第70話 アキバデート Ⅰ
日曜日。
未来ではもう無いアキバのラジオ館前で、俺は由姫を待っていた。
「まさか自分がタイムリープに巻き込まれるとはなぁ」
今はまだ発売されていない、アキバを舞台にした有名なタイムリープ作品の事をふと思い出した。
この時代のアキバは、萌え文化全盛期だ。
オタクファッションの人々や、コスプレをした人もちらほら見られる。
大通りのほうでは、メイドカフェの呼び込みやチラシ配りが行われていた。外国人観光客だらけの未来とは大違いだな。
それにしても、遅いな。由姫が遅刻とは珍しい。何かあったのだろうか。
PRRRRRR。
そんな心配をしていると、彼女から電話がかかってきた。
「もしもし」
『ごめんなさい。ちょっと迷っちゃった。この駅、初めて降りるんだけど、ずいぶん複雑ね』
「アキバの駅は立体的な迷宮だからな。今、どこにいる? 俺は電気街口改札出て、すぐのところにいるけど」
『私はまだ駅の中。あ、電気街口って看板を見つけたわ。ちょっとそっちに行ってみる』
受話器の向こうから、雑踏の音が漏れてくる。どうやら、携帯をつなげたまま、歩いているようだ。
『え。な、何か用ですか?』
ん? 誰かに話しかけられたのか?
『え? コスプレ? いざよい……? すい……ぎんとー? いや、興味ないんで』
ナンパされとる。いや、ナンパというより、コスプレサークルか何かに誘われているのかな。
銀髪で可愛い女の子となると、かなりレアだからな。
『あ、改札あった』
「ん。あ、こっちも見つけた」
エスカレータ―から銀髪の女の子が降りてくるのが見えた。由姫は見つけやすいな。
携帯の通話を切り、手を振ってやると、彼女も俺に気づいたのか、小走りで歩いて来た。
『ピポーン』
改札にスイカのタッチが上手くできなかったのか、彼女は改札機に挟まれていた。ドジっ子可愛い。
「っ……」
恥ずかしかったのか、彼女は顔を赤くしながら、スイカをタッチし直し、こちらへと歩いて来た。
「おぉ……」
思わず心の声が口から洩れてしまった。
前の初デート?の時とは違い、女の子っぽい服装だったからである。
半袖の白いシャツに薄手の上着を羽織り、下は薄茶色のチェック柄のスカート。しかも、制服より更に裾の短いタイプだった。
地味な色だが、それが由紀の白銀の髪と対照的で、凄く似合っていた。
あまりの可愛さに俺がフリーズしていると
「なに固まってるのよ」
しびれを切らした彼女が、きゅっとスカートの裾を握りしめながら、訊ねてきた。
「いや、あまりの可愛いさに石化しそうになった」
「か、かわっ……」
由姫は一瞬、表情を崩しそうになったが、
「ふざけた事言わないで、さっさと行きましょう」
と、顔をプイと背けた。
表情は分からないが、銀髪の間から見える彼女の耳は真っ赤に染まっていた。
可愛いって言った時の反応も、入学当時からずいぶん変わったなぁ。努力が実ったようで、とても嬉しい。
「そういや、さっき、誰かに話しかけられた?」
「うん。ゴスロリっていうの……? そういう服を着た大学生くらいの女の人だったわ。コスプレ同好会に興味ないかって」
やっぱりか。俺の想像した通りだった。
「モデルのスカウトは何回かされたことがあったけど、あぁいうのは初めてだったわ」
「まぁ、オタクの街だからな」
「オタクね……」
由姫は道行くコスプレをした人たちや、メイド服を着た女性を見て、目を細める。
「馬鹿にするつもりはないけど、あまり理解は出来ないかな。漫画とかアニメとか、子供が観るものでしょ」
「そ、ソウダネ……」
将来、お前も立派なラブコメオタクになるんだけどな。
俺がアニメに詳しくなったのも、彼女に勧められてだし。