もうこんなの嫌だ……早く楽になりたい……
金を届け出なかったことを、深く、深く後悔するようになった。
なぜ、あのとき、ほんの少しの良心を働かせなかったのか。
脅しに晒され続ける日々が、心を削っていった。電話が鳴るたび、血の気が引く。次は何をさせられるのかという恐怖が、絶え間なく頭を支配する。
夜は布団に潜っても眠れず、気がつけば朝が来ている。眠れぬまま迎えた朝は、体の芯から重たく、全身が鉛をまとったように感じる。
食欲は消え失せた。コンビニの弁当を買っても、二口三口で気持ちが悪くなり、それ以上食べられない。気がつけば身体はふらつき、階段を降りるだけで膝が笑うようになった。
体重計に乗るたびに数字は減っていく。それが自分の崩壊を可視化するようで、嫌でも現実を思い知らされた。
仕事にも影響が出た。集中力が続かず、簡単なミスを繰り返す。報告書の数字を打ち間違え、発注の数を誤り、上司から注意されることが増えた。
周囲も異変に気づき始めたらしく、同僚からは「最近、元気ないけど、大丈夫?」と心配され、社長からも「無理するなよ」と声をかけられる始末だった。
こんなはずじゃなかった。
考えれば考える程、過去の選択は間違いだったのでは?との思いに苛まれる。
どうして、痴漢などしていないのに、控訴しなかったのだろうか。
確かに、あの頃の自分は精神的に追い詰められていた。冤罪に巻き込まれ、世間から白い目で見られ、まともな日常を奪われた。だが、執行猶予がついたことで、刑務所行きを免れた。
それだけで、控訴する気力をなくし、不名誉を受け入れてしまった。
戦うべきだったのではないか。
もし、あの時に戦っていたら、人生は違ったのではないか。
それに——妻のこともそうだ。
あの女は、何年も前から不倫していた。だというのに、俺はそれに気づくことすらできなかった。そして、最後には一方的に離婚を突きつけられた。
その事実を知っても、ただ呆然とするばかりで、自暴自棄になり、慰謝料すら請求しなかった。悪事のやり逃げを、見過ごした。
結局、俺の心の弱さが、すべてを招いたんじゃないか。
もし、慰謝料を請求し、手にしていたら——少しはまともな生活ができていたかもしれない。困窮もせず、金を拾っても警察に届ける余裕があったはずだ。
つまり、この地獄はすべて、俺が蒔いた種なのだ。
自分が招いた結果を、甘んじて受け入れるしかない。
そんな風に、自分を責めるようになった。
先が見えなかった。いや、見えるのは絶望だけだった。これからもあの男の脅しに耐え続けるしかないのか? 未来に希望は微塵もない。
——死んでしまえば、楽になれるのではないか?
そんな考えが、頭を擡げるようになった。
死の影が、じわじわと心の奥に忍び寄る。
夜、窓の外を眺めながら考える。ここから飛び降りたら、すべて終わるのだろうか。あるいは、包丁を喉に突き立てれば、一瞬で意識が消えるのだろうか。
そうすれば、男の脅しも、罪の意識も、すべてが消えてなくなる。
楽になりたい。
その思いが、日に日に強くなっていった。
明日は21時50分投稿予定です