第34話 焦りと失敗Ⅱ
「おいおいまじか」
翌日。由姫の作った予算配分書を見て、俺は眉をひそめた。
去年までは部ごとの予算が均一に配分されていたのに対し、今年は部によって差をつけられている。
例えば演劇部は五万円。去年よりも三万円も多い。
対して、小さな同好会は二、三千円と、お小遣い程度の金額となっていた。
「これって……」
「全部を良くするのは無理よ。だから良くするイベントを絞ることにしたの」
「絞る?」
「うん。良いイベントをしてくれそうな部を五つだけ絞って、そこに資金を多めに分配するの。そして、その五つを広報で猛プッシュする。生徒達にはその五つの催しには必ず通って貰えるように上手く配置するの」
「そんなことをしたら、資金が減ったイベントのクオリティが落ちないか?」
「そこは少ない資金でも上手くいくイベントに変えて貰うつもり。今ならまだどの部活も企画段階だろうし、間に合うはずよ」
彼女の言っていることは間違っているわけではない。
これは会社経営と同じだ。赤字を出す事業をカットし、成長しそうな事業に分厚く張る。
成功させることだけを考えるなら、彼女の作戦が一番現実的だ。
だけど――
「俺は反対だな」
「え」
俺の言葉に、由姫は顔をあげた。
彼女のアイデアは、実利しか見ていない。
これは高校のイベントであり、動いているのは十代半ばの子供達であることを考慮すべきだ。
「ここまであからさまに差をつけると、不平不満を言ってくる部活が出てくる」
「仕方ないでしょ。そうでもしないと、良いイベントなんて出来ないんだから。それに、予算を少なくした部は、聞き取り調査でやる気が無かった部よ」
由姫の目の下には大きなクマが出来ていた。
恐らく、徹夜で考えたのだろう。予算書の下書きには何度も消しゴムで直した痕跡があった。
「もっと、部活側のやつらの気持ちを考えた方がいいんじゃないか? これだと、差別されたと感じると思うぞ」
「だったらどうすればいいの!? 何か他に良い案があるの!?」
由姫は拳を握りしめながら叫んだ。
「多少横暴でも、実力があれば黙らせられる。兄さんがそうだったでしょ。若葉祭が成功すればきっと、皆分かってくれるわ」
「…………………………」
結局、多少の見直しはしたものの、予算配分書は部によって、大きく差が開いたものを提出することになった。
そして、俺の不安はすぐに的中することになった。
「去年は二万円だったのですが、今年は一万円なのは何故なのでしょう?」
予算分配書を貼りだした翌日。糸目の女子生徒が生徒会室に来た。
三年の木佐貫先輩。彼女は茶道部の部長だった。
茶道部のイベントは茶道体験。お茶と和菓子を振る舞う催しを毎年行っているらしい。
今年も同じイベントするつもりだったのだが、急に予算が半分になり戸惑っているそうだ。
「去年のイベントの報告書を見たのですが、お客さんは四十名ほどでしたよね。でしたら、一万円あれば全員分の和菓子を買えると思いますが」
「で、ですが、お客さんに出す和菓子は、まるみ堂の最中というのが我が部の伝統なんです。二万円無ければ、四十名分は用意できないです」
「でしたら、今年からもう少し安い和菓子に変えてください」
「そ、そんな……」
「難しいようであれば、安くておいしい和菓子を私の方で探してみますが……」
「っ………………」
淡々と正論を述べる由姫に、木佐貫先輩はたじたじだった。眼鏡越しの彼女の瞳には、「本当に一年生?」という驚きが映っていた。
「わ、わかりました……。一万円で用意できる和菓子を探します……」
そう言って、とぼとぼと部屋を出て行った。
その背中があまりにも悲しそうで、さすがに同情してしまった。
「なぁ、流石に下げ過ぎたんじゃないか? 半分は可哀そうじゃ……」
「仕方ないでしょ。茶道部のイベントは去年。不人気だったんだもの。今年も同じ内容をやるって言うんだし、やむを得ないわ」
一見、冷徹に見える対応だが、由姫も心苦しいのだろう。
その証拠に彼女は下唇を噛んでいた。