表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/132

《未来》御神静香(大人の姿)Ⅲ

「ふにゅ……」


 飲み始めて二時間ほど経った頃だろうか。由姫が潰れた。

 ごろんと寝転がると、すぅすぅと寝息を立て始めた。


「ちょっとブランケット持ってきますね」


 暖房が効いているとはいえ、風邪をひくかもしれない。俺はソファにあったブランケットを、彼女にかけてやった。


 こりゃ、朝まで起きないかもな……。


 元々お酒に弱い体質だ。だというのに、御神さんにお酒を勧められ、ぐいぐい飲んでいた。


「ん?」


 あれ? 御神さん、由姫がお酒に弱いこと、知っているはずだよな? なのに、なんであんなにお酒を進めるようなこと……


「やっと眠ってくれましたね」


 ぷちっと何かが弾ける音がした。音がした方向を見て、俺は息を飲んだ。


 そこには、シャツを肩下まではだけさせた御神さんがいた。


 カッターシャツの下は、シャツなどは着ておらず、純白のレースのブラジャーがちらりと見えていた。


 由姫とは違うスレンダーな体付きの彼女は、ゆっくりとした動きでこちらへと歩いてくると、


 紅潮した表情。吐息の音が聞こえるほど顔が近づく。


「み、御神さん……?」


「私、実はこの前彼氏に振られたばかりなんです。鈴原さんはその彼にとても似ていて……少しだけ、慰めてくれませんか?」


 彼女の手が俺の太ももに触れる。


「なにを……」


「大丈夫ですよ。この子はお酒で潰れた時は、二、三時間は絶対に起きません。秘密にすれば絶対にバレませんから」


 それは悪魔の囁きだった。彼女の唇が顔に近づき、手が俺の下腹部へと……


「やめてください!」


 俺は彼女の手首を強く握りしめる。そして、の目をしっかり見ながら、彼女を拒絶した。


「俺は彼女……由姫だけを愛すると誓っているんです。それを裏切る真似は、死んでも出来ない!」


 しかし、どうする? こんな言い方をして、彼女が激怒したら。


 もし、由姫が起きたら。この状況をどうやって説明すればいい?

 俺がアルコールの回った脳で必死に考えていると、御神さんは一歩後ろに下がると――

 

「はい。合格です」


 にこりと笑いながら言った。


 彼女の声色には、さっきまでの色っぽさは完全に消えていた。


「合格……?」


 呆然とする俺の前で、彼女ははだけたシャツのボタンを留めなおすと


「試すような事をしてごめんなさい。今のは全部演技です」


 深々と頭を下げ、謝罪をした。


「事前に由姫ちゃんから、貴方の事は聞いていました。会社を立て直す資金援助をしてくれたことも。とても優しい人だということも」


「…………」


「ですが、私はどうしてもこの目で確かめたかったんです。どうしても、政略結婚に良いイメージがわかなかったので」


「だから俺を試した……と」


「はい」


 なんだ。そうだったのか。

 体の力が抜けた俺の心の中に、安堵の気持ちと、少しの不快感が沸いて来た。


「話すとかじゃ駄目だったんですか? こんな危険な事をしなくても……」


「たった数時間の話し合いで、その人の人間性を本当に見抜けますか?」


「………………………………」


 彼女の言う通りだ。そいつが善人か悪人かなんて、会って数時間で分かるわけがない。


「この方法なら男の本性を見抜くことが出来ます。一番確実で、簡単な方法ですから」


「たしかに……そうですね」


 俺は苦笑いを浮かべた。


 彼女に迫られて、ノーと言える男は殆どいないだろう。正直、俺も由姫に愛を誓っていなかったら、危うかったかもしれない。


「本当にごめんなさい。正直、怒って当然の行為だと思います。二度と顔を見せるなと言われるのなら、その通りにします……。ですが……」


 御神さんはきゅっと拳を握りしめた。


「それだけ私にとって、彼女は大事な後輩であり、友人なのです。絶対にこれ以上、傷つくような事にはなって欲しくない」


 彼女の目には涙が溜まっていた。彼女は目の前で見て来たのだ。俺の何倍も、由姫の苦しむ姿を。


「気にしていませんよ。これからも気軽に遊びにきてください」


「ありがとうございます……」


 ほっとしたのか、御神さんは目にたまった涙を慌てて袖で拭った。

 大人びた彼女が、その瞬間だけは子供のように見えた。


「安心してください。由姫の事は絶対に幸せにしてみせます」


「その言葉が聞きたかったです」


 御神さんはすぅすぅ寝息を立てる由姫の頭をそっと撫でた。


「この子は今まで沢山苦労をしてきました。そろそろ報われても良い頃です。だから、彼女を命一杯幸せにしてあげてください。沢山笑わせてあげてください」


 そう。彼女は由姫にとって、友人であり、姉のような存在だったのだ。

 俺はぐっと歯を噛み締めると、


「はい。必ず……」


 と深く頷いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ