《未来》御神静香(大人の姿)Ⅰ
「くしゅん!」
風呂上り。リビングのソファでパジャマ姿のまま、漫画を読んでいた由姫が、可愛らしいくしゃみをした。
俺は近くにあった毛布を彼女にかけてやる。
「あ、ありがと」
「湯冷めは体に悪いよ」
「ごめん。もう少しだけ。今、良いところだから」
由姫は毛布に包まると、もう一度漫画に目を落とした。
「面白い?」
「すっごく面白い。正修さんも見る?」
彼女が読んでいるのは、俺もタイトルを聞いたことのある漫画だった。スマホの広告でプッシュされているのよく見る。
二週間ほど前からだろうか。
由姫が急にラブコメ漫画を大量に買い込むようになったのだ。
今まで無趣味すぎて心配だったので、趣味が増える事は良い事だ。だけど、どういう影響で読むようになったんだろう? その理由が知りたい。
「その漫画、誰かに勧められたのか?」
「うん。御神先輩……私の高校の生徒会長だった人が、出版社で働いているの。その人が今、広報でプッシュしている本なんだって」
「へー。俺も見てみようかな」
「………………あ」
由姫は何か思い出したように顔をあげると
「そういえば先輩に『一度、旦那さんを見てみたい』って言われていたんだった」
と言った。
「じゃあ、今度うちに呼んでみる?」
恐らく数少ない彼女の友人だ。良い人なのは間違いないだろう。俺も一度会ってみたい。
出前を取ってもいいし、由姫がやる気があるなら料理を作ってもいいだろう。
「………………………………」
しかし、なんだか由姫は悩んでいるようだった。
はっ! もしかして、俺を紹介しづらいのか? ごめんよ。こんな冴えない夫で。
俺は部屋の隅で体育座りをする。
「あの……やっぱ俺、紹介しなくていいから……。二人で楽しんで……」
「え!? どうしたの、急に!?」
「だ、だって、なんか悩んでるみたいだし……。俺を紹介するのが嫌なのかと思って」
「そんなわけないじゃない。私を助けてくれた人って、胸張って紹介するわよ」
「ゆ、由姫……」
なんだろう。泣きそうだ。
「ごめんなさい。悩んでたのは、私のワガママだから」
「ワガママ?」
「うん。御神先輩って、すっごく美人なの……。私と違って大人の魅力があるっていうか……だから、貴方が移り気しちゃうんじゃないかなーって、少し心配になっちゃって……」
由姫はハッとした表情を浮かべると、慌てて
「あ、別に貴方を疑ってるわけじゃないわよ? だけど、それだけ魅力的な人だから……」
俺の服の裾をきゅっと握ると、上目遣いで言った。
「とられちゃうんじゃないかって、ほんの少し不安になって……あぅ……」
可愛い! なにこの可愛い生き物!
「一体何是可愛生物爆萌尊死不可避」
「え。なに、急に中国語?」
あ、ごめん。あまりの可愛さに脳がバグった。
「安心して。絶対に浮気とかしないから」
「本当?」
「うん。神に誓うよ」
「よかった。もし、浮気したら……」
由姫はふっと急に感情を無にすると
「刺して埋めちゃうかも」
「…………………………りょ、了解」
彼女は冗談のつもりで言ったのだろうが、目が本気だったな……。
以後、浮気を疑われるような行動は絶対に取らないようにしよう。