第106話 密着の真相
「良かった……。なんとか、取り出せた……」
夜。
私はふらふらとした足取りで自分の部屋に戻ると、ベッドに倒れこんだ。
私の手には、黒いボイスレコーダーが握られていた。
これを鈴原くんの鞄のサイドポケットにこっそり忍びこませておいたのだ。
彼がアイツらとどんな話をしたのか、知りたかったからだ。
だけど、問題は回収方法だった。
戻ってきた鈴原くんは、鞄を逆向きに持っていて、サイドポケットが内側になってしまっていたのだ。
ずっと隙を伺っていたけど、全然チャンスは来なかった。
だから、奥の手で、満員電車の中、体に触れることで取り戻すことに成功はしたけど……
「お礼って何! もっと良い言い訳の仕方あったでしょ!」
私は枕をベッドにバンバンと叩きつけながら、叫んだ。
あの時は焦ったのと、事件が解決した安心感で、変なテンションになっちゃってた。
冷静になった今なら、あれがどれだけ変な事を言ったのか、改めてよく分かる。
前に鈴原くんにお礼をしたのは、お弁当だった。だけど、今回は全然違う。
若葉祭の後、泣いていた私を抱きしめてくれた事があったけど、あの時はそれどころじゃなかったし、私から抱き着くのは初めてだった。
おもいっきり、胸とか押し当てちゃったし……。
というか、絶対心臓の音聞かれた!
めちゃくちゃドキドキしてるの、バレた!
「うううううううううう~!」
私は枕に顔をうずめながら、ありったけのうめき声をあげた。
タイムマシンがあるなら、今日のお昼に戻りたい。やりなおしたい!
「………………………………」
声を出したら、少し落ち着いた。
もう、やっちゃったことはしょうがない。明日、鈴原くんと会った時、変に意識しないようにしないと……。
全然気にしてませんけど、なにか? みたいな感じでいこう。
それより、ボイスレコーダーだ。
彼は「警察に言うって脅し返した」って言っていたけど、あれは嘘な気がする。
いったい、どんな方法で、解決したんだろう?
私はごくりと唾を飲み込むと、ボイスレコーダーを再生した。
『……金……だ…………どう………………か』
『ハッ…………く………………出来…………』
私はがっくりと肩を落とした。
駄目だ。全然、音が拾えていない。
お金だとか、説明だとかヤバいとか、途切れ途切れの声しか聞こえてこない。
あれだけ頑張ったのに……。
『そういえば、鈴原くんって、本当に有栖川さんと付き合ってないの?』
「!!!???」
急にボイスレコーダーの音がクリアになった。え。これ、四条くんの声?
ガサガサとノイズが入る。多分、鞄を持ち上げた音だ。
そっか。鞄から離れた場所で話していたから、音が拾えなかったんだ。
『またその質問か。残念ながら、付き合ってないよ』
『だって、有栖川さん、鈴原くんのこと、凄く心配していたし』
余計な事、言わないでよ! 私はボイスレコーダーの中の四条くんに苛立ちを覚えた。
だけど、この後の言葉を聞いて、その感情は一気に消し飛んだ。
『そろそろ、もう一回、告白してもいいかもな』
「っ……………………」
鈴原くんの優しい声を聞いた途端、私の中に二つの大きな感情があふれ出した。
私の事がまだ好きだと言ってくれる安堵。
そして、その告白がいつ来るのかという、緊張感だった。
どうしよう……。い、いったい、いつ、告白してくるんだろう……。
嬉しい。でも、まだ父さんの許しは貰えてない。
だけど、また断るのも……。
「うぅ……」
電車での抱き着き。そして、いつ次の告白が来るのかという緊張感。
私の脳内回路は今にも焼ききれそうだった。
「あーもう!」
私は布団をかぶって、頭の中の情報をすべてシャットアウトした。
だけど、心臓の高鳴りだけは消えてくれなくて。
妙に熱くなった布団の中で、私は自分の心臓の音を一晩中聞くことになったのだった。