第73話 アキバデート Ⅳ
「暑いわね……」
「もう完全に夏だな」
電気街通りをしばらく歩いていた俺達だったが、五月末の今日は最高気温が三十度超えだった。
「とりあえず、そこのゲーセンで少し休憩しないか? 有栖川、暑いの苦手だろ」
「そうだけど、私、暑いの苦手って、どこかで言ったっけ?」
「あー……。えっと、ヨーロッパの人って、暑いの苦手なイメージがあったからさ」
「そう。まぁ、その通りなんだけど」
ゲーセンの中は冷房がガンガン効いていた。
「ふぅ……」
由姫は服の襟元をパタパタさせた。
「!」
彼女にしてはやや不用心な仕草にドキッとする。俺達以外の客は近くにいなかったので、誰にも見られていないだろう。
ゲームセンターは一階はUFOキャッチャーコーナーで、二階はメダルコーナー、三階は音ゲーフロアのようだ。
「へぇ、これがUFOキャッチャー」
由姫はUFOキャッチャーの景品を興味深そうに見ていた。
そういえば、ゲームセンターに由姫と一緒に入るのは、未来でも無かったな。
「もしかして、ゲーセンに入るの初めて?」
「うん。店の外から見たことは何度かあるけど、入るのは初めて。小・中学校では拘束で禁止されてたから」
まじで? 結構厳しい校則だな。私立の名門校はどこもそんな感じなのだろうか。
「試しに一つやってみたらどうだ?」
「そうね……。でも、欲しい景品が無いかも」
アキバなので、オタク向けの商品が多い。どれも由姫には刺さらなかったらしい
「お。これならどうだ? 猫! 猫のぬいぐるみだぞ!」
「貴方、私が猫ならなんでも食いつくと思ってない?」
え? 違うの? 未来の由姫はそうだったけど。
「ぬいぐるみって、こんな子供っぽいもの……」
由姫はブツブツ言いながら、UFOキャッチャーの前に立つ。そして、景品の猫のぬいぐるみと目を合わせた。
「…………………………」
チャリン。由姫は百円を入れた。あ。やるんだ。
「勘違いしないで。欲しいとかじゃなくて、この子がこのガラスケースから出して欲しいって言ってる気がしたから……」
こ、コイツ、無機物と会話を……。未来の由姫には出来なかったのに。
「これを……長押しするのよね」
由姫がボタンを押すと、アームが横に動き出した。
お。横はぴったりだ。初めてにしては中々だ。
次は奥だが……
「あ……」
由姫の口からしゅんとした声が漏れる。どうやら手前すぎたらしい。アームは無情にも空を切った。
「も、もう一回」
二度目の挑戦。今度も横は完璧だった。しかし、今度は奥過ぎた。アームはぬいぐるみの手をかすっただけで、持ち上がる事は無かった。
前から見ただけでは、距離感が掴みづらいよな……。
「手伝おうか?」
「手伝うって、どうやって?」
「俺が横から見て、止めるタイミングを教えるんだよ」
俺はUFOキャッチャーの横に回り込む。うん。ここからなら、良く見える。
「ストップって言うから、そこでボタンを離してくれ」
「ま、まって。ストップって、スのところで止めればいいの? それとも、プのほう?」
「じゃあ、スで」
「スね。わ、わかったわ」
大人になった今では馬鹿馬鹿しい作戦会議だけど、こういうの楽しいなぁ。俺は半笑いを浮かべながら、真剣な顔でボタンを押す由姫を見守った。
「……………………ストップ!」
「っ!」
よし。ばっちり……なハズ。アームがぬいぐるみをがっちりと掴んだ……かと思ったら、するりと抜けた。アームの力、弱すぎるだろ。
駄目か。そう思った時だった。
アームの爪が、タグに引っかかった。
おぉ! 高等テクニックのタグ引っ掛けだ。動画以外で初めて見た。
まぁ、狙ったわけじゃないから、タグ引っ掛けというより、タグ引っ掛かった、だけど。
ぬいぐるみがガコンと音を立てて、出口から出てきた。
「すげーラッキーだな」
「ほんとね」
ゲットしたぬいぐるみを抱きかかえて、由姫はぽわぽわした表情を浮かべた。
抱くのにちょうど良い大きさだ。
すげぇ、可愛いが可愛いを持っている。超可愛い。
「ヘイ」
「? なに手をあげてるの?」
「ハイタッチ。協力プレイ成功の証として」
未来で由姫とゲームを一緒にやったりした時、協力プレイでクリアした時はいつもハイタッチをしていた。
「…………………………」
由姫はハイタッチをするか、少し葛藤していたようだが、ぬいぐるみを左手で持ち直すと、右手でハイタッチをした。
俺の手の位置がやや高かったのか、由姫はぴょんと跳んでいた。ごめん。
「三百円でゲットって、かなりラッキーだったな」
「普通、どれくらいかかるの?」
「千円以上、かかるのもザラだと思う。俺も昔、二千円以上飲まれたことがあるし」
「途中でやめるって発想にならないの?」
「いや、ここまでお金をかけたのに、やめてたまるかって気持ちになる」
「それがお店の策略なんでしょうね。私は無理だと思ったら、スッパリ諦めるわ」
嘘つけ。性格的に財布のお金が無くなるまで止めないと思うぞ。
「あ、あれ……」
と、由姫の困った声。
「この子、鞄に入らない……」
由姫は小さなバッグに強引に詰め込もうとしたが、ぬいぐるみの頭が丸々外に出てしまっていた。
「いいんじゃないか? 頭が出てても。可愛いし」
「い、嫌よ! 恥ずかしい……。子供っぽく見えるでしょ」
相変わらず、子供っぽく見られるのは嫌なようだ。
その後、店員さんに袋を貰い、その袋にぬいぐるみを入れる形で、解決したのだった。




