おっさんなのに女子高生をナンパして来いと無茶振りされた
次の電話がかかってきたのは、翌日の昼過ぎだった。
スマホの着信音が鳴り、画面を見ると、昨日と同じ番号が表示されている。胸の奥で嫌な鼓動が跳ねる。迷ったが、出ないわけにもいかない。ため息をつきながら通話ボタンを押した。
「もしもし……」
『やあ、昨日は楽しませてもらったよ』
男は軽い調子で言った。その声を聞いただけで、胃が重くなる。
『次の指示を伝える。今日の午後四時頃にまた電話する。その時、薔薇の花束を持って仙台白百合学園高校の正門へ行け。そして——』
男は一拍置いた後、愉快そうに言った。
『誰でもいいから、女子高生をナンパしろ』
何だと?
あまりの内容に、思わずスマホを握る手が強張った。冗談じゃない。
「ふざけるな!」
思わず怒鳴っていた。
「そんなことをしたら、不審者として通報されるに決まってるだろうが!」
『さあな。でも、俺の指示は絶対だ。あんたはやるしかない』
「……金なら払う! それで終わりにしてくれ!」
懇願するように訴えた。金で済むなら、いくらでも払う。こんなリスクの高い悪ふざけに付き合う理由などない。
だが、男は笑った。
『ははっ、そうはいかないさ。せっかく面白い玩具を手に入れたんだ。もっと楽しませてもらうよ。これは俺の特権だ』
「特権? 何を言って——」
『文句があるなら、俺じゃなく、自分の愚かさを恨め』
男の声が急に低くなる。
『封筒の金を届け出ず、着服した——そんな浅ましい自分をな』
その言葉とともに、電話は一方的に切られた。
俺はスマホを耳から離し、苦々しく歯を食いしばった。
なんで、こんなことになったんだ……。
しかし、考えてもどうしようもない。命令に従わなければ、何をされるかわからない。しぶしぶ指示された場所について調べ始めた。
仙台白百合学園高校——中学と高校が同じ敷地内にあり、しかも制服が共通。唯一の違いは学年章の有無だけ。
つまり、相手を見極めずにナンパすれば、高校生ではなく中学生だったという最悪の事態もあり得る。もしそんなことになれば、確実に警察沙汰だ。
逃げ場はない。
仕方なく、変装をすることにした。
イオンタウン仙台泉大沢へ向かい、普段の趣味とはかけ離れた服を買う。色もデザインも、できるだけ自分らしくないものを選んだ。
さらに整髪料を購入し、髪をオールバックに固める。サングラスも考えたが、それでは不審者感が増すだけなので諦めた。
変装を終えると、花屋に立ち寄り、薔薇の花束を購入。そして、指定された学校へ向かった。
【仙台白百合学園高校 正門前】
学校名が掘られた銘板石があり、その傍には「なぐさめの広場」と名付けられた空間がある。守衛所からは監視の目が光っていた。できるだけ目立たないようにしながら、連絡を待つ。
午後三時五十分。
スマホが震えた。画面を見ると、またあの番号。通話ボタンを押すと、男が短く言った。
『今からやれ』
俺は一度、大きく息を吸い込んだ。そして、近くにいた女子高生に向かって歩き出す。
「お嬢ちゃん、今日、暇?」
自分でも信じられないほど明るい声が出た。
「よかったら、おじさんとどこか行って遊ばないか?」
笑顔を作るよう心がけた。爽やかに、はきはきと。手には薔薇の花束。
最悪だ。
目の前の女子高生は、ぽかんと口を開け、目を丸くしていた。
早く終わらせなければ。
「すみません、冗談です!」
そう叫び、俺は踵を返した。
その瞬間、背後から爆笑が巻き起こる。
「なにあれ!」
「なんなの、あのおっさん?」
「超ウケる!」
言葉の断片が耳に刺さる。だが、そんなことを気にしている余裕はなかった。
警察を呼ばれたらまずい。
全力で走った。
近くのJCHO仙台病院に駆け込み、トイレに飛び込む。ナップザックから持参した服を取り出し、急いで着替える。整髪料を洗い流し、普段の髪型に戻した。
鏡を見た。いつもの自分に戻った。
息を整え、慎重に病院を出る。誰にも怪しまれることなく、家へと戻った。
これで終わりだ。
そう思ったのも束の間、再びスマホが鳴る。
男だった。
『いやぁ、最高だったな。見てるこっちまで笑えたよ』
俺はもう耐えられなかった。
「もうやめてくれ!」
懇願するように叫ぶ。
「金は払う! だから、もう終わりにしてくれ……」
しかし、男は楽しげに言った。
『まあ、そう言わずにさ。また今度連絡するよ』
そして、またしても一方的に電話が切れた。
次に電話が来たら、また何かやらされる……。
俺は、深い絶望に沈んだ。
明日は21時40分投稿予定です