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《未来》ハグ好きなカノジョ Ⅰ

 深夜。居間のソファでニュースアプリを見ていると


「何見てるの?」


 と、由姫が後ろからにゅっと顔を出した。


 ふにっと彼女の胸が後頭部に当たっている。しかし、彼女は気にしていないようだった。


「俳優の木佐貫輝喜が結婚したんだってさ」


「えっと、たしか、『花と白銀』の主人公役をしている俳優さんだっけ?」


「そう。相手は元アイドルの堀見萌音だって」


 俺はスマホに写っている、ツーショットを見せた。


「わ。すごい。可愛いし、胸おっきい……」


 いやいや、お前のほうが可愛いし、胸も大きいよ。俺は心の中でツッコんだ。


「それよりお風呂開いたよ」


「ん。今、入る」



 由姫を抱いた日の翌日から、俺と由姫の関係にも変化があった

 なんというか、距離感縮んだ。心のではなく、物理的に。


 さっきみたいに、スキンシップを取ってくる機会が凄く増えたのだ。

 今まで手を繋ぐのも、遠慮していた彼女だったが、一線を越えたせいか、遠慮することは無くなった。


 俺が家に帰ると必ず抱き着いてくるし、俺が家を出る時も、背中に抱き着いてくる。

 彼女的にはいってらっしゃいのちゅーの代わりなのだろう。


 他にもさっきのように俺の近くを通るたびに、後ろから抱き着いてくる。

 その表情は、ぬいぐるみを抱きしめる少女のような。安心しリラックスしている感じだ。


 つまり、下心の一切ない、愛情表現。言わば、猫が体をこすりつけてくるようなものなのだろう。

 

 だが、俺のほうは違う。


 豊満な胸が当たるし、良い匂いがするしで、リラックスなんて全然出来ない。

 毎回、彼女が抱き着いてくるたびに、性欲スイッチがカチッと入る音がするのである。


 特に、出勤前にやられると生殺しだ。


 しかも、少し寂しそうな表情で抱き着いてくるから、なおさら辛い。後ろ髪を引かれる思いで、毎朝出勤をすることになる。


 そんな状態で仕事がはかどるハズもなく


「もう十一時か……」


 珍しく今日は会議が無いので、溜まっていた投資計画の決裁作業をしようと思ったのだが、全然頭に入ってこない。


 午前中に終わらせるつもりが、まだ半分も進んでいない。


「少し気分転換するか」


 俺は社長室を出て、エレベーターに乗る。そして、三階の休憩所へと向かった。


 休憩所には誰もいなかった。電気をつけ、ウォーターサーバーで紙コップに水を入れると、椅子に座って一息ついた。


 あんまりベタベタ抱き着かないでくれって、言ってみるか?

 いや、傷つきそうで怖いな。それに抱き着かれるのが嫌なわけじゃない。

 どちらかといえば、それくらいで煩悩が抑えられなくなる俺が悪いわけで……。


「ううむ……。こんな幸せな悩みがあるとは……」


 俺が頭を悩ましていると


「社長、どうしたんすか? こんなとこでサボりすか?」


 俺に声をかけてきたのは、営業一課の益子だった。


 色黒で短髪の細マッチョ。趣味はサーフィンとフィジーク。子供は二人というイケイケの若者だ。


 歳が同じということで、去年の飲み会で意気投合。それからは敬語であるものの、フランクな感じで話しかけてくるようになった。


「ちょっとした悩み事があって、気分転換だよ。お前は?」


「俺はプロテイン休憩っす」


「なんだそりゃ」


「タバコ休憩が許されるんだからいいじゃないすか」


 益子は持参したプロテインシェイカーに水とプロテインを入れると一気に飲んでいた。


「くぅー。まずい。もう一杯」


 まずいんかい。

 おかわりしたプロテインも一気飲みした益子は、小さくげっぷをすると


「それで悩み事って何すか? 社長の悩みなんて、俺の手に負えるか分かんないですけど、一応訊いときます」


「あー。まぁ、大したことじゃないんだけどさ」


 そういや、コイツは既婚者のうえ、子持ちだったな。大学時代に会った彼女と新卒の歳に結婚したって言っていた。


 コイツなら相談してもいいか。


「俺、先月に結婚したんだけどさ」


「え!? 社長、結婚したんすか!?」


「あれ。言ってなかったっけ」


「おもいくそ初耳っすけど」


 そういや、役員以外には言ってなかったな。政略結婚ということもあるから、社員には漏らさないようにしているのかもしれない。


「すまん。やっぱ他言はしないでくれ。時期が来たら俺の口から話すから」


「了解っす。その代わり、奥さんの写真! 写真見せて欲しいっす」


「えー。嫌だよ」


「俺の奥さんと子供の写真も見せるっすから!」


「…………………………」


 奥さんはともかく、子供の写真は見たいな。可愛いし。

 益子のスマホをちらりと見る。家族写真だ。小顔で美人の奥さんと、四歳くらいの双子の女の子が写っている。


「双子だったのか」


「そうっす。産まれたてはマジ大変でしたけど、今はすっごく可愛いっす。家に帰ると『パパおかえりー』って抱き着いてくるし。俺の筋肉はこの子達を抱っこするためにあるんだって、気持ちになるっすよ」


 益子はマッチョな体をくねくねさせて、自慢してくる。


 俺もいずれ、由姫と子供を作るのだろうか。

 男の子かな。女の子かな。由姫の遺伝子を引いているし、どっちも可愛いだろうなぁ。俺が妄想していると、益子はつんつんと俺の横腹を突き


「ほら、社長も早く見せてください。ハリーハリー」


「ったく。一枚だけだぞ」


 前にデートで撮った時の写真が残っていたはずだ。


 俺は彼に由姫の写真を見せた。


「お…………おおおおおおおおおおおお!? す、すっげぇ美人!」


「だろ?」


「欧米? それともロシア人っすか!?」


「たしか、母親がポーランド人だったかな」


「ほぇー。外人さんの良いところと日本人の良いところのハイブリットって感じっすね。こんな可愛い嫁さんに何の不満があるんすか」


「不満って程じゃないんだけど……」


 俺は悩みを益子に打ち明けた。


 益子はふんふんふんと何度か相槌をうったあと


「なーんだ。そんな事なら簡単っすよ」


 と鼻で笑った。


 マジか。相談してよかった。今度のボーナス、色を付けてあげるよう言ってあげようかな。


「いったい、どうするんだ? やっぱり抱き着くのは夜だけにしてくれって頼むべきなのか?」


「いやいや。そんな事しなくていいっすよ。要は仕事前に抱き着かれると、ムラムラして仕事にならなくなるって事っしょ」


 益子はイケメンフェイスで白い歯をキラリと見せながら、休憩室の外にあるトイレの方向を指差した。


「会社のトイレで一発抜けば解決っすよ」


「お前に相談したのが馬鹿だったよ」


 可愛かったお前の娘達の顔に免じて、夏のボーナスカットはしないでおいてやろう。


 感謝しろよ。


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― 新着の感想 ―
一番手っ取り早いと思うんだけどなぁ、益子さん
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