第109話 二度目の告白
後日談。
四条達は生徒指導に事の顛末を打ち明け、二週間の停学になった。
その後、警察に被害届を提出。彼らが逮捕されるまで時間はかからなかった。
なんでも、プレジールのメンバー達は、七芒学園以外の高校生にも同じような恐喝を行っていたらしい。他にも被害届が出ていたらしく、捜査中だったそうだ。
俺や由姫も事情聴取に呼ばれたが、恐喝は受けたが、金銭取引は行われていないということで、すぐに終わった。
ただ、そのせいで俺と由姫も巻き込まれていたことが、会長にもバレてしまい、叱られることになった。
「まったく。トラブルに巻き込まれたのであれば、ちゃんと相談してください」
「すみません……」
「まぁ、好きな女の子の前で格好つけたくなる気持ちは分かりますけど……」
「あはは……。次からは気をつけます」
ひとまず、大きな嵐は去った。相談箱の投書はまだ山積みだが、それはこれからコツコツ片付けていけばいいだろう。
それより、問題がある。
「有栖川。休み時間のうちに、資料室の掃除、一緒に……」
「ご、ごめんなさい。今、違う依頼で忙しいから」
そう言って、彼女は教室を飛び出していった。
また由姫が俺を避けるようになったのだ。
「なんなんだ……いったい……」
多人数でいる時は問題ない。
しかし、俺と二人きりになった途端、色んな理由をつけて、どこかに行ってしまうのだ。
カエデに嫉妬していた時の感じとはまた違う。
不機嫌そうな感じではなく、まるで俺と二人でいるのが恥ずかしいような……。
カエデなら何か知っているだろうか?
「カエデ。いるかー?」
「? どうかしたんすか?」
隣のクラスに行くと、男女混じったグループで楽しそうに談笑していたカエデがこちらを振り向いた。
休学復帰してすぐの、グループに馴染めなかった彼女の面影はどこにもなかった。
まぁ、コミュ強だし、当然だけど。
俺が由姫の様子を伝えると
「うーん。それだけだと理由は分かんないっすね」
と彼女は首を傾げた。
「だよなぁ。俺も心当たりはないんだよな……」
強いて言うなら、電車で背中に抱き着いて来た時のことだけど……。
「だけど、一つだけ分かることがあるっす」
カエデは俺の背中をポンと押すと
「逃げる女の子は追いかけた方がいいって、決まってるっす」
と自信気に言った。
「また恋愛経験ゼロのアドバイスか」
「もうゼロじゃないっすよ」
「え……?」
「ほらほら、さっさと行くっす。アタシは忙しいっす」
カエデに背を押され、俺は教室の外に追い出された。
「さっさとくっつかないと――」
「?」
なにやらカエデが呟いたような気がした。
振り返ったが、カエデは既にグループの中へ戻っていった。
「なんなんだ? いったい……」
カエデにも分からないとなると、由姫本人に理由を聞くしかないか。
彼女の言う通り、追いかけてみよう。
それにしても、どこに行ったんだろう。
俺から逃げた後、必ず数分経ったら戻ってくる。その間、どこかにいるはずなのだが……
「…………いた」
校内中を探し回り、やっと彼女を見つけた。
教室棟の屋上に続く階段の踊り場に、彼女は立っていた。
窓ガラスから光が差し込み、スポットライトのように彼女を照らしている。それが彼女の銀色の髪を輝かせていた。
俺を見つけた途端、由姫はぱぁと嬉しそうな表情を浮かべると
「やっと追いかけてきた……」
と小さな声で言った。
もしかして、俺が追いかけてくるのをずっと待っていたのか?
「なんでこんなところに……」
「…………………………………………」
彼女は答えない。仄かに顔を赤らめながら、プイと横を向いた。
この先の屋上の扉は閉鎖されているし、ここに何かがあるわけでもない。
ただ、人が滅多に来ないというだけで……。
「そういえば……」
この場所は、入学した俺と由姫が初めて、しっかり話をした場所だ。
教科書を忘れた彼女に俺が貸してあげて、それを恩の押し売りと勘違いしたんだっけ。
他の男子と同じように、俺が告白してくると思っていたのだ。
さっさと振ってあげるから、はやく告白して来なさいよ。そう言いたげにむくれていた彼女の表情を思い出した。
しかし、今は違う。
由姫は髪をいじりながら、そわそわした様子だった。
まるで何かを待つように……
「まさか……」
俺が告白してくるのを待ってるのか?
この場所に毎回来ているのなら、告白されるならこの場所だろうと、彼女は思っているのだ。
だから、ずっと俺と二人きりになりそうになったら、ここに来ていたのか。
俺が追いかけてきてくれると信じて……
「はぁ……」
俺は頭を抱え、ため息を吐いた。
まったく、どれだけ不器用なんだよ……。
「…………………………」
顔を上げ、由姫を見る。
首のネクタイを締めなおし、深呼吸をした。
「有栖川……」
「な、なに?」
彼女の青色の瞳が俺へと向いた。紅潮した頬を汗が伝う。
平静を装うとしているが、緊張しているのがまるわかりだった。
そんな彼女へと、俺は自分の気持ちを正直に吐き出した。
「断るつもりだろ?」
「!?」
彼女の目が見開かれる。一歩、二歩、後ずさりし
「な、なんで……」
と呟いた。
「バレバレだっての。どれだけ長い間、お前の事見てると思ってんだ」
この場所に来てから、由姫はずっと、下唇を噛んでいた。
あれは辛い事を耐えようとする時の癖だ。
一見、告白を期待するような様子に見えた。だが、どれだけ取り繕っても、その癖だけは隠せていなかった。
彼女は「ごめんなさい」もしくは「返事の時間が欲しい」と言うつもりだったのだろう。
父親との約束。自由に恋愛が出来る権利を得られるまで。
なら俺は待とう。彼女が納得するまで。胸を張って俺の事を好きと言ってくれるその時まで。
「今は告白しない。次に告白する時、それはお前がOKする時だ」
「……………………………………」
格好つけて指をさした俺に対し、由姫はぷっと吹き出すと
「なにそれ。もうそれ、告白してるようなものじゃない……」
そう言ってはにかんだ彼女の笑顔は、未来の由姫にそっくりだった。
 




