大学生の知り合いに探偵がいて、藁にもすがる思いで彼に託した
北山駅近くの雑居ビルに入り、狭い階段を上がる。途中、古びた蛍光灯がジジッと音を立てて明滅した。案内してくれるのは、女子高生の彼氏を名乗る東北福祉大学の学生だ。彼はこの建物の一角にある探偵事務所を指さし「ここだ」と言った。
事務所の扉を開くと、そこには意外にも簡素な空間が広がっていた。黒いテーブルと四脚の肘付きメッシュ椅子、鉢植えの観葉植物、壁掛け時計。テレビモニターが壁際の棚に置かれ、棚の上にはいくつもの賞状立てが並んでいる。
白い壁に土色のリノリウム床。広さは十畳ほどか。俺が想像していた、テレビドラマに出てくるような雑然とした探偵事務所とはまるで違う。ここは、ただ依頼人から話を聞き、調査結果を報告するための場所――そんな事務的な印象を受けた。
「座ってください」
促されるままに椅子に腰掛ける。向かいに座ったのは、四十代半ばとおぼしき男。黒縁の眼鏡をかけ、淡々とした目つきをしている。いかにも実務に徹するタイプの探偵だった。
俺はこれまでに起きたことを包み隠さず話した。金を拾ったことも、それをネタに脅されていることも。何より、さっきの電話のやりとりを彼氏君に聞かれたことで、もう隠しようがなかった。
探偵は一通り聞き終えると、腕を組んで静かに言った。
「何かおかしいですね」
「おかしい?」
「あちらが本当に金を欲しているなら、一刻も早くあなたから奪い取ろうとするはずです。拾得物は時間が経つほど使われて減る可能性が高くなる。にもかかわらず、相手は金を奪おうとせず、二週間も無駄に電話で指示を出し続けている」
確かに言われてみれば妙だ。
俺の行動は奇妙な指示のもとで踊らされているようなものだった。
「となると、これは単なる恐喝じゃない。金が目的じゃない可能性が高い」
探偵の目が鋭く光った。
「もしかすると、あなたにやらせた行動そのものに意味があるのかもしれません」
俺の背筋がぞくりとした。
「別の犯罪の臭いがする。裏がある可能性が高いですね。電話番号と、指示された行動と日時を詳しく教えてもらえますか?」
俺はスマホを取り出し、通話履歴を確認しながら、正確な日時と場所を伝えた。
探偵は頷きながら手帳にメモを取る。
「調査するために、あなたの顔写真が必要です。撮らせてもらっていいですか?」
「あ、はい……」
パシャリとシャッター音が鳴る。
「調査費用って、どれくらいかかりますか?」
思わず聞いてしまった。
こんな専門家に依頼するなんて初めてだし、正直金の余裕もない。
すると探偵は軽く笑い、「心配いりません」と言った。
「彼氏君には恩がありますし、彼が持ち込んできた案件なので、お金は結構です。それに――」
探偵は一瞬、愉快そうに目を細めた。
「この案件、私自身が個人的に調べてみたいと思いましたのでね」
その言葉が、不思議と頼もしく響いた。
明日は22時10分投稿予定です