探偵が教えてくれた真相は、想像以上に気持ちの悪いものだった……
探偵が話を続けた。
「ある日、彼のスマホに知らない番号から電話がかかってきました。『今からコンビニに会いに行くよ』と男が一方的に喋って切れた。彼はコンビニでバイト中でした。その直後、男に指示されたあなたが、コンビニでジャムパンを購入し、レジで奇妙な行動を取りました」
ようやく話が見えてきたが、俺は背筋が寒くなった。
「彼の母親はJCHO仙台病院に通院していました。ある日、彼が病院近くを通ると、あなたが女子高生をナンパし、薔薇の花束を渡している光景を目撃しました。その直後、また電話が鳴りました。『お前の母親にも、薔薇の花束をプレゼントしてやろうか?』と嘲笑うような声が響いたそうです。彼は恐ろしくなって電話を切りました」
完全に、ストーカー規制法が禁止している、ストーキングの仄めかしそのものだ。やられた側は恐ろしくて堪らないだろう。
知らずにやらされていたとはいえ、物凄く申し訳ない気持ちになった。
「彼がMEGAドン・キホーテ仙台台原店のとんかつ福助で昼食を取ろうとすると、あなたが店の前でアカペラをしていたので、その歌声が店の中まで聞こえてきたそうです。その時、また電話がかかってきた。『俺の歌声を堪能して貰えたか?』と。乾ききった不気味な声だったそうです。耐えられなくなった彼は、とうとう怒鳴りつけて電話を切り、着信拒否しました」
俺は寒さを感じて腕をさすった。
勿論、精神的なものだ。
「気持ちの悪い嫌がらせですね……」
「ええ、本当に」
探偵は不快感を顔に出した。
「バスと病院の件も、って事ですよね」
「ええ。ドンキの件の翌日、また違う番号から電話がかかってきました。『あんたの父親にお小遣いをあげたよ』と。その夜、彼の父親が帰宅して、勤務中に見知らぬ客から一万円を渡されたという話を聞かされたそうです。彼は完全に追い詰められました。最後の指示の、病院の駐車場で待機するよう指示してきたのも、彼にあなたの姿を見せるためです。しかし彼は自分が特定されかけていることに気づいたのでしょう。だから何もせずにその場から去った」
探偵はそこまで言い終えると、俺の目をじっと見て、真剣な顔をして言った。
「つまり、あなたは彼に精神的圧迫をかけるための駒だったんです。このような手法のことをガスライティングと呼ぶんですが、私も長い探偵人生の中で、実際に使われているケースに遭遇したのは初めてですね」
ガスライティング……聞いたことのない言葉だった。
だから質問した。
「ガスライティングって何ですか?」
「『ガス燈』という映画を御存知ですか?」
俺は映画など見るようなタイプでないので聞いたこともなかった。
「知らないですね」
「夫が妻の財産を奪う為に、妻に嘘を教えて精神的虐待を繰り返したり、妻が自分で自分のことを精神障害者だと思い込むように仕向けたりする作品です」
「随分と陰湿な映画ですね」
「アメリカで実際に、財産を奪う目的や、離婚する目的で、周囲の人に配偶者や身内のことを精神障害者だと思い込ませ、精神病院に強制入院させることを正当化したり、裁判を起こして離婚を認めさせようとするケースが発見されて、手口がよく似ているというので、他人にそのような被害を与える行為をガスライティングと呼ぶようになったんです。心理学の専門用語ですよ」
俺は心理学に興味ないので、知らなくて当然だった。
「例えば、被害に遭ったとして、彼が周囲にそのことを話しても、理解されませんよね?」
そう言われたので想像してみた。
確かにそうだった。俺は加害者だから実際に加害があったことはわかる。
しかし、事情を知らない第三者が、彼からコンビニの件、ナンパの件、ドンキの件、バスの件を聞かされたとしても、俄かには信じられないだろう。
「そうやって被害者に強い精神的圧迫と常に監視されているというプレッシャーを加えて精神的に消耗させながら、被害者が周囲に被害を話しても、決して信じて貰えない、悪くすれば、被害者が被害妄想や統合失調症を患っているのではないかと誤解され、社会的信用を失い、周囲から人が離れて行って孤立する。こういう陰湿で卑劣な精神的虐待行為のことを、ガスライティングと言うんです」
ようやく男が何をしていたのか理解できた。
激烈な憎しみと強い怒りが湧いてきた。
人間のやる行為じゃない。
探偵は補足の説明をした。
「カルトやセクトが敵対者や裏切り者と認定した相手に、メンバーを使って集団で働いたり、警察が強制尾行と呼ばれる手法で告発潰しの嫌がらせとして働くものなので、一般人が被害に遭うことは稀です」
明日は21時30分投稿予定です




