第61話 負けヒロイン
「ぬぁーにやっとるんじゃああ」
次の休み時間。俺はカエデを体育裏に呼び出し、壁ドンをしていた。
「あははー。告白とか初めてやったっす。しかも、大勢の前で。思ったより恥ずかしいっすね」
ほんのりと頬を染めながら、カエデはもじもじと体を動かした。
「お前、昨日は恋愛感情ゼロって言ってたじゃん! あれ、嘘だったのか?」
「本当っすよ。まさやんの事は友達ってだけで、恋愛感情は無いっす」
「じゃあ、なんであんなこと……」
「これがアタシの作戦だからっすよ」
カエデは両手を腰に当てながら、大きな胸を張った。
「アタシはこれから、まさやんの事が好きな幼馴染を演じるっす。そして、有栖川さんと戦って、負けるっす」
? 訳が分からない。
「な、なんでそんなことをするんだ?」
「そっちのほうが、まさやんと有栖川さんが早くくっつくからっすよ」
カエデはピンと人差し指を立てる。
「有栖川さんって、かなり負けず嫌いな性格っすよね。あぁいう人は、恋のライバルがいたほうが、自分の気持ちに素直になると思うんす」
恋のライバル……。
「つまり、お前はわざと負けヒロインになるつもりなのか?」
「負けヒロイン……。おほー。面白い言い方するっすね。まぁ、そういうことっす」
あー。この時代じゃ、まだマイナーな言葉なのか、負けヒロイン。
しかし、やっとコイツが考えている事が見えてきた。
まず、カエデが俺の事が好きで、猛アタックをしているふりをする。
それを見た由姫は、俺の事を取られてしまうんじゃないかと焦る。
焦った由姫は、自分の気持ちに正直になる。
俺は首を傾げた。
「そんな上手くいくか?」
「もちろん。数多の脚本を研究して来たアタシが言うんすから、間違いないっす」
むぅ。すごい自信だ。
「ちなみにこの前も聞いた気がするけど、お前のリアルでの恋愛経験は?」
「ゼロっす」
「…………」
すごく不安になってきた。
沢山エロゲをやってきたからと言って、恋愛を語るオタクと同じじゃん。
「ふっふっふ。面白くなってきたっすよ。役者としての腕の見せ所っす」
カエデは腕をぐるぐる回しながら、楽しそうな表情を浮かべた。
おい。俺の事を応援するためって言っていたけど、自分が楽しむためなんじゃないか?
俺はため息をつくと
「ついでにもう一つ、相談があるんだけど、いいか?」
「はいっす。アタシに応えられることなら、なんでも……」
自信満々の表情のカエデに、俺は彼女のせいで発生した深刻な悩みを吐露した。
「有栖川とお前。二人の美少女に好かれているって噂が流れたせいで、クラス中の男子の殺意が俺に向いているんだが、どうすればいいかな?」
「………………………………」
カエデは黙り込んだ。
俺達の間にしばらくの沈黙が訪れる。そして、カエデはピッと指を二本、自分のこめかみにくっ付けると
「おっと、そういえば次の時間、移動教室だったっす! それでは!」
と、言い残し、ぴゅーと走っていった。
逃げんなコラ。