倒だけど有能だ。
結果だけ言うと、盗賊団はその夜で終わった。
リナが俺の記録を冒険者ギルドに持ち込み、
巡回時間を一時間ずらし、待ち伏せ地点を逆に包囲。
それだけ。
剣技も魔法も要らない。
情報が先にあるだけで、戦いは終わる。
俺は丘の上から、遠巻きにそれを“見ていた”。
【イベント改変:成功】
【記録の価値:中】
【影響度:上昇】
【備考:閲覧者の行動により未来が分岐】
胸の奥が、少しだけ軽くなる。
――救えた。
直接じゃない。
だが確実に。
「ねえ」
隣に、いつの間にかリナが立っていた。
「……気配消すなよ」
「斥候にそれ言う?」
肩をすくめて笑う。
距離が近い。警戒心が薄いわけじゃない。
ただ、人との距離感がおかしいタイプだ。
「盗賊、潰れたよ。
あんたのノート通り」
「そうか」
「反応薄っ」
「結果が出ただけだ」
「結果出すのが一番難しいんだけどねえ」
リナは俺のノートを返してきた。
だが指は離さない。
「提案がある」
嫌な予感しかしない。
「この記録、一人で抱える気?」
「……」
答えなくても、表示が出る。
【リナ・クロウ】
【役割適性:伝達・実行】
【連携時効果:記録影響度 上昇】
仲間。
明確に、そう書いてある。
「私は前で動く。
あんたは後ろで書く」
「俺は戦えないぞ」
「知ってる。
でもさ」
リナは楽しそうに笑った。
「世界の失敗を一番知ってるやつが、
一人で黙ってる方がどう考えてもおかしいでしょ」
正論で殴られた。
「給料は?」
「生き残れる。
あと、ちょっと楽しい」
「……安いな」
「命賭けてるんだから高級品だよ?」
俺は小さく息を吐いた。
うるさい。
馴れ馴れしい。
でも――
この世界で初めて、
俺の“記録”を武器として扱った人間だ。
「分かった」
「お、即決?」
「条件がある」
「なに?」
「俺は前に出ない。
名前も売らない」
「了解。影役、嫌いじゃない」
リナは手を差し出した。
俺は少し迷ってから、それを握る。
記録は、もう独り言じゃない。
世界を動かすには、
読むやつと、動くやつが必要だ。
こうして俺は、
最初の読者であり、最初の協力者を得た。
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