第75話 アキバデート Ⅵ
「そうだな。中学校の俺は……」
「中学校の頃の事はこの前聞いたから大丈夫。もっと昔の話が聞きたい」
もっと昔……。となると、小学校時代か。
……………………。もしかして……。
「カエデとの関係が気になるのか」
「っ! けほけほ!」
ちょうど紅茶を飲んでいた由姫がむせた。
由姫はしばらく咳き込んだあと、ハンカチで口元を拭くと
「別に、気になってない!」
と涙目で言った。
はいはい。そういうことにしておきます。
「カエデはよく遊んでいた友達って感じだ。たっちゃんっていうガキ大将がリーダーで、まーぼーっていう太っちょがいて、あとタケシっていう眼鏡の……あれ? タカシかタケシ、どっちだっけ?」
「たった三年前のことでしょ。貴方の記憶力どうなってるの」
由姫は呆れたように目を細めた。
いや、俺にとっては二十年近く前なんだって。そりゃ忘れる。
「カエデは勉強は出来るけど、背が小さくて運動は苦手だったな。運動神経は悪いわけじゃないけど、筋力が無いと言うか……。それで女子のいじめっ子にいじめられてて、それを俺達のグループで保護したって感じ」
「そうなんだ。今の彼女からは想像できないわね」
たしかに。三年の間に、見違えるほど成長した。今ではカエデの身長は由姫より高いし。そのうえ、あの胸だ。
「それで、そういう貴方はどんな子だったの?」
「そうだな……。優等生ではなかったな。勉強は出来る方だったけど、じっとしてるのが出来ない悪ガキだった」
「え。全然そういう風に見えないんだけど。貴方、いつでも落ち着いている感じだし」
そりゃ、それだけ歳を取ったからだ。
「悪ガキって、不良だったってこと?」
「いや、そこまではいかない。ちょっとやんちゃだったってだけだよ。上級生のいじめっ子に報復する為に犬の糞入り落とし穴掘ったり、プールの授業で水着忘れて、黒ポリ袋を穿いて、強行参加したり」
「何してるのよ、アンタ……」
あら、赤裸々に語りすぎたか。由姫はやや引いていた。
「はい。俺の話はおしまい。今度は有栖川の小さい頃の話を聞かせてくれよ」
実は、俺は彼女の小さい頃を詳しく知らない。
未来の由姫は、幼い頃の事を話したがらなかったからだ。
母親を病気で亡くしたうえ、父親との確執もあった事だし、俺もその辺については詳しく聞くことはなかった。
由姫は「そうね……」と呟くと
「小学校も中学校も普通の子だったわ」
「ふんふん……」
「………………………………………………」
「………………………………え? それだけ?」
「うん」
いやいやいやいや! 弁当を買ったら、超上げ底だった気分だ。もっと聞かせてくれよ!
「ずるいぞ! 俺のほうは恥部を露出するほど話したのに!」
「ちっ……あ、貴方が勝手に露出したんでしょ!」
「子供の頃の恥ずかしい失敗談の一つや二つあるだろ」
「残念でした。私にそんなのありませんー」
由姫はべーっと小さく舌を出した。可愛い。
まったく。せっかく由姫の小さい頃の話を聞けるとおもったのに……。
………………あれ? もしかして……
「勉強ばっかりしていて、話せるようなエピソードが無いとか……」
「っ!」
図星だったのか、由姫の顔がかぁぁと紅潮した。
しかも、うっすら涙目になってる気がする。
なんか、可哀そうになってきたな。この辺りはふれないでおいてあげよう。
「ま、まぁ、過去の話を振り返っても何にもならないな。どうせなら、未来の話をしようぜ」
「未来?」
「たとえば、卒業後の進路の話とか……」
「貴方、もう進路の事決めてるの?」
「まぁ、だいたいは」
タイムリープ前の世界では、俺は和瀬田大学に進学後、父さんの会社に就職した。
本当は別会社に就職するのを考えていたが、在学中に父さんの病気が発覚して、後を継ごうと就職を決意した。
就職後は父さんに恩のある幹部達にしごかれまくり、三年後、社長となった。というか、社長の椅子に座らされた。
だが、今回は父さんの病気が早く見つかれば、助かる可能性が高い。
そうなれば、俺が会社を継がなくてもよくなる。
「俺はとりあえず進学だな。大学を出て……その先はまだ決めてないや」
「そうなんだ……」
「有栖川はどうするんだ?」
「私も大学には行くわ。まだ志望校は決めてないけど……。その後は多分、父さんの会社に就職することになると思う」
「っ……………………」
やっぱりか。タイムリープ前と同じだ。
彼女は棟大の文学部に進学後、アリスコアに就職し、経理の仕事をやっていたという。
このまま何もしなければ、タイムリープ前と同じ道を歩むことになるだろう。
そうなればまた、彼女にはつらい思いをさせることになる。
だが、どうしよう。いきなり、親の会社に入るのはやめた方がいいとなんて言えないし、「将来、親に売られることになる」と言っても、信じて貰えないだろう。
俺は少し考え
「父親の会社に入るのが、有栖川の夢なのか?」
と訊ねた。
「夢……?」
「だって、そうだろ。俺達はこれから進路を決める立場なんだ。夢に目指して、一番叶える可能性の高い進学先を選ぶのが大事なんじゃないか?」
「私の夢……」
ぼそりと呟いた由姫は、何やら難しい表情を浮かべていた。
そのあとも、夕方になるまで、俺達は色々な話をした。
生徒会の仕事の話。
次のお出かけで行きたい場所。
受験勉強をした時の勉強法など。
しかし、その中でも由姫は、どこか上の空のような感じがした。