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第105話 帰り道

 五分後。スナック澪の中は、俺と四宮だけになっていた。


 まず、アゴ髭が逃げ出し、それにつられるように他の奴らも次々に逃げだした。

 彼らがどこに向かったかは分からない。家に帰って震える者もいれば、警察に駆け込む者もいるだろう。


「あー。しんどかった」


 演技をするのがこんなに疲れるとは。俺は床にへたり込んだ。


「カエデの奴、こんなのを昔からずっとやってんのか。よく神経持つな」


 汗がべっとりにじみ出た手で、苦笑いを浮かべながら髪を掻き上げる。


 そんな俺を見て、四条がやや引きつった顔で……


「す、鈴原くんって、ヤクザの親分の息子だったりするの?」


「んなわけないだろ。どこにでもいる一般家庭だよ。つーか、ヤクザなんて言葉、俺は一度も使ってないぞ」


 そんなことしたら後で色々面倒くさくなるからな。あっちが勝手に勘違いをしただけだ。


「だけど、こんなお金どうやって……」


「あー。表と裏の一枚だけ本物を使って、残りはただの紙だよ。一千万とか用意出来るわけないじゃん」


「そ、そうだったんだ。全然気づかなかった」


 もちろん、嘘だ。そんな事したら、間違いなくバレる。


 これは全部俺のポケットマネーだ。タイムリープ後、金を増やしておいて、本当に良かった。


 さすがに、現ナマを引き出すのは父さんに頼むことになった。

 想像していた金額の何倍も稼いでいたことを知って、さすがの父さんも目を白黒させていたし、「何のために使うのか?」と問い詰められた。


 だけど、「好きな女の子を救うために、どうしても必要」だと真剣な表情で言うと、何も言わず協力してくれた。


 俺は床にばらまいた札束をスポーツバッグに詰め込み直した。

 俺の役目はここまでだ。


 今まで恐喝で取られたお金を取り戻すのと、アイツらを捕まえるのは警察の役目だ。


「さて。さっさと有栖川達のところに戻るか。心配してるだろうし」


 カウンターに置いていた学生鞄を拾い、スナックを出た。


 俺の後ろをついてきた四条が


「そういえば、鈴原くんって、本当に有栖川さんと付き合ってないの?」


「またその質問か。残念ながら、付き合ってないよ」


「だって、有栖川さん、鈴原くんのこと、凄く心配していたし」


 たしかに。それは凄く嬉しかった。


「そろそろ、もう一回、告白してもいいかもな」


「え……」


 やべ。無意識に口に出していた。


 さっきまでの演技のせいで、変なテンションになってるみたいだ。


「そ、そんなことより、約束はちゃんと守れよ」


「う、うん。わかってる。明日、生徒指導の先生に正直に話すよ……」


「そうしろ。煙草なんか吸ったところで、全然格好良くならないぞ」


「うん。本当の格好良さっていうのが、今日、分かった気がする」


 四条はなんだか、さっぱりした表情になっていた。


「あ、最後に一つだけ教えて欲しいんだけどさ」


「?」


「どうやって、レイジさん達の本名を知ったの?」



     ***



 逃げ出した彼らと鉢合わせしないよう、由姫達にはビルから少し離れたところにあるコンビニの駐輪場に避難して貰っていた。


 先にビルから降りた四条が、作戦が成功したことを伝えていたのか、綱川と吉江はほっとした表情を浮かべていた。


 その中で唯一、由姫だけが心配そうな表情をしており、俺を見るなりこちらへと駆け寄ってきた。


「大丈夫!? 怪我とかしてない……?」


「平気平気。胸倉掴まれはしたけど、殴られたりはしてないよ」


「そ、そう……」


 心底安心したように、由姫は肩の力を抜いた。


「それで、どうやってアイツらを言いくるめたの?」


「俺の親が警察官だってハッタリをかましたんだ。写真を消して、恐喝を止めないとお前らの事を言うぞって」


「え……。ほ、本当にそれだけ?」


 肩透かしを食らったように、由姫は驚いた顔をする。


「あ、あいつら、警察にバレるのだけは本当にまずいって、前から言ってたんだ。だからだと思う」


 慌てて、四条がフォローしてくれた。ナイスだ。



「鈴原くん、本当にありがとう……」


 改めて、三人から礼を言われ、俺達は駅前で別れた。


 俺や由姫とは違い、彼らは地下鉄のようだ。


「んじゃ、俺達も帰るか」


 駅の改札に向かおうとしていると、俺の制服を由姫がきゅっとつまんだ。


「ね、ねぇ、少しだけお茶してから帰らない?」


「え」


 寄り道はしようとしない彼女が、そんな提案をしてくるとは。

 俺がびっくりしていると


「ほ、ほら。アイツらとどんな話をしたのか、もっと詳しく教えてほしいの」


 と慌てて言った。


「あー……」


 それについては話したくない。ボロが出るかもしれないし。

 あと、このスポーツ鞄に入ってる一千万を早く持って帰りたい。


「今日は疲れたから、また今度にしよう。な?」


「そ、そう……」


 どうしたんだろう。がっかりしたというより、何か焦っているような感じだった。


 それに、彼女の視線……。さっきからずっと俺の学生鞄をじっと見ている。


 鞄に付けているストラップが気になるのだろうか? でも、猫じゃないし、由姫の好みとは違う気が。


『電車が到着します。白線の外側に並んでお待ちください』


「この時間の電車はやっぱ混むな」


「そ、そうね」


 電車は俺達が乗る前から満員だった。朝の通勤ラッシュ並みじゃないだろうか。


 俺と由姫は後ろに並んでいたサラリーマン達に押され、連結部分のドアの近くまで押し込まれてしまった。


「っ………………」


 おいおい。マジか。既にぎゅうぎゅうなのに、まだ乗ってくる。


 俺の目の前には、壁に背をついた由姫がいる。

 気が付けば俺は、壁ドンのような体制になってしまった。

 由姫に触れないよう、耐えるような姿勢だ。少しでも力を抜けば、彼女に密着してしまう。


「すまん。ちょっとこれ以上は離れられない」


「わ、わかってる。ぎゅうぎゅうなんでしょ」


 俺と由姫の顔の距離は、二十センチも離れていない。彼女の髪の匂いがわかるくらいの距離だった。


 由姫の方も恥ずかしいのか、きゅっと体を小さく丸めていた。


「うぐぐ…………」


「な、なに変顔してるのよ」


「いや、これは力を入れておかないと……うぉ!」


 電車が左に曲がり、更に体重がかかる。

 体中の全筋肉を総動員し、耐えていると、それに由姫が気づいたようだった。

 彼女はきゅっとスカートの裾を握ると、目を逸らしながら


「き、きついなら無理しなくていいわよ……。怒ったりしないから」


 と言った。


「まじで? 今、力を緩めたらがっつり密着するけど」


「ふ、不可抗力だからしょうがないでしょ」


 まさかお許しが出るとは思わなかった。というか、これ、密着っていうより、抱きしめるような感じになるんじゃ。


「そ、その代わり、後ろを向いて。恥ずかしいから……」


「わ、わかった」


 ブレーキがかかった時を狙い、俺は腕の力を緩め、くるりと後ろを向いた。


 しかし――


『下板橋―。下板橋―』


 次の駅に到着し、ぎゅうぎゅうだった駅内が少し緩和した。


「あぁ……」


 自分でも信じられないほど情けない声が、口から漏れてしまった。

 せっかく由姫と密着出来ると思ったのに……。


 邪な想いを持った罰だろう。俺はため息をつ――


「!!!!????」


 俺の背中に、柔らかい感触がふにっと当たった。

 柔らかい。そして、温かい。


「あ、有栖川……?」


「ふ、振り向かないで!」


 後ろを向こうとした俺を、由姫は俺の上半身に手を回す形で止めてきた。これ、ハグされてるって事だよな……。


 だけど、なんで……? 乗客は多いものの、さっきほどの窮屈さではない。俺の体も由姫のほうに倒れたりしていない。


 つまり、由姫のほうから密着してきたのだ。


 未来の由姫とは違い、やや小さめの胸。しかし、その感触はしっかり柔らかい。

 服越しでも、感触、体温、それどころかトクントクンという彼女の心臓の鼓動まで感じられるほどだった。


「これは……わ、私を助けてくれたお礼みたいなものだから」


「お礼って……」


 あれ? この時代の由姫って、こんなに積極的だったっけ!?


 駄目だ。不意打ちを喰らったせいで、全然頭が動かない。

 ただ、この時間がずっと続けばいいのに。そう思った。

 しかし、そういうわけにもいかず


『池端―。池端―』


 一分もしないうちに、由姫の降りる駅についてしまった。ドアが開いた途端、彼女は俺から離れると


「そ、それじゃあまた明日!」


 と言って、乗客をかき分けると、すごい勢いで走り去った。その表情は分からなかったが、一瞬見えた彼女の顔は夕焼けの色のように真っ赤だった。


「ゆ、夢じゃないよな……」


 俺は頬をつねってみる。うん。しっかり痛い。


 多分俺は一生、あの背中の感触を忘れないだろう。

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