第66話 役職を決めよう
「鈴原君。来週の経過報告書の進捗、どうかしら?」
「あ。はい。半分くらい出来ていて、明後日には完成予定です」
カエデが加入し、生徒会メンバー六人が揃い、新生徒会が始動した。
まずは、生徒会の仕事を彼女に説明しなければならない。
「…………ってわけ。会長の承認を取った後、水瀬先生の承認も必要だから気をつけて」
「なるほど。だいたい理解できたっす」
由姫の説明をカエデは興味深そうに頷いていた。
由姫はカエデに普通に接している。まるで宣戦布告など、無かったかのように。
カエデの方も同じく、いつもの明るい性格で由姫と絡んでいる。
こうしてみると、この二人は正反対な性格だなと思う。
由姫の性格は猫系で、人付き合いが苦手なタイプ。
対してカエデの性格は犬系で、誰にでもフレンドリーだ。
「PCのパスワードは、学校が管理しているの。後で、パスワードを書いたメモを渡すから、無くさないようにね」
「いや、大丈夫っす。さっき見て、覚えたっすから」
「覚えたって、あんな一瞬で覚えられるわけ……」
「T5Cy318Gp9っすよね」
「………………あってる」
由姫は信じられないという表情で驚いた。
「昔から記憶力だけは自信があるっす」
カエデはそう言って、大きな胸を張った。
「小学校の円周率記憶大会でも凄かったよな。六百桁まで記憶してたらしいんだけど、主催側が五百桁までしか想定してなかったらしくて、途中から合ってるか誰も分からない珍事件が発生するっていう」
「あー。懐かしいっすね。優勝したけど、賞状に『貴方は円周率を 桁まで記憶しました』って文言があったんすけど、桁の欄は空白になりましたもん」
由姫は俺にひそひそ声で訊ねてきた。
「ね、ねぇ、彼女って、昔から凄かったの?」
「あぁ。俺の代で一番頭良かったのは、カエデだよ」
「そうなんだ……」
由姫は悔しそうに下唇を噛んで
「さっきのどうやって記憶したの? コツとかあるの?」
と訊ねた。
「うーん。言葉にするのは難しいっす」
「写真記憶とか?」
「あー。フォトグラフィックメモリーでしたっけ。いや、そんな特殊能力は無いっすよ」
カエデは小さく首を横に振った。
「記憶したいと思ったものを、頭の中の色んな情報とリンクさせておくんす。このパスワードも文字だけじゃなく、色とか匂いとかフォントとかも一緒に記憶する感じで。あとは、これは大事なものなんだぞーって思いこむ事が大事っす」
そう言って、前頭葉のあたりを指差しながら、
「頭のこの辺を使うイメージっすね。慣れれば簡単っすよ」
「簡単って……」
由姫も会長も「んなわけないだろ」という表情でドン引きしていた。
薄々感じていたが、カエデは優馬と同じ、天才型だ。
役者をやりながら、この学校に第三席で合格する時点で、気付くべきだったな。
「おっつー。お、皆の者、やってますなぁ」
部活の助っ人が終わったのか、体操着の副会長がやってきた。これでメンバー全員が揃った。
「カエデちゃん。仕事のほうはどう? 分からないとこある?」
「今のところ大丈夫っす」
「分からないとこあったら気軽に聞いてね。静香に」
「理沙先輩にじゃないんですかい!」
「お! さすが大阪仕込みのツッコミ。キレがあるねー」
「恐縮っす」
副会長とカエデはすぐ仲良くなった。陽キャ同士、気が合ったらしい。
お互い、名前で呼び合う仲になったし、昨日もコスメの話で盛り上がっていた。
「新妻さんが入って、すごくにぎやかになりましたね」
その様子を見ながら、会長が呟いた。
「はは。すみません」
「どうして、鈴原くんが謝るんですか? それに私は賑やかな方が好きですよ」
会長はにこりと微笑んだ。そう言って貰えると助かる。
「そうだ。一年も全員揃いましたし、そろそろ役職を決めましょうか」
「そういえば、一年の役職はまだ決まってなかったですね。何が残っているんでしたっけ?」
「庶務、広報、書記ですね」
責任の重い会長、副会長。そして、お金を扱う会計は二年生組がやってくれている。
残った三つは、おまけみたいなものだな。
「会長って、去年は書記をやっていたんですよね?」
「えぇ」
「なら、私は書記を希望します」
由姫は我先にという感じで手を挙げた。
「うーん。じゃあ、アタシは広報っすかね。声のデカさには定評があるんで」
「お前、広報の役割が何なのか、理解してんのか?」
「? なにか事件があった時に、学校の屋上からメガホンでその内容を伝える仕事っすよね?」
ちげぇよ。なにその力業。
「なら、俺は庶務か」
俺は特に希望はなかったので、残った役職をするつもりだった。
決まったことを会長に改めて伝えると、彼女は嬉しそうに
「良かった。私の考えていた配置とまったく同じだわ」
と言った。
このまま、役職が決まるかと思ったが
「ねぇ、貴方、本当に庶務で良いの?」
と、由姫が俺に訊いてきた。
「? どういう意味だ」
「庶務って、生徒会では雑用みたいな立場だから。他の役職と比べて下に見られやすいの」
あぁ、なるほど。そう言う事か。
「貴方がもし、書記や広報をやりたいなら、きちんと話し合ったほうが……」
「いや、本当にやりたい役職がないんだ。それに、庶務も立派な仕事だろ? 縁の下の力もち的な」
「そうですね。一般的に庶務の立場は低く見られがちですが、私はそうは思いません。全体的なサポートを行う立場なので、柔和な対応力や広い知識が求められる役職です。だから、気遣いの出来る鈴原くんが適任かと思います」
と、会長がフォローを入れてくれた。