第64話 親と子は似る Ⅲ
「少し、俺の昔話を聞いていくか?」
「いや、別に聞きたくない」
「あれは俺が大学生の時だった……」
無視かよ。父さんはなにやら遠い目をしながら、ぽつりぽつりと話し始めた。
「俺は文芸サークルに入っていた」
「父さん、文芸に興味あったんだ」
「いや、全然。俺が興味あったのは、サークルにいた彩夏先輩だ。可憐で、とても美しい人だった」
「へぇ……」
「俺は文芸部に入ったものの、彩夏先輩には中々アプローチできずにいた。彼女は彼氏はいないようだったが、勇気の無かった俺は、高嶺の華だった彼女に中々アタックできずにいた。
そして、二年になり、後輩が入ってきた。その中にいたのが、母さんだ」
「昔、母さんから聞いたことがある。凄い好みの先輩がいて、猛アタックしたって。それが父さんだって」
「あぁ、そうだ。出会った初日に食われた」
母さん、野獣かなにか?
「そして俺は母さんと付き合い、お前が生まれた。彩夏先輩とは卒業後、一度も会っていないが……。この前の同窓会で、彩夏先輩の友人から聞いたんだ。彩夏先輩はな……。実は、俺の事が好きだったんだと」
「え。それって……」
「あぁ、両思いだったってわけだ」
父さんは苦笑いを浮かべて、天井を仰いだ。
「母さんじゃなく、彩夏先輩に告白しておけば良かった?」
「いや、母さんと結婚したのは後悔していない。俺には勿体ないくらい素晴らしい女性だ。彼女と結婚出来て、お前が産まれて、今の俺はとても幸せだ」
「父さん……」
ニッと白い歯を見せて笑う父さんに、俺は
「息子に金を借りに来た帰りじゃなきゃ、もっと格好よかったのにな……」
「それは言うな……」
父さんはバツが悪そうに頭を掻くと
「俺が言いたいのは一つだ。学生の恋愛ってのは、嵐の海のように読めないものなんだ。気になる女の子がいたら、出来るだけ早くアタックしとけ。そうしないと、他の奴に取られちまうぞ」
なるほど。父さんが伝えたかったのは、父さんの後悔ではなく、彩夏先輩の後悔か。
「分かった。肝に銘じておくよ」
「そうしとけ。人生の大先輩のありがたいお言葉だ」
自分の部屋に戻ろうとする父さんに、俺は
「そうだ。父さん、ガン検診は必ず受けてくれよ。特に今年と来年は」
「ん? あぁ、わかってる。心配性だな、お前は。俺がガンで死ぬ夢を見たってだけの理由で」
「まぁ、正夢だったら困るしさ」
「わかったよ。お前ら二人を残したまま、死ぬわけにいかないからな」
父さんは俺が大学生の頃に、膵臓がんで亡くなった。早期発見出来れば、治る可能性が高いだろう。
父さんが出て行ったのを確認し、俺はPCのモニタに貼り付けてあった黒いビニールテープを剥がした。その下にあった、0の文字を見て、俺は苦笑いを浮かべた。
「五倍じゃなく、五十倍勝ってるとは言えないよな……」
このテープは、資産総額を一桁ごまかすための小細工だ。
タイムリープから半年。俺の総資産は千五百万まで増えていた。
ここまで増やした理由は万が一に備えてだ。
未来の知識があるとはいえ、所詮今の俺はただの高校生だ。
もし、由姫に何かがあった時、守る力が必要だ。
若社長だった未来とは違い、今の俺では大人には勝てない。
戦う為には力がいる。金はそのうちの一つだ。