《未来》ハグ好きなカノジョ Ⅱ
翌日の朝。スマホを見ると、益子からメッセージが届いていた。
『昨日はふざけてしまってすみませんした。こういうのは自分の気持ちを正直に言ったほうがいいと思うっすよ。これから何年、何十年、一緒にいることになるんすから』
何年、何十年……か……。
彼の言う通りだ。自分の気持ちを隠し続けるのは、お互いの為にならないよな。
そして、朝食を食べ、出社する時間。
「いってらっしゃ……」
柔らかそうな胸を押し当てて、俺に抱き着こうとする由姫を、俺は手で制した。
「? どうかしたの?」
「えっとさ……。出社前にハグするの、やめて貰えないか?」
「え……。ど、どうして? そんなに嫌だった……?」
涙目で、この世の終わりのような表情をする由姫。
「違う。嫌じゃないし、すっごく嬉しい。嬉しすぎて……その……」
「?」
由姫は曇りない眼で俺を見ながら小さく首を傾げる。
「その……色々と仕事どころじゃなくなるんだ」
俺が目線を逸らしながら言うと、由姫は察したのか、小さく「あ……」と声を漏らした。
「ごめん。君はそういうつもりじゃないんだと思うけど」
「わ、私こそごめんなさい。その……男の人の事、良く分かってなくて……」
いや、男が皆そういうわけじゃないんだ……。俺の自制心が足りないだけで……。
「わかったわ。ハグはしないようにするわ」
「あ、あぁ。朝以外はいつでも大丈夫だからさ。むしろウェルカム」
「う、うん」
由姫はぱぁと明るい笑みを浮かべた。
「だけど、行ってらっしゃいのハグ以外の何かはしたいわね」
いや、普通に送り出してくれるだけでも、元気百倍なんだけどさ。
由姫は少し考えこむと、横髪を掻き上げながら、こちらへと歩いて来た。
仄かに紅潮した頬。わずかに垂れた眉。とろんとした瞳。
それが近づいてくる。
柔らかく、そして温かいなにかが俺の唇に触れた。
それが何なのか。俺の顔のすぐそばにある赤面した彼女の顔が答えを言っていた。
「こ、これなら良いわよね? 行ってらっしゃいのちゅー」
指先を唇に当てながら、えへへと笑う由姫。
ぷつん。
俺の中で何かがキレる音がした。
気が付けば俺は、由姫を押し倒していた。
「えっと……? あれ? なんで私、床に押し倒されてるの?」
俺はしゅるりと自分のネクタイを緩めながら、慌て始めた由姫を見下ろした。
「なんでこうなってるか分からない?」
「…………なんとなくわかる」
はっきりわかってくれ。
「し、仕事! 早く行かないと遅れちゃうんじゃ」
俺はスマホを取り出し、電話をかける。
「お疲れ様です。すみません、今日の打ち合わせ、午後にリスケして貰えませんか? …………はい。十四時から第三会議室ですね。すみません、よろしくお願いします」
迷いの一切無い素早い動きで、俺は予定をずらした。
「はい。これで昼まで大丈夫」
「あぅ……」
こうして、俺達の間に決まりごとが新しく出来た。
仕事前のハグは禁止。
行ってきますのちゅーはもっと禁止。
理由、俺がバーサーカー化するため。




