第69話 彼女からのお誘い
「ねぇ、貴方ってパソコンに詳しいよね」
休み時間。次の授業の為に美術室へ向かっていた俺を、すぐ後ろを歩いていた由姫が呼び止めた。
「まぁ、人並みには」
「なら、今週の日曜日、つ、付き合って。新しいパソコンを買いたいんだけど、どんなのを買えばいいか分からないの」
そっけない態度で言おうとした彼女だが、噛んだところを見る限り、緊張しているのがまるわかりだった。
「………………………………」
俺はすぐに理解した。
PCを買うというのは、一緒に出掛けたいが為の口実だと。
由姫の性格上、PCを選ぶくらいなら、自分で調べて買ってしまうはずだ。だというのに、わざわざ俺に頼もうとすることは……。
やば……
口角が緩みそうになったのを、俺は慌てて抑え込んだ。彼女に悟られないよう、平静を装う。
「俺が選んでいいのか?」
「うん。貴方が一番詳しそうだし」
目を逸らし、横髪をいじりながら、由姫は小さく頷いた。
「どういうのが欲しいんだ? ノートか、デスクトップか。あと使用用途だな」
「使用用途?」
「オフィス製品を使いたいだけとかなら、比較的低スペックでいいし。逆にネトゲとかやりたいなら、グラボまでこだわらないと」
まぁ、この時代は未来ほどPCが高騰していないから、そんなにお金はいらないと思うけど。
「予算はどれくらいだ?」
「五万円くらいかな……。父さんに言えば、増やして貰えるとは思うけど」
父さん……か。
俺はぎゅっと拳を握りしめた。
この時代の由姫はまだ、将来、自分が政略結婚の駒として使われるなんて知らないのだ。
女の身でも成果を出せば、認めて貰えると本気で思っている。
あいつにお願いするのは死んでも嫌だな。
「なら、ノートPCかな。MMOとかのネトゲは無理だと思うけど、まぁそこそこのものは買えるだろ」
「まぁ、その辺りは任せるわ。それじゃあ、また放課後、生徒会で」
「あ、あぁ」
由姫はそう言って、早歩きで俺の前を歩いていった。これから美術室で、一緒に授業なんだけどなぁ。
「お……」
前を歩く彼女が、小さくガッツポーズをしているのを俺は見逃さなかった。
カエデの焦らせ作戦、もしかしてかなり効果ありだったりするのか?
ライバルを登場させて、ヒロインを焦らせる。そんなラブコメ漫画のような作戦が成功するか不安だったが……
「そうか……。そういや、そうだった……」
俺は頭を押さえながら、天井を見上げた。
由姫のやつ、将来、コッテコテのラブコメを好きになるんだった。