第60話 波乱のはじまり
翌日。一限目の休み時間。
俺は由姫の方をちらりと見た。
昨日より少しマシになった気もするが、相変わらず不機嫌そうな顔で、俺の方を見ようともしない。
それと、気になるのはカエデだ。いったい何をするつもりなのだろう?
昨日の夜、俺がメールで訊ねても、「それは明日のお楽しみっす」とはぐらかしてきた。
「なぁなぁ」
と、後ろの席の浜崎が俺の肩を叩いた。彼は怯えた顔で
「白薔薇姫、なんであんなに怒ってんの?」
とひそひそ声で言った。
「あー。……まぁ、色々とな」
彼女と話ができる男子は、俺だけなので、彼女の質問は基本的に俺のところに来る。
「やっぱ、お前と喧嘩してんの? なら、早く仲直りしてくれよ。視線がこえーよ」
浜崎の席は俺のすぐ後ろなので、彼女に睨みつけられているように思えるのだろう。
完全にとばっちりだな。マジですまん。
「有栖川さん、いるっすかー?」
教室の後ろのドアを勢いよく開け、赤茶髪の少女が入ってきた。
カエデだ。教室の視線が彼女に集まった。
彼女は自分が注目されていることを確認するように辺りを見渡したあと、由姫のもとへ歩いていった。
「なにか用?」
由姫は少し驚いたようだったが、すぐに落ち着き、いつもの塩対応をする。
「今日は宣戦布告に来たっす」
「宣戦布告?」
物騒な言葉に、教室中がざわめく。気が付けば、教室にいる全員が二人の方を見ていた。
「有栖川さんって、鈴原くんの事が好きなんすよね!」
「…………………………は?」
一瞬、教室中が静寂に包まれる。
そして、「「えええええええええ!?」」という驚愕の声があちらこちらから飛び交った。
「うっそ!」
「まじかよ……」
「男子で話してるの、鈴原だけだったけど、やっぱそうなんだ」
「生徒会で一緒だからってだけじゃなかったんだ」
「ほら! 俺の言った通りじゃん! 裏でこっそり付き合ってるんだって」
クラス中を揺るがすような大ニュースに、誰もが驚いていた。
「あ、アイツ、何言ってんだ……」
俺は違う意味で、開いた口が塞がらなかった。なにかやらかすとは思っていたが、まさかこんなことをやらかすとは。
だが、それ以上に驚いたのは、由姫のリアクションだ。
この前までの彼女なら「は? 何言ってんの。そんなわけないでしょ。馬鹿じゃないの」とすぐに返していたはずだ。
しかし、実際の由姫は違った。
顔を真っ赤にして、パクパクと口を動かすだけで、全然反論の言葉が出てこない。
しばらくして、ようやく口から出たのは今にも消えそうな小さな声で
「あ、ああああ貴方、何言って……」
「アタシもっす」
「へ?」
カエデはほのかに頬を染めながら、胸にきゅっと両手を当てた。
「アタシも彼の事が好きっす。何年も前から」
今までの大きな声とは打って変わって、恥じらうような感じで、彼女は言った。
ボーイッシュさが消え、女の子っぽさを感じるような、そんなギャップに俺も少しドキッとしてしまった。
「アタシ、まさやんと同じ小学校。つまり、幼馴染なんす。思いを伝えられずに、中学は別になっちゃったっすけど、また同じ高校になれたのは運命だと思ってるっす」
お互いに赤く染まった顔を近づけ、カエデは由姫の目をしっかりと見つめて、はっきりとした声で言い放った。
「彼の事は、貴方より何倍も知ってるつもりっす。だから、絶対に負けないっすよ」
宣戦布告だ。ざわついていた皆も一気に静まり、二人のやり取りだけを見ていた。
「……なんか、変な空気になっちゃったっすね」
カエデはあたりを見渡したあと
「とはいえ、有栖川さんと喧嘩したいわけでは無いんで、そこだけはよろしくっす。どっちが勝っても、恨みっこ無しって事で! 今日はそれを言いに来ただけっす」
そう言って彼女はくるっと体を返すと
「じゃあまた。生徒会室で!」
そう言い残して、教室を出て行った。
彼女がいなくなり、残ったのは、呆然と立ち尽くすクラスメイト達と顔を真っ赤にしてぷるぷる震える由姫。
そして、魂の抜けた俺だった。
「お、おい! やっぱお前、白薔薇姫と良い感じになってんじゃねぇの!?」
「ふざけんな! なんであんな可愛い子二人からモテるんだよ!」
浜崎と一柳にもみくちゃにされながら、俺は白目を剥いた。
「あの馬鹿……」
この時、俺が計画していた、由姫と恋人になるまでのフローチャートが、音を立てて崩れ去ったのが分かった。




