第78話 勉強会の朝 Ⅰ
勉強会の朝。
私、有栖川由姫は、家の洗面台の前で首を傾げていた。
昨日、好奇心で買ってみた雑誌。『女子高生必見。イマドキのメイク術』を広げながら、試しにメイクをしてみたのだ。
「うーん。本当に可愛くなってるのかな……」
本の通り試してみたのだけど、正直あまり変化がない気がする。
目が大きく見えるメイク術とか、肌を白く見せるファンデーションのコツとか書かれているけど、私はメイク前から目が大きいし、肌も白いのよね。だからかな……。
私は本を閉じると、自分の部屋に戻る。そして、本をベッドの下に隠した。
こんな本を買っちゃったことを、父さんにも兄さんにも知られたくない。
「あ。そろそろ行かないと」
鞄に勉強道具と、生徒会長から貰った過去問のコピーを入れたことを確認すると、私は玄関へと向かった。
「出かけるのか」
靴を履いこうとしていると、後ろから低い声が聞こえた。
ぎょっとして振り向くと、そこには私服姿の父さんが立っていた。
「う、うん。今日は休みなのね」
「まぁな。それより、来週からテストだろう? 遊びに行っている暇はあるのか?」
腕組みをしながら、冷たい声で父さんは言う。
「遊びに行くんじゃないわ。友達の家で勉強会をするの」
「勉強会?」
父さんは私の格好を見ると、顎に手を当て
「それにしてはずいぶん張り切った格好だな」
「っーーーー!」
改めて指摘されて、顔が熱くなるのが分かった。
「こ、高校生なんだから、オシャレくらいするわよ」
「そういうものか。しかし、勉強会か……」
父さんは眉を潜めた。
「駄目なの?」
「駄目とは言わんが、効率が良いとは思えん。あんなもの、成績の悪い者だけが得をするだけだろう」
「………………………………」
それは私も同意だ。今日の勉強会は、どちらかと言えば新妻さんに休んでいた範囲の勉強を教えるというのが目的だ。
だから、私がいなくても鈴原くんがいれば大丈夫だろう。
でもその場合、アイツらが二人っきりになっちゃうのよね……。
「…………………………」
私は二人が一緒の部屋で勉強をしている想像をしてみた。
駄目! 絶対駄目!
この前の生徒会でも、周りに人がいるのにベタベタ引っ付いていたし。そんな人達を二人っきりにしてみたら、どうなるか。
うん! そう! 私は生徒会として、風紀を守るために、行くわけ。決して、彼の部屋に興味があるとかじゃないから!
それに……
「成績の悪い者だけが得をするんでしょ。なら、私は行くべきよ」
「なに?」
「だって、今日の勉強会は首席の人と一緒にやるんだから」
そう。入学試験、私は二位だった。だから、現時点ではアイツの方が上ということになっている。
「………………その首席とやらは男か?」
「そ、そうだけど。何か問題ある?」
「友達の家でやると言ったからな。つまり、男の家に行くのか」
「さ、三席の子も一緒だし。だから、二人っきりってわけじゃない」
「そうか。なら、いい」
父さんは居間の方へ戻ろうとし、途中で何かを思い出したように振り返ると
「来年、お前は生徒会選挙に立候補するつもりだったか。なら、来年までに一位になっておけ。あの学園は学力至上主義だ。勉強の出来る奴は偉い。それだけで票が集まる」
「兄さんがそうだったように?」
「優馬か……アリスコアは、本当は優馬に継がせたかったんだがな」
「よく海外留学なんて許可したよね」
「首輪で繋いで、力づくで会社を継がせるというのも考えたのだがな。いかんせん、アイツは俺の手に余る。無理に継がせようとしたら、乗っ取られるのが目に見えている。野心家といい、女好きといい、俺の悪いところばかり似たな」
「…………………………………………」
兄さんへの悪態をつきつつも、そんな父さんは、少し誇らしげだった。
最近気づいたことだけど、兄さんは父さんの事を嫌っているけど、父さんはそうでもないらしい。
父さんはなんだかんだ、優秀な人間が好きなんだ。
だから、私も……