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《未来》有栖川由姫との出会いⅢ

 バスタオルを一枚。それも、少し動けばはだけてしまうような巻き方だった。

 化粧も落ちているというのに、全然変わらない整った顔つき。

 体が温まって、体温が上がったのか頬は少し紅潮している。いや、頬だけではない。

 普段見えない白い肌が、ほのかにピンク色に染まっていた。


「すけべ」


 俺がまじまじと彼女の姿を見ていたのに気づいたのか、由姫はくすりと笑った。


「あ、ご、ごめん」


 条件反射で謝ってしまったが、俺悪くなくないか?

 そもそも何故服を着ていないんだ?


「ふ、服はどうしたんだ?」


「後で着るわ。だけど、今はいらない」


 そう言って彼女はこちらに近づいてきた。バスタオルでくっきりと輪郭のわかる乳房がかすかに揺れる。

 駄目だ! 見ては! 俺は咄嗟に両目を覆う。


「!?」


 目を閉じた俺に、彼女が近づいてきたのが分かった。

 俺と同じシャンプーを使っているはずなのに、彼女からは甘い匂いがした。

 とんと、彼女は俺をソファに倒すと、馬乗りになった。

 何も穿いていない彼女のお尻が、俺の下腹部に乗せられる。柔らかく温かい感触。不思議と重さは感じられなかった。


「私の初めて。貴方にあげる」


「!?」


 脳に直接電流を流されたようだった。

 も、もしかして、本当に俺に抱かれようとしているのか!?


「お、おい! あんな父親の言う通りにする必要なんてないぞ」


「別に、あの人の為にするんじゃないわ。むしろ逆よ」


 逆? 困惑する俺に、由姫はかすれた声で囁いた。


「貴方は融資をしなくていい。だけど、私を抱いてほしいの」


 見ると、由姫の目には涙が溜まっていた。


「初めてじゃ無くなれば、私の価値は落ちるわ。そうすれば、もう私を使っての融資のお願いは出来なくなる」


「それはそうかもだけど……」


「それに、どうせなら初めては優しい人がいいもの」


 涙をこぼしながら、彼女はくすりと笑った。


「貴方は私に同情してくれた。優しくしてくれた。だから、これはそのお礼……」


 彼女の顔が近づく。キスをしようとしているのだろう。目を閉じた彼女の柔らかそうな薄桃色の唇が近づいてくる。

 しかし、それが俺の唇に当たることはなかった。


「痛っ!」


 こつんと俺と由姫の鼻が当たったのだ。

 がっつりぶつかったので、鼻の骨が痛い。由姫も痛かったのか、涙目で鼻を擦っていた。


「ごめんなさい。初めてやったけど、キスって難しいのね……」


 キスも初めてだったんかい。痛みのお陰で、吹っ飛びそうになった理性が戻ってきた。

 俺はソファにかけてあった毛布を手に取ると、それを彼女に羽織らせた。


「ならなおさら、こんなところで使ったら駄目だろ。初めては好きな人にあげるべきだ」


「どうせ、そんなの叶わないわよ。結婚相手もどうせ、父さんが決めた人になるわ」


 由姫は上着に顔をうずめ、大きなため息を吐いた。


「私の人生って何だったのかな……。うちの会社は倒産を免れたとしても、私以外の人が継ぐそうだわ。女の身でも上に立てるように、必死に頑張ってきたのに、その結果がこれ。自暴自棄になる気持ちも分かるでしょ」


「…………………………」


 帰り際の有栖川重行の顔が脳裏によぎった。あの腹立たしい笑みを。


 どうすればいい。

 俺が彼に融資すれば、有栖川の思惑通りになる。

 かといって融資を断れば、彼女が……由姫が不幸になる。


 そうだ。ならば、いっそ……。


「なら、俺と結婚するか?」


「え」


 きょとんとした顔で、由姫は硬直した。


「融資の条件を結婚にすれば、有栖川も断らないだろ」


「そ、それはそうだけど……。なんで、急に結婚なんて言葉が出てくるの!?」


「いや、俺も母さんの早く結婚しろって、圧が強くてさ。ちょうど良いかなと思って。アンタも結婚すれば、あのクソ親父から解放されるだろ」


「そ、それはそうだけど……」


 あまりのことに混乱したのか、彼女は顔を真っ赤にして、目を回していた。彼女の頬は裸を見られた時より紅潮している。


「少し状況を整理させて!」


 由姫はそう言うと、すーはーと深呼吸を始めた。


「わ、私、今、プロポーズされてるの?」


「そうだな」


「そ、そっか……。わ、私……今、プロポーズされてるんだ……」


 毛布で口元を押さえながら、彼女は呟いた。彼女の心臓が高鳴る音が聞こえるかと思う程、ドキドキしているのが分かった。


「え。そんなに恥ずかしがるところ?」


「と、当然でしょ。プロポーズされたのなんて初めてなんだし……」


 どうやら彼女にとっては裸を見られることや、貞操を奪われることよりも、プロポーズされることのほうが恥ずかしいらしい。


 なんか、やっぱりちょっとズレてるよな、彼女。


「嫌だったか……?」


「い、嫌じゃないけど……。びっくりしちゃって……あぅ……」


 彼女は毛布を被り、ミノムシのように丸まってしまった。


「大丈夫か?」


「大丈夫じゃない……。心臓苦しい……破裂しそう……」


 丸くなった毛布からくぐもった彼女の声が聞こえてくる。


「よく考えたら、今までの行動全部恥ずかしくなってきた……。今すぐベランダから飛び降りたい気分……」


「やめて。事故物件になっちゃう」


 しばらく待っていると、彼女は毛布の合間から亀のように顔を出した。


「ね、ねぇ、本当に私でいいの……?」


 不安そうな表情で彼女は言う。


「私達、今日、会ったばかりよ。どんな性格なのか。趣味は何なのか。どんな食べ物が好きなのか。全部知らないのよ」


「あー。たしかにそうだな」


 俺はこくりと頷いて、隣の部屋から座布団を持ってきた。そして、ソファに座っている彼女と向かい合うように座る。


「じゃあ、今から話そうか。夜はまだ長いんだし」


「い、今から!?」


「うん。まずは自己紹介からだな。お見合いみたいな感じで」


「お見合い……」


 彼女はしばらく黙り込んだあと


「…………ぷっ…………あはは……」


 糸が切れたように彼女は笑い出した。


「待て待て。なんで笑う?」


「だ、だって、プロポーズの後に、お見合いって、順序が逆じゃない」


「え。それが理由……?」


 どうやら、ツボに入ったらしい。そんな笑うところだろうか?


「ぷ……あはは……」


 あまりにも笑い続ける彼女に、俺もつられて笑ってしまう。


「それじゃあ、改めて自己紹介から」


 結婚してから数えきれないほど、彼女の笑顔を見ることになった。

 だがしかし、一番可愛いと思ったのは、この時の彼女の笑った顔だった。

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