第45話 舌戦Ⅰ
一週間前。
市の自治会の会合の席に、俺と由姫は参加させて貰っていた。
会合と言っても、公民館で自治会の重役達が出前を取って飲み食いするだけだ。しかし、流石に住宅地の多いこの町。重役だけでも三十人以上はいるようだ。
「それで、何の用だ? 七芒の学生さん達?」
「俺らも暇じゃないんでね。手短に頼むよ」
俺達の前に座っていた中年男二人が机をとんとんと叩きながら言う。
早く呑みたいのでさっさと用事を済ませろという顔だ。
やはり歓迎ムードではないな。
「大丈夫か?」
「大丈夫よ」
アウェー状態で、これだけの大人を相手に話をするのは、由姫にとっても初めてのことだろう。
しかし、由姫は少しもひるむことなく、一歩前に出た。
「お時間を取っていただきありがとうございます。このたびは我が校との交流の再開のお願いにきました」
会場中がざわつく中、由姫は深々と頭を下げた。
この前、菅田先輩から聞いた五年前に七芒学園と自治会が揉めたという件。
今日はその交流再開のお願いに来たのだ。
「初めに謝罪をさせてください。五年前、ご迷惑をおかけしましたことをお詫びいたします」
「そうだな。アンタら学校が周りの住民も気にせず好き放題やらかしたこと、俺達は忘れちゃいねぇ」
「厚かましいお願いであることは重々承知しております」
由姫に合わせ、俺も深々と頭を下げる。
「我々は関係回復を望んでいます。あの問題が起きるまでは、我が校は皆さんと深いつながりがあったと聞いております。白花公園の合同清掃ボランティアに、ひまわり老人ホームへの催し物披露、自治会の皆さまには支援金以外にも、若葉祭への屋台の出店など、様々なサポートをいただいておりました」
生徒会には過去の資料がたくさん残っていた。俺達は十年以上前の記録を調べ上げ、彼らとどのような交流があったかあらかじめ頭の中に叩き込んでおいた。
「ず、ずいぶん詳しいんだね。アンタ、今の生徒会長かい?」
「いえ、私は生徒会ではありますが、会長ではありません」
「ってことは二年生か?」
「いえ、一年です」
「一年!? ってことは、つい最近まで中坊だったってことじゃねぇか!」
会場内が更にざわつく。
「高一ってこったぁ、うちの娘と同い年じゃねぇか。ほぇーしっかりしたもんだねぇ」
「最近の子は皆こんな感じなのかい?」
「いやいや。うちの子はもう三年になるのに、受験勉強せず携帯をぽちぽちいじってばっかだよ」
堂々と話をする由姫を見て、感心する声が大きくなる。
よし! 良い流れだ。俺は心の中でガッツポーズをした。
「なぁ、もう許してやってもいいんじゃねぇのか?」
「そうだな。俺は最近入ったから良く知らねぇけど、昔は仲良かったんだろ?」
「こんな可愛い子にお願いされちゃな……」
やはり。彼らの様子からして、全員が、七芒学園を敵視しているわけではないようだ。
嫌な思いをした一部の住人が周りを巻き込んで騒ぎ立てているのだろう。
「待て待て待て、なに流されようとしてんだお前ら。俺らがどんだけ迷惑をかけられたのか忘れたのかよ」
後ろの方に座っていたアロハシャツの小太りの中年が立ち上がった。
「会長の五十嵐貞夫だ」
そう名乗ると、ガラの悪い歩き方で由姫の方へ詰め寄ってきた。
「俺達が何度苦情を言っても、アンタらは無視を決め込んできやがったんだ。それを一回の謝罪で許すと思ってんのか」
「どうすれば許して貰えるのでしょうか」
「そうだな……」
五十嵐はにやりと嫌な笑みを浮かべる。
「もっとお偉いさんの謝罪があれば、考えてやらんでもないな。ま、考えるだけで、許すと断言は出来ねぇが」
彼を説得できなければ、俺達の作戦は失敗に終わる。
「有栖川……」
「大丈夫。想定範囲だから」
この場に来る前、俺は由姫と一緒に、色んな討論パターンをシミュレーションしておいた。
ただ、今回のパターン。クレーマーのように感情論でごねてきた場合の対応は、一番難しいものだった。
本当に大丈夫だろうか? 心配する俺の表情を察したのか
「貴方は十分頑張ってくれたわ。次は私が頑張る番」
由姫はそう呟くと、凛とした表情で五十嵐と向かい合った。
「一つだけ質問をいいですか? 停止した七芒学園への支援金はもうすべて残ってないのでしょうか?」
「あ? いや、一応貯めてある。前会長の指示でな。もう使うことはねぇだろうし、来年には別予算に回す予定だが……」
「そうですか。でしたら……」
由姫は胸に手を当てながら、にこりと微笑んで言った。
「それを全部、私に投資して貰えませんか」




