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探偵が脅迫者の正体を大体掴んだらしいんだが、まだ指示に従ってくれと……

 翌朝、午前十時。

 スマートフォンの着信音が鳴り響いた。


 画面に映る非通知の文字を見た瞬間、胃の奥が重くなる。

 まるで鉛を流し込まれたようだった。

 もう、この声を聞くのが嫌でたまらなかった。


 鼓膜に焼きついて離れない、あの冷たく淡々とした調子。

 それをまた聞かなければならないのかと思うと、指が震えそうになったが、結局は出るしかなかった。


「……はい」


 こちらの不快感など意に介さず、電話の主は今日の指示を淡々と告げる。


『市バスの八木山動物公園行きのバス停から、九時四十九分発のバスに乗れ。そして次の停留所で降りるんだ。そのとき、運転手に向かってヤクザのように巻き舌で[おう、オヤジ、釣りは取っとけ]と言え。そしてピン札の一万円札を渡せ。ピン札が用意できないなら、一万円札にアイロンをかけて伸ばして代用しろ』


 それだけ言うと、相手は一方的に通話を切った。

 俺はスマホを握りしめたまま、しばらく動けなかった。


 これまでの奇行と比べれば、今日の指示は随分とシンプルだ。変装も必要ないし、大声で歌うわけでもない。ただバスに乗り、一駅で降り、巻き舌でセリフを吐くだけ。精神的な抵抗感は今までより格段に低い。


 とはいえ――何の意味がある?

 なぜ俺はこんな茶番を続けさせられている?

 だが、考えても答えは出ない。


 結局、俺は言われた通りに動くしかなかった。


                *  *  *


 金曜日の夕方、スマートフォンが震えた。

 画面には探偵の名前が表示されている。


「話したいことがあります。明日、事務所に来ていただけますか」


 そう言われた瞬間、心臓が小さく跳ねた。探偵がわざわざ時間を取るということは、何か進展があったに違いない。しかし、それが良い知らせなのか悪い知らせなのかは分からない。


 会社には「どうしても外せない用事ができた」と伝え、土曜日の休暇を取った。

 そして、翌日。


 探偵事務所を訪れると、前回と同じ部屋に通された。相変わらず殺風景な部屋だったが、今日はやけに空気が重い。テーブルを挟んで座る探偵の表情は、これまでになく険しかった。


「……結論から言いましょう」


 探偵はゆっくりと口を開いた。


「まず、あなたに電話をかけている携帯番号についてですが、調査の結果、ホームレスなどに名義貸しをさせて作らせた、典型的な反社会的勢力のものだと判明しました」


 その一言で、背筋が凍った。


「そして、警察の伝手で調べたところ、大堤公園で封筒に入った大金を落としたという遺失届は、どこにも出されていませんでした」


――つまり、あの男は嘘をついていた。


 金を拾ったときの情景が脳裏に蘇る。夜の公園、誰もいないベンチ、その上に置かれた封筒。もし本当に誰かが落としたものならば、遺失届が出ていて然るべきだ。しかし、それがなかったということは……?


「では、あの金は……?」

「そこが問題ですが、反社会的勢力の界隈に探りを入れたところ、最近、大金を紛失し、それを拾った人物を血眼になって探しているような団体や組織は確認されていません。ですので、少なくとも犯罪絡みの金である可能性は高くないと思われます」


 探偵は言葉を選びながら、慎重に話を続けた。


「そして、電話の主についてですが――ある程度、正体は掴めました。ただ、もう少し時間がかかります」


 そう言いながら、探偵は俺を真っ直ぐに見つめた。


「ですので、また指示を出されたら、しばらくは従ってください。そして、その内容をできるだけ詳細に、私にメールで報告してください」


「……従う、ですか?」


 思わず聞き返した。


「はい。理由は今は言えません。しかし、これは慎重に進めなければならない案件です。現時点で私が言えるのは、ここまでです」


 俺は唇を噛んだ。

 結局、また振り回され続けるしかないのか――?


明日は20時50分投稿予定です

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