第72話 アキバデート Ⅲ
「さて、何をしよう!」
家電量販店のビルを出てすぐ、俺は燦々と照り付ける太陽目掛けて叫んだ。
この前の渋奈駅でのデートは猫カフェに百貨店など、由姫の好みのデートスポットが沢山あった。
しかし、今回のアキバは、この時代の由姫が喜ぶようなデートスポットが何もない。
未来のラブコメオタク化した由姫なら、沢山あるんだけどな……。
「何も考えてなかったの?」
と俺の隣でジト目の由姫がため息を吐いた。
「そうだな。デートプランは普通、男が考えるものだよな」
「デートじゃないから、二人で考えましょう」
あらら。言質取得、失敗。
「有栖川はやりたい事とかあるか?」
「パソコンを買うのに付き合ってもらったし、貴方のやりたい事で良いわよ」
「俺のしたい事か……」
と言っても、この辺で出来る事と言えば限られる。
まずゲームセンター。これは鉄板だ。
他にはダーツやビリヤード、カラオケ。あとはバッティングセンターとかもあったっけ。
俺は再度、由姫の服装を見る。比較的動きやすい服装だし、体を動かす系のアミューズメントもありかもな。俺が口に手を当てながら、考えていると
「…………………………!」
なにやら体をじろじろ見てると勘違いしたのかもしれない。由姫は
「あ、でも、変な事は無しだからね!」
と慌てて言った。
「いや、動きやすい服装かどうか、確認していただけなんだけど」
「そ、そうなの? 紛らわしいのよ」
「見てただけでそっちの想像をするって、脳内ピンクすぎないか」
「貴方にだけは言われたくないんだけど!」
失敬な。俺の脳内はピンク色じゃない。もっとどす黒い何かだ。
「とりあえず、適当に歩こうか。気になるものがあったら、そこに行くって事で」
「ん」
俺は手を差し出す。すると、由姫はきょとんとして
「なにこの手」
「え…………。あ。やべ」
やばい。無意識に手を繋ごうとしてしまった。
さっきの家電量販店で荷物を持とうとした時と同じ。未来の由姫とデートをする時の癖がうっかり出てしまった。
渋奈デートの際は、気を張り詰めていたから大丈夫だったが、今回は二度目なせいで気が緩んでいた。
由姫は差し出した俺の手をじっと見て、困惑した表情を浮かべていた。
「い、いや。なんでもない」
俺は慌てて手を引っ込める。だが、由姫は俺の目を見て
「もしかして、手を繋ごうとしたの?」
と追撃をしてきた。
「っ!」
上手い言い訳を何か考えようとしたが、思い浮かばない。俺がどぎまぎしていると
「手を繋ぐって、恋人がすることでしょ。貴方、女の子と一緒にいる時、いつもそうしてるの?」
「違っ! 俺が手を繋ぎたいのは有栖川だけだよ」
この前のカエデの時のように、嫉妬されて避けられるのは、もうこりごりだ。ここは絶対に否定しておかなければ。
「私だけ……」
由姫の表情が一瞬、緩んだかと思うと、慌てて顔をそむけた。
お? 意外な反応。
これはもしかして、押せばいけるんじゃないか?
「この辺りは人も多いから、はぐれないように手を繋ごうと思ったんだ」
我ながら、よくこんなにぺらぺら嘘が出るものだ。俺は由姫を上手く丸め込もうと、悪知恵を働かせる。
「て、手を繋ぐって、恋人がすることだし……」
「それは恋人繋ぎだろ。普通に手を繋ぐだけならセーフだって」
俺はもう一度、彼女の前に手を差し出してみる。
このドキドキ感。懐いていない野良猫に手を差し出して、撫でられるかどうか待っている気分だ。
「………………………………」
彼女はしばらく悩んでいたが
「やっぱり駄目! 誰かに見られて勘違いされたくないし!」
とさっさと一人で歩き始めてしまった。
あーくそ。少し焦りすぎたか。俺は慌てて彼女を追いかけた。
「こんなタイミングよく知り合いに会うわけが……」
「それ、前にも言ってたけど、兄さんとばったり会ったよね?」
そういや、そうだったな。お楽しみ後の優馬とラブホの前でばったり会ったっけ。
「大丈夫大丈夫。この辺りはラブホも無いし、俺達の知り合いで休日に秋葉原にいる人なんて……」
「あ…………」
いた。俺達のすぐ前のビルの階段から出てきたのは、黒髪眼鏡のやせ型の男。
菅田先輩だった。
彼の出てきたビルの看板には、同人ショップねこのあなと書かれている。
背には大きなリュック、両手には同人誌が山ほど入った紙袋を持っていた。
紙袋の隙間から同人誌の表紙がちらりと見える。中にはいかがわしいものもあるような……。
菅田先輩も俺達に気づいたのか、びくっと体を震わせた。眼鏡のせいで表情は分かりにくいが、どうやら驚いているらしい。
「…………………………………………」
「…………………………………………」
お互いに、無言の気まずい時間が流れた。
菅田先輩はぺこりとお辞儀をする。俺もつられてお辞儀をした。
「ごゆっくり」
低い声でそう呟いて、菅田先輩は早足で駅の方へ歩いていった。
「ほら。いたじゃない」
と由姫は「私が正しかったでしょ」と言いたげな表情で、ふんと鼻を鳴らした。
「それにしても、菅田先輩もパソコンか何か買いに来たのかしら」
「あー。そこは触れないでおいてあげよう」
「?」
同人誌などの知識のない由姫は、頭に?マークを浮かべていた。




