第56話 俺が好きなのは Ⅰ
放課後。
俺はカエデと二人で、学校近くのマッグに寄った。
人目の少ない奥のほうのテーブル席に向かい合うように座る。
「関西だと皆、マグドって言うんで、マッグっていう響きが懐かしいっすね」
「そういや、お前、関西弁になってないな。数年住んでいると、うつるっていうけど」
「そういえばそうっすね。アタシの免疫力の勝利っすね」
関西弁はウイルスか何かなのか?
カエデはチーズバーガー(百二十円)の包装を剥くと、もっちゃもっちゃと美味しそうに食べはじめた。
「相変わらず美味そうに喰うな」
「だって美味しいんすもん」
「演劇の仕事の打ち上げとかで、もっと良いもん食べてきたんじゃないか?」
タイムリープした際、少し残念だったのが、味覚までは過去に戻らなかったというところだ。
学生時代は死ぬほど美味しかったジャンクフードも、高級店の料理を知ってしまうと、あれ。こんなもんだっけ? という感じになってしまう。
カエデもそうかと思ったのだが、どうやら違うらしい。
「うーん。たしかに、大規模な公演が終わった時とかは、良いお店に行ったりするっすけど……」
カエデはふっと小さく笑うと
「フグだのステーキだの良いものは一杯食べたっすけど、なんだかんだ学校帰りのハンバーガーが一番美味いっす」
と恰好を付けた表情で言った。なんか未来のゲームで聞いたことあるセリフだな。
「そういや、なんで役者になろうと思ったんだ? 小学校の頃、役者になりたいとか言ってなかったよな?」
「うーん。成り行きっすかね。母さんの再婚相手が、舞台の裏方をやってまして。お前もやってみるか? って言われてやってみたら、これが思いのほか楽しくて」
「へぇ。才能あったんだな」
「アタシなんか全然っすよ。周りは子供時代から演技をしているベテランばっかで、ついていくのが大変だったっす」
カエデは苦笑いを浮かべた。
「こっちでも役者、続けるのか?」
「はいっす。ただ、しばらくは学業に集中するつもりっす。とりあえず、今年の秋まではお休みっすね」
「そうしたほうがいいだろうな。ただでさえ、二か月休学したんだ。授業についていくのも大変だろ」
「それなんすよー。昼休みとかに、勉強教えてくれないっすか?」
「あぁ、別に構わな……」
と、俺は慌てて口をつぐんだ。
そうだった。今日はそのことについて話したくて、こうしてマッグに来たんだった。
「すまん。勉強を教えるのはいいが、目立つ場所では駄目だ」
「え? なんでっすか」
「由姫……じゃなかった。有栖川ってわかるか?」
「生徒会の銀髪の子っすよね。お人形さんみたいで凄く可愛かったっす」
「あぁ。今日一日、アイツがずっと俺達の事を睨んでいたの気づいていたか?」
「馬鹿にしないでくださいっす。アタシは役者っすよ。観察眼だけは自信が……」
「気づいていたか?」
「全然気づかなかったっす」
「よし。素直でよろしい」
だよな。見た目は変わったが、マイペースな性格は小学生の頃から変わっていないらしい。
「なんすか。喧嘩でもしたんすか?」
「そういうわけじゃねぇよ。今日から急に機嫌が悪くなったんだ」
「今日から?」
お前のせいと言うのは流石に酷だな。カエデにはなんの罪もないのだから。
何故、由姫が不機嫌になっているのか、説明するにあたって、先にハッキリ言っておいたほうがいいだろう。
昔の俺なら、この結論を言うことなく、話を進めようとしたが、今の俺は違う。
「あー。まず、これはハッキリ言わせてくれ」
俺はこほんと咳き込み、
「俺は彼女……有栖川のことが好きなんだ」
と言った。




