第62話 親と子は似る Ⅰ
「ふぅ……」
家に帰ってきた俺は、自室のPCの前でため息を吐いた。
カエデの宣戦布告はクラス内だけではなく、学年中に広まり、由姫が俺の事を好きだという噂を聞いた男子生徒達が、全員俺のところへ押し寄せたのだ。
そいつら全員に「あれはカエデの勘違い」「由姫が俺の事を好きだと言ったことは一度も無いし、そんな素振りもない」と説明しなければならなかった。
カエデめ……。あんな作戦を実行するなら、俺にあらかじめ、確認を取って欲しかった。
昔、似たような気分になったことがあるな……。いつだっけ?
あ。思い出した。社長決裁を取らずに、爆発確定の地雷案件を取ってこられた時の気分だ。
そして、肝心の由姫はというと、下校の時間と共に、一目散に帰ってしまった。
生徒会の仕事は月・水・金が活動日だが、会長や由姫は火・木も生徒会室に来て、仕事をしている。
しかし、今日は由姫は生徒会室には行かなかった。体調不良以外では初めての事だった。
カエデは「恋のライバルがいたほうが、自分の気持ちに素直になる」と言っていたが、逆効果じゃないだろうか? 由姫は茶化される事を凄く嫌うし……。
「駄目だ。全然頭に入ってこない」
モニタに映っている株価チャートが、由姫の好感度メーターみたいに見えてきた。あ、大暴落。
今日はこれ以上やっても、お金は増えないな……。
コンコン。
「正修。いるか?」
俺の部屋の扉の向こうから、ノックと共に父さんの声が聞こえた。
「いるよ。入って大丈夫」
そう答えると扉が開き、父さんが入ってきた。父さんはモニタに映った株価チャートを見て
「株をやってたのか。今日は勝ってるか?」
「今日はトントン。それで、何か用……?」
「あー……。実は明日、ゴルフでな……その……」
「会社の経費で落とせないヤツ?」
「あぁ。だからすまんが、来月の分を前借させてくれ」
そう言って父さんは、顔の前で両手をあわせた。
うちの父親、鈴原啓司。四十二歳。
大学の時、友人達とリンクレアードを設立。代表取締役となり、二十年で総社員五百名の企業にまで成長させた。
気弱な性格だが、面倒見が良いせいか、人望は厚く、部下にも慕われている。
母さんとは大学で出会い、卒業後、すぐに結婚。母さんが幸の薄そうな父さんに一目ぼれし、猛アタックしたらしい。
母さんの方が年下なのだが、彼女の方が気が強いせいで、いつも尻に敷かれている。
弱弱しい見た目なのに、仕事は出来るし、実は柔道も黒帯で腕っぷしも強いというハイスペック人間だ。
そんな完璧人間の父さんには、一つだけ欠点がある。
酒癖が滅茶苦茶悪い。
暴れるわけではなく、浪費癖が酷くなるのだ。「今晩の会計は全部俺が払う!」をやってしまうタイプ。
そのせいで、クレカ会社から、数十万の支払いが届くことがしょっちゅうあった。
まぁ、社長だから収入はかなりあるし、それくらいならと母さんも目をつぶっていたのだが、俺が中学二年生の頃、事件が起きた。
会社の飲み会の後、二次会でキャバクラに行って、数百万の散財をしたのだ。
お金はともかく、キャバクラに行ったことに母さんは大激怒。
父さんは通帳、クレジットカードを取り上げられ、毎月五万円の小遣い生活になった。
だが、会社の経費で落ちない人付き合いもある。五万円だけでやりくりするのは大変そうだった。
そこで俺は
「父さん。取引をしない?」
と、ある提案を持ち掛けた。
誰もが過去に戻ったら夢見る、「未来の知識で稼ぐ」というものを、試してみたかったのだが、それには自由に使える口座が必要だった。
高校生の身分だと、株も競馬も自由に出来ない。
なので、俺が競馬や株をするための口座を父さんに貸して貰う。
その代わり、俺は父さんに口座使用料として、毎月数万円を父さんに貸す。
という取引をすることにしたのだ。
ちなみに、作戦は大成功。俺の貯金していたお年玉は一気に膨れ上がった。
一番楽だったのは株だ。どの会社がこれから業績を上げていくのか、俺には分かっている。
あとはその情報をうまく利用して、お年玉貯金を元手に増やすだけだった。
少し罪悪感はあったが、どんどん増えていく資産総額を見ていたら、そんな気分は吹っ飛んだ。