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第107話 作戦の裏側

 チンピラ大学生撃退作戦。


 決行二日前。


「……どうだ?」


 俺はカエデに事情をすべて話し、演技の指導をして貰っていた。


「うん。棒読みだった最初とは見違えるくらい良くなったっす」


「そうか」


 俺の作戦は少しのミスも許されない。不慮の事態も考慮して、アドリブが出来るよう、何度も練習しておかなければ。


「少し休憩するか」


「はいっす」


 自販機で缶コーヒーを二本買い、カエデに渡す。


「他に気になるところはあるか?」


「うーん。そうっすね。あとはもう少し、不気味さがあったら良いかと。コイツと関わるのは怖いと思って貰わないといけないので」


「不気味さか……。具体的にはどうすれば良いんだ?」


「そうっすね……。理解出来ない行動をされると、人は恐怖を感じると言われてるっす」


 カエデは缶コーヒーを開け、一口飲むと


「例えば、ここでアタシがこの缶コーヒーを鼻から飲みながら、奇声をあげて走り出したらどうっすか?」


「たしかに、怖いな……。関わりたくない」


 理解できない行動か……。


 喋る内容は簡潔かつ、最小限にしたい。言葉が増えれば、ボロも出やすくなる。


 となると、身振り手振り……?


「なに悩んでるんすか。不気味さを出すだけなら、簡単じゃないっすか」


 カエデは飲み終えた缶コーヒーをゴミ箱に捨てると、両手の指を頬に当てて


「笑えばいいんす」


 と笑いながら言った。


「笑う?」


「今回の作戦はヤクザの金を盗むっていう、破滅行為をしているわけです。怯えながらヤクザの金を盗む奴と、笑顔でヤクザの金を盗む奴、どっちが不気味か言うまでもないっすよね」


「な、なるほど……」


 笑う……か。


「こんな感じか?」


「ちょっと笑顔が堅いっす。もっと自然な表情で」


 カエデは俺の頬を両指でつつくと、強引に笑わせようとする。


「うりうり」


「やめろ。くすぐったい」


 俺がカエデの手を掴んで引きはがそうとしていると


「ここにいたのか」


 管理棟のほうから菅田先輩がやってきた。


「約束のものだ」


 そう言って俺に渡したのは、ボイスレコーダーだった。


「ありがとうございます」


「正直、使い物になるか分からないぞ。俺なりに必死にやったが……」


「いや、先輩以外に適任な人いませんって」


「そうっすよ。声優目指してるなら、うちの事務所を紹介したいくらいっす」


「いや、二度と御免だ。ヤクザの真似なんざ」


 菅田先輩はげんなりした表情を浮かべた。


 ヤクザの親役だが、菅田先輩に協力して貰った。

 初めは電話で直接話して貰う予定だったが、カエデの提案で録音に変更した。

 ひたすら怒鳴るだけなら、何度も録音して、一番良く演技出来たものを使うほうが良いとのことだ。


 俺はイヤフォンを刺し、内容を確認する。


『てめぇ! 正修ィ! 何のつもりだコレは!』


 雷に打たれるような低く重い怒声が、鼓膜をつんざいた。


「おぉ……。凄い迫力……」


 彼の低い声は演技にぴったりだと思ったが、想像以上だ。ドスを利かせるとモノホンにしか聞こえない。高校生が喋っているとは誰も思わないだろう。


 ちなみに、演技の指導はカエデにやって貰った。何度もリテイクをさせられたのか、先輩の声は少し枯れていた。


「鈴原……。協力した代わりだが……」


「わかってますよ。誰にも言いません」


 菅田先輩は初めは渋っていたのだが、この前のアキバでいかがわしい同人誌を買っていた事を黙っておくという契約で、協力して貰った。


「なになに? 二人とも何の話っすか?」


「男と男の大事な話だよ」


「じゃあ、俺はこれで」


 カエデに突っ込まれる前にと、菅田先輩はそそくさと帰っていった。


「じゃあ、カエデ、実行役は頼んだ」


「はいっす。電話がかかってきたら、アタシがこれを携帯のマイクの前で流せばいいんすね」


 俺はカエデにボイスレコーダーを渡した。彼女はそれをきゅっと握ると


「上手くいくっすかね……?」


 珍しく、不安そうな表情を浮かべた。


「一番の懸念はお金が偽物だとバレないかっす。確かめられたら一発でアウトっすよ」


 さすがに、本物を用意する事はカエデ達に話せるわけもなく、表面だけ本物であとはただの紙を使うつもりだと言っている。


「バレたら、袋叩きにされるんじゃないっすか?」


「まぁ、俺がボコられて終わりならいいや。それで有栖川を守れるなら安いもんだ」


「安いもんって……。まさやん、ちょっと格好つけすぎっすよ」


「男は好きな女の子の前では、格好つけたくなるものなんだよ」


「あはは。悟ったみたいに言うっすね。ジジクサいっす」


 うっせー。ほっとけ。


 カエデは自販機に背を預けると、空を眺めながら


「ねぇ、まさやんは、有栖川さんの事、どうしてそこまで好きになったんすか?」


 と訊ねてきた。


「なんだ急に」


「前言ったじゃないっすか。アタシ、初恋がまだだって」


「あー。言ってたな」


「前から悩んでいたんす。仕事で恋する女の子の役をする際、いまいち役に入りきれないというか……」


「恋する女の子の気持ちが分からないのか」


「はい」


 カエデはこくりと頷いた。


「まさやんに恋してる演技を思いついたのも、練習に丁度良いと思ったからっす」


「そうだったのか。でも、上手だったと思うぞ」


「全然っす。ラブコメ漫画とかで勉強したものをそのまま試しただけなんで。本当の恋って、こんなもんじゃないと思うんすよ」


 まぁ、それはたしかに。


 カエデの行動は、ラブコメ漫画に出てくるような行動ばかりで、リアルの恋する女の子のものとは、少しズレがある気もする。


「だから知りたいんす。人を好きになる……恋をした時の気持ちを」


 いつになく真剣な表情の彼女に、これはきちんと答えてあげるべきだなという気持ちになった。


「俺が由姫を好きになった理由は……」


 俺はタイムリープ前の未来の事を思い出す。


 一目惚れ……? いや、たしかそれだけじゃなかった。

 彼女が愛おしいと思ったのは、泣いている彼女を笑顔にしたかったから。


 それは初めて会った時も、この時代も変わらない。


 どちらの彼女も助けを求めていて、その手を取ってあげたい。そう思ったからだ。


「ほうっておけなかったから……かな」


「!」


 俺の解答に、カエデはなんだか驚いた表情を浮かべていた。


 そして、しばらく呆然としたあと、ぷくっと頬を膨らませたかと思うと


「えいえい」


 俺の脛をゲシゲシと蹴り始めた。


「いででで! なにすんだ!」


「女ったらしに制裁を加えてるっす」


「? どういうことだ?」


「ほうっておけなかったからって、まさやんが小学校で私を助けてくれた時と、同じセリフっす」


 え。まじで?


 そういえば、カエデをいじめっ子グループから助け出した時、そんな理由を言ったような……。


 でも、そんな事、よく覚えていたな。


「まさやん。もう一つ、質問いいっすか?」


「なんだ?」


「なんでアタシ、まさやんの足蹴ってるんすかね……」


「俺が聞きたいよ!」


 ふざけているわけではなく、本当に分からないらしい。


 カエデは小さく首を傾げて、自分の胸に手を当てる。


「有栖川さんを助けた理由がアタシの時と同じだって分かった時、なんか胸がもやもやしたっす。こんなの初めてで……気が付いたらまさやんの足を破壊すべく、体が勝手に……」


 彼女は顎に手を当てると、なにやら考え込んでしまった。


「カエデ……」


「ちょっと黙るっす! 今、自己分析をしてるんで!」


 真剣な表情で、彼女は考え続ける。


 そして、しばらくして


「!」


 なにかに気づいたのか、ずっとうつむいていた顔を上げた。


「っ~~~~~~~~!」


 だんだん、彼女の顔が赤くなっていく。


 普段の彼女とは違う、恥じらう乙女のような表情だ。


 この表情は一度だけ見たことがある。たしか、由姫に宣戦布告の演技をした時だ。


 だけど、なんで今、その表情を……?


「え、うそ……。この気持ちが……」


 カエデはうつむいたまま、なにかぶつぶつと呟いていた。


「マジでどうしたんだ、急に」


「うぉおお! アタシに近づくなっす!」


 俺が近づこうとすると、カエデは慌てて距離を取った。


「これ以上、近づくと大変なことになるっす! 学校が吹き飛ぶっすよ!」


「え!? なに、お前、自爆機能ついてんの!?」


 カエデは腕で口元を隠しながら、後ずさりすると


「すみません。作戦決行日までには元に戻ってるんで!」


 と言って、走り去ってしまった。


「なんなんだ、いったい……」


 たまによく分からない行動をする彼女だったが、今回は特に分からなかった。

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― 新着の感想 ―
キャーッ!これが青春!イイ!凄くイイ!
ミイラ取りがミイラに…
あらあら?
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