第55話 不機嫌な彼女
どうしてこうなった。
昼休み。俺は頭を抱えながら、ため息を吐いた。
「うーわ。この学校の焼きそばパン、マジで美味いっすね」
俺の前の席にがに股で後ろ向きに座るのは、桜井……じゃなかった。新妻カエデだ。
「なんでお前、わざわざこっちのクラスまで食べに来るんだよ」
「だって、アタシのクラス、もうグループが出来上がってるんスよ。ぼっち飯は嫌なんで」
「お前のコミュ力なら、友達とかすぐ出来るだろ」
「いやー。なんか、気を使われてる感じがして、疲れるんすよね」
「気を使われる?」
「あんな感じっすよ」
パンを頬張りながら、カエデは横を向いた。
教室の隅。米田と深山がちらちらとこちらを見ながら噂をしていた。
「おいおい。誰、あの子?」
「あぁ、消えた第三席の子だってよ」
「マジ? ついに学校に来れたんだ」
米田達は腫れ物に扱うような、どこかぎこちない視線を向けていた。
「そういうことか……」
消えた第三席。
学力至上主義のこの学園では、七芒章を持った生徒は注目される。
しかし、今年の一年は第三席がいきなり休学。入学早々休学ということで、当時は様々な憶測が飛び交ったのだ。
もともと病弱だった。受験勉強が過酷すぎて、精神を病んだなど。
そして、カエデが復学したことにより、その噂が再燃した。
「否定すればいいじゃないか。実は演劇のプロで、仕事が忙しくて休学していましたって」
「それはそれで面倒な事になるんすよね。中学の時はクラスメイト全員が、アタシの仕事のこと知っていたんすけど、中には学校を休んでずるいとか、先生から特別扱いされてるとか噂されて」
なるほど。ひがむ奴が出てくるのか。
「だから、体調を崩してたで通すつもりっす。生徒会の皆と先生以外には、演劇の事は話さないつもりにするので、よろしくっす」
「わかったよ」
まぁ、俺もカエデがこっちのクラスに遊びに来ることはやぶさかではない。
彼女と話すのは楽しいし、同じ生徒会仲間として、これから一緒に仕事をしていくことになるしな。
問題は……
「……………………………………」
自分の席で、一人弁当を食べる由姫が、威嚇する犬のような視線で俺達を睨みつけていた。
やばい。明らかに不機嫌だ。未来の彼女を知っている俺でなくても分かる。
今朝からずっとこうなのだ。
一緒にご飯を食べないか、誘ってみるか……?
「有栖川。一緒にご飯……」
「無理。この後、用事があるから」
由姫はさっさとご飯を食べ終えると、教室の外に出て行ってしまった。
うん。明らかに避けられている。
彼女が不機嫌な理由。それは俺がカエデと仲良くしているせいだろう。
簡単に言うと、嫉妬だ。
彼女が嫉妬心を出すくらいに、俺の事を好きになり始めていることは素直に嬉しい。
だが、このまま勘違いをされたままは困る。俺とカエデが恋愛感情など一切ない、ただの幼馴染であると理解して貰わなければ。
「カエデ。お前、今日の放課後、用事あるか?」
「? 暇っすけど」
今日は先輩達が部会に参加しているので、生徒会の活動は休み。カエデに業務を教えるのは明日からということになっている。
それまでに目の前の問題を片付けなければ。