第十話 数字の外で起きること
その異変は、朝だった。
街の鐘が鳴る前。
宿の一階で、まだ客もまばらな時間帯。
その異変は、朝だった。
街の鐘が鳴る前。
宿の一階で、まだ客もまばらな時間帯。
俺はいつもの席で表示を確認して――止まった。
【依頼:輸送護衛】
【成功率:算出不能】
【要因:未観測】
……算出不能
今まで一度もなかった表示だ。
「どうしたの」
リナが、眠そうに欠伸しながら向かいに座る。
「珍しい顔してる」
「数字が出ない」
それだけで、彼女は一気に目を覚ました。
「昨日の子の話?」
「ああ」
表示をもう一度見る。
変わらない。
成功率の欄だけが、空白のまま浮かんでいる。
その時、宿の扉が開いた。
入ってきたのは、商人風の男だった。
荷馬車の護衛依頼でよく見る顔だが、今日は様子が違う。
顔色が悪い。
落ち着きがない。
「……アルト、いるか」
名指し。
もう完全に広まっている。
「用件は」
「依頼だ」
男は周囲を気にして、声を落とした。
「街の外、東の街道でな。
妙な事故が続いてる」
「事故?」
「理由が分からない」
ここで、嫌な予感が確信に変わる。
「馬が急に暴れる。
見張りが、何もないところで転ぶ。
荷が崩れて、人が死にかけた」
表示が、わずかに揺れた。
【対象:東街道】
【観測阻害:発生】
【因果:不明】
リナが眉をひそめる。
「それ、魔物?」
「分からん」
商人は首を振る。
「魔物なら、理由がつく。
だが……何もいない」
昨日の少女の言葉が、脳裏をよぎる。
――数字が、意味を持たない場所。
「護衛は何人?」
「四人」
「生存率は?」
いつもなら即答できる質問。
だが――
「……分からない」
自分の口から、その言葉が出るのが不快だった。
商人が唾を飲み込む。
「断るか?」
リナが、こちらを見る。
少しだけ、真剣な目だ。
表示が浮かぶ。
【介入時リスク:高】
【非介入時結果:被害拡大】
逃げ道は、まだある。
今なら、見なかったことにもできる。
俺は、椅子から立ち上がった。
「条件がある」
商人が顔を上げる。
「俺は、前に出ない」
「……それでもいい」
「記録は、俺が取る」
「好きにしろ」
リナが、軽く息を吐く。
「決めたんだ」
「様子を見るだけだ」
それが本音だ。
まだ、踏み込まない。
だが。
街道に出た瞬間、空気が違った。
風が不規則に吹き、音がずれる。
鳥の羽音が、途中で途切れる。
表示が、ちらつく。
【警告】
【因果連結:不安定】
「……気持ち悪いね」
リナが小声で言う。
「ああ」
そして――
何もない場所で、護衛の一人が、突然転んだ。
石も、穴もない。
なのに、派手に。
「おい!」
駆け寄ろうとした瞬間、荷馬車が傾く。
理由が、分からない。
数字が、追いつかない。
この場所では、
起きてからじゃないと、分からない。
俺は、歯を食いしばった。
これは事故じゃない。
予兆でもない。
――始まっている。
【観測範囲外事象:発生】
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