《未来》御神静香(大人の姿)Ⅲ
「ふにゅ……」
飲み始めて二時間ほど経った頃だろうか。由姫が潰れた。
ごろんと寝転がると、すぅすぅと寝息を立て始めた。
「ちょっとブランケット持ってきますね」
暖房が効いているとはいえ、風邪をひくかもしれない。俺はソファにあったブランケットを、彼女にかけてやった。
こりゃ、朝まで起きないかもな……。
元々お酒に弱い体質だ。だというのに、御神さんにお酒を勧められ、ぐいぐい飲んでいた。
「ん?」
あれ? 御神さん、由姫がお酒に弱いこと、知っているはずだよな? なのに、なんであんなにお酒を進めるようなこと……
「やっと眠ってくれましたね」
ぷちっと何かが弾ける音がした。音がした方向を見て、俺は息を飲んだ。
そこには、シャツを肩下まではだけさせた御神さんがいた。
カッターシャツの下は、シャツなどは着ておらず、純白のレースのブラジャーがちらりと見えていた。
由姫とは違うスレンダーな体付きの彼女は、ゆっくりとした動きでこちらへと歩いてくると、
紅潮した表情。吐息の音が聞こえるほど顔が近づく。
「み、御神さん……?」
「私、実はこの前彼氏に振られたばかりなんです。鈴原さんはその彼にとても似ていて……少しだけ、慰めてくれませんか?」
彼女の手が俺の太ももに触れる。
「なにを……」
「大丈夫ですよ。この子はお酒で潰れた時は、二、三時間は絶対に起きません。秘密にすれば絶対にバレませんから」
それは悪魔の囁きだった。彼女の唇が顔に近づき、手が俺の下腹部へと……
「やめてください!」
俺は彼女の手首を強く握りしめる。そして、の目をしっかり見ながら、彼女を拒絶した。
「俺は彼女……由姫だけを愛すると誓っているんです。それを裏切る真似は、死んでも出来ない!」
しかし、どうする? こんな言い方をして、彼女が激怒したら。
もし、由姫が起きたら。この状況をどうやって説明すればいい?
俺がアルコールの回った脳で必死に考えていると、御神さんは一歩後ろに下がると――
「はい。合格です」
にこりと笑いながら言った。
彼女の声色には、さっきまでの色っぽさは完全に消えていた。
「合格……?」
呆然とする俺の前で、彼女ははだけたシャツのボタンを留めなおすと
「試すような事をしてごめんなさい。今のは全部演技です」
深々と頭を下げ、謝罪をした。
「事前に由姫ちゃんから、貴方の事は聞いていました。会社を立て直す資金援助をしてくれたことも。とても優しい人だということも」
「…………」
「ですが、私はどうしてもこの目で確かめたかったんです。どうしても、政略結婚に良いイメージがわかなかったので」
「だから俺を試した……と」
「はい」
なんだ。そうだったのか。
体の力が抜けた俺の心の中に、安堵の気持ちと、少しの不快感が沸いて来た。
「話すとかじゃ駄目だったんですか? こんな危険な事をしなくても……」
「たった数時間の話し合いで、その人の人間性を本当に見抜けますか?」
「………………………………」
彼女の言う通りだ。そいつが善人か悪人かなんて、会って数時間で分かるわけがない。
「この方法なら男の本性を見抜くことが出来ます。一番確実で、簡単な方法ですから」
「たしかに……そうですね」
俺は苦笑いを浮かべた。
彼女に迫られて、ノーと言える男は殆どいないだろう。正直、俺も由姫に愛を誓っていなかったら、危うかったかもしれない。
「本当にごめんなさい。正直、怒って当然の行為だと思います。二度と顔を見せるなと言われるのなら、その通りにします……。ですが……」
御神さんはきゅっと拳を握りしめた。
「それだけ私にとって、彼女は大事な後輩であり、友人なのです。絶対にこれ以上、傷つくような事にはなって欲しくない」
彼女の目には涙が溜まっていた。彼女は目の前で見て来たのだ。俺の何倍も、由姫の苦しむ姿を。
「気にしていませんよ。これからも気軽に遊びにきてください」
「ありがとうございます……」
ほっとしたのか、御神さんは目にたまった涙を慌てて袖で拭った。
大人びた彼女が、その瞬間だけは子供のように見えた。
「安心してください。由姫の事は絶対に幸せにしてみせます」
「その言葉が聞きたかったです」
御神さんはすぅすぅ寝息を立てる由姫の頭をそっと撫でた。
「この子は今まで沢山苦労をしてきました。そろそろ報われても良い頃です。だから、彼女を命一杯幸せにしてあげてください。沢山笑わせてあげてください」
そう。彼女は由姫にとって、友人であり、姉のような存在だったのだ。
俺はぐっと歯を噛み締めると、
「はい。必ず……」
と深く頷いた。