表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/132

《未来》有栖川由姫との出会いⅡ

 トイレから戻ると、有栖川の姿は無かった。

 会計を済ませ、先に帰ったらしい。

 だが、由姫は残っていた。店の入り口に、親を待つ子供のようにぽつんと立っていた。


「ええっと……有栖川さん……」


「由姫でいいわ……」


 今にも消えそうな小さな声で、彼女は言った。


「じゃあ、由姫さん……えっと、一緒に帰らなかったのか?」


「『抱かれるまで帰ってくるな』って……」


「………………」


 もう怒りを超えて呆れてきた。俺のうんざりとした顔を見て、由姫は申し訳なさそうに頭を下げた。


「ごめんなさい。あぁいう人なの。女は男を支えるための道具って、本気で考えている人」


「あぁ、いるよな……。たまに」


 老害。旧世代の遺物。いや、そんな言葉でさえ生温い。あんなのはただの屑だ。


「ねぇ。なんで、断らなかったの?」


 かすれるような声で、由姫が訊ねてきた。


「貴方、最初は断るつもりだったでしょ? だけど、寸前で思いとどまったみたいだった」


 バレていたのか。俺は正直に答えることにした。


「もし、あそこで断ったら、君がもっと酷い目に合う気がして……」


「…………。優しいのね……」


 由姫は壁にもたれかかりながら、


「正解。もし、貴方が駄目だったら、明日、中王銀行の沼倉さんのところに融資のお願いに行くつもりだったって」


「それは……。危なかったな……」


 中王銀行の沼倉……。名前を聞いたことがある。銀行の重役で、女好きで有名な人だ。

 融資する代わりに、売れないアイドルを喰うのが趣味だとか……。別業界である俺の耳に届くくらいなのだから、間違いないのだろう。


「ひとまず今日はどこかのホテルに泊まってくれ。お金なら出すから」


 タクシーとホテル代なら三万ほどあれば足りるだろう。俺が財布に手を伸ばそうとすると、彼女が俺の背中に抱き着いてきた。

 ふわっとした甘い香水の匂いが漂ってくる。


「ゆ、由姫……さん……?」


「お願い……。一人にしないで……」


 彼女は震えていた。寒さのせいではない。俺の耳元で、今にも泣きそうな声で囁いた。


「一人になったら私、きっと死んじゃうと思うから」


「……………………」


 そこまで追い詰められていたのか。

 俺は、タクシーを拾うと、由姫を先に乗せ、自分も乗り込んだ。

 うちには、客人用の部屋が一室だけある。今日はそこに泊まってもらおう。時間を置けば、少しは落ち着くだろう。


「……………………」


 タクシーに乗っている間、彼女は一言も発することなく、ただ窓に映る高層ビルの光を眺めていた。


「お疲れ様でした。三二四〇円になります」


「カードでお願いします」


 マンションについた俺達はエレベータに乗る。由姫は俺の一歩後ろをついてきた。


「来客用の部屋が一つあるから、そこに泊まってくれ」


「ん……」


 彼女はこくりと頷いた。

 自宅の鍵を開け、廊下の電気をつける。廊下に散乱した脱ぎ捨てた服を拾うと、客室用の小部屋の扉を指さした。


「あそこの部屋を使ってくれ。トイレはそっち。お風呂は……どうする?」


「シャワーだけ使わせてもらうわ。体、冷えちゃったし」


「了解。バスタオルは脱衣所にあるものを適当に使ってくれ」


「ん。ありがとう」


 そう言って由姫は脱衣所に入っていった。

 しゅるりしゅるりと服を脱ぐ音。そして、少ししてから、シャワーを浴びる音が聞こえてきた。


 俺はソファに座って、ぼけーっと天井を見ていた。

 何故か異様に口にたまった唾液をごくりと飲み込む。

 こんなに緊張するの、いつぶりだろう。

 女性経験は豊富とは言わないが、人並みにはある。付き合っていた彼女をこの自宅に呼んだことも何度もある。

 しかし、彼女ほどの美人は初めてだ。そんな彼女がすぐそこでシャワーを浴びている。

 手を出すつもりは無くとも、意識してしまうのだ。彼女の裸体を。


「はぁ。なに考えてんだ、俺は」


 紅茶でも入れて、気を紛らわせよう。

 暖房とホットカーペットをつけ、電気ケトルのスイッチを押した。

 彼女のシャワーは意外と短かった。五分くらいだろうか。バスタオルで体を拭く音が聞こえてきた。


「ありがとう。さっぱりしたわ」


 脱衣所の扉が開き、由姫が出てきた。


「そうか。ドライヤーは洗面所に……え」


 その光景を見た瞬間、俺は手に持っていた紅茶パックの袋を落とした。


 彼女は服を着ていなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ