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03 興味を持ってほしい

 噂の新任理報官は、それから一旬ほどあとにやってきた。


 その頃にはまさしく「噂」になっており、あまり不調法なところのない調律院理術局の者たちですら〈お喋り鳥(キャルー)〉となって「こういうことらしいぞ」「いや、こうだと聞いた」としたり顔で話していた。

 当の本人はそれを知るのか知らぬのか――知らないということはないだろうから、「素知らぬ顔」がなかなか巧みだったということになるのだろう。何の裏事情もない単なる新任者であるがごとく、にこやかに挨拶を述べた。


「理術については門外漢でしたが、急に『調律院へ行け』と言われたものですから、慌てて勉強しまして。どうにか基礎は理解しましたものの、試験にはどうも間に合わなかったようで、何とか滑り込ませていただきました」


 明るく笑って言う様子は、「好青年」という雰囲気だ。少なくとも悲壮な感じもひねた感じもなく、「突然の異動命令に驚きながらも前向きに取り組む」姿勢が明確で、どんな問題児、または不埒者がやってくるのかと案じていた者たちはほっと息を吐いた。

 だが、ジェズルには違うものが見えていた。


(ずいぶん危ういことを言う)

(……何のためだ?)


 ちょっとした冗談、場に馴染むための軽口だ。それはジェズルも理解できる。

 だが、腑に落ちないものがあった。

 「何故」そう言ったのかということを推測すると、矛盾が生じるように思えたからだ。

 

(「考えなし」なのか、「そつがない」のか)


 しばらく様子を見よう、と彼は判断を保留した。


「ファーダン理術士、こちらへ」


 新任理報官がジェズル付きになることは既に公表されていたし、向こうも自分が誰に付くかは聞かされていたのだろう。ジェズルの名に反応し、明るい青色の瞳を興味深そうにきらめかせた。


「理構課所属、汎理術士ジェズル・ファーダンです。よろしく」


 最低限の挨拶をすると、相手がこちらをざっと観察したのが判った。


「ああ、どうもご丁寧に」


 にっこりと笑みを浮かべる。華やかな感じのする笑みで、噂を差し引いても「異性受けするだろうな」と思わせた。

 だいたい、ジェズルの一言は「ご丁寧」と言うほどではない。


「レオニス・キイルス渉外担、もとい、理報官です。公務官としては三年やっていますが理術局では全くの新人ですので、そのように扱っていただければ」


 ジェズルの黒い瞳にまっすぐ目を合わせてくる様子は、へりくだった物言いとは裏腹に、目の前の相手を見定めてやろうという雰囲気が感じられた。


「同年代の理術士と理報官は、長く組むことが多い」


 若者たちの空虚なやり取りをどう思ったか、紹介役を買って出た年嵩の理術士は彼らを順に見た。


「今日はまず互いを知り合う時間を送るといい。ファーダン理術士への業務は最低限にしておく」


 気を遣ってもらっている。それは理解できたが、悩ましいところだ。ジェズルはちょっとした息抜き以外に雑談を楽しむ気質ではないし、むしろ仕事をしながらのほうが相手のことは判りそうに思った。

 とは言え、先輩の提案だ。


「ご配慮いただき――」

「あ、普通に仕事もらえた方がよくないですか? 俺も早く仕事覚えたいですし、理術士が余ってるとも聞きませんよ」


 さっとレオニスが割り込んだ。実際、理構課の仕事はいつでもたまっている。


「どうです? ジェズルさん」


 ついでにしれっと名を呼び、距離を詰めてきた。ジェズルはその巧みさに驚く。


「そうですね、レオニス理報官がそう言うのであれば、循環業務は通常通りに行いつつ、理術局の案内などを行おうかと思います」


 素早くジェズルは折衷案を出した。先輩理術士はうなずき、激励の言葉をひとつふたつ述べてその場を去った。


「……初任官向けの研修は済んでいると聞いたが、正しいだろうか?」

「あー、三年前にやってるやつですかね?」

「理術局員向けのものは?」

「やってないなあ」

「成程」


 結局は「教育」も任されているのではないか、と思いながらジェズルは業務の構成を考えた。

 具体的な仕事内容はアーニアが教えるはずだが、今日はアーニア自身も新しい理術士のところへ向かっている。


(指南書は何種類かあるが、完全な新人向けがほとんどだ)

(三年の経験者に向いたものは、なさそうだったな)


 ジェズルの立場でできる新人研修として、「理術局の案内」というのは考えておいた計画のひとつではあった。だがそれだけでは時間も余るだろう。


「まずは執務室に行こう。どんな基本業務があるかを説明の上、資料を取りに行ったり渡したりするのを兼ねて局内を案内する」

「おお、いいね。よろしく」


 にっこりと新任理報官は笑みを浮かべた。


―*―


 言いようは軽いものの、いざ仕事をはじめればレオニスの飲み込みは早かった。「優秀なのは間違いない」という評価は事実であるらしい。


「……正直なところ」


 そうして一旬ほど経った頃のことだ。

 アーニアの引き継ぎ、指導を受けながら、レオニスは基本的な業務の流れをだいたい把握したようだった。ある日、仕事を上がる前の片付けを行いつつ、ジェズルはレオニスに声をかけた。


「『報宣庁ではこうだった、理術局は遅れている』などと言われるかと思っていた」

「何だそれ」


 は、とレオニスは笑った。


「ところ変わればやり方が変わるのは当たり前だろ。だいたい向こうは見た目や権威重視、こっちは中身や結果重視で、方向性も全く違う」


 いい悪いじゃない、と新任理報官は熟練理報官のごとく言った。


「ジェズルだって何も劣等感がある訳じゃないだろ? 何でそんなこと言うんだ?」


 いつの間にやら呼び捨て、かつ丁寧語も取れている。思い返せば、既に二日目くらいからそうだったろうか。

 しかし、固いままであるよりはこの方がいい、とはジェズルも思っていた。


「まだ君を掴みかねているから」


 正直に理術士は答えた。


「何を言えば何と返ってくるのか。どんなことを考え、どんな顔をするのか。好奇心や興味と言えば聞こえは悪いが、いまはまだそうした感覚を持っているんだ」

「へえ、それは大歓迎」


 レオニスは嫌な顔をしなかった。


「それどころか、いまだけじゃなくてずっと俺に興味を持ってほしいね。長い付き合いになる可能性が高いんだろ?」


 にやりと笑ってそんなことを言うレオニスに、ジェズルは思わずうなずいた。


「成程」

「『成程』?」

「君の問題が少し見えた気がした」

「何だそれ」


 また言って、レオニスは首をかしげた。ジェズルは肩をすくめる。


「『俺に興味を持ってほしい』だって?」

「……あー、やっちまったか」


 そこで理報官は額に手を当てた。


「違う。言っておくが、そういう意味じゃない。俺はただ」

「気にするな」


 もちろんと言おうか、色のある意味でないのは承知だし、よくも悪くも「誰にでも言う」のだろうなと推察できた。


 つまりレオニスは、そのために報宣庁を離れることになったのだ。「女性問題」を引き起こしたとして。


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