第104話 大学生VS高校生(体だけ) Ⅴ
一週間後の放課後。奴らがたむろしているスナック澪のあるビルに俺達は来ていた。
俺、由姫、そして四条、綱田、吉江の三人。
「ほんとに一人で行くの……?」
由姫が不安そうな顔で俺の服の袖を掴む。
「あぁ、一人の方が、もしもの時に動きやすいからな」
「もしもって……。危ない事をする気なの?」
「そうならないように気を付けるつもり」
否定をしなかった俺に、由姫は更に不安そうな表情になる。
「平気平気。俺、通信空手習ってるから」
「…………………………」
ギャグのつもりだったが、真面目に心配されてしまった。
俺はちらりと四条達を見ると
「じゃあ、ボディーガードに四条に来て貰おうかな」
「え!? ぼ、僕!? 喧嘩とか出来ないよ」
「冗談だ。単純に、解決した際の証人が必要だから、来て欲しいんだ。入り口付近で立ってるだけでいいからさ」
「そ、そういうことなら……」
四条はズレた眼鏡を直すと、渋々という感じで頷いた。
「あと気になってたんだけど、その鞄は何?」
「あー。これか」
由姫は俺が学生鞄とは別に手に持っている、黒色のスポーツ鞄を指差した。
「交渉の道具……かな。大したものじゃないよ」
俺はスポーツ鞄を背負いなおすと、ビルの階段へと向かった。
「じゃあ、行ってくる」
「気を付けてね」
「あぁ」
奴らは今日も中にいるようだった。扉の向こうから彼らの騒ぐ声が聞こえてくる。
「よし。じゃあ、行くか」
深呼吸をし、俺は扉を開け、中に入った。
「よっしゃ、ブル」
「いやいや、今のライン超えてたろ! ノーカンだノーカン!」
スナックの奥。レイジ達はダーツをやっていた。
五人。前と同じメンバーだ。
床には酒の空き缶が転がっている。今日も昼間から飲んでいるようだ。
「ん。おい、誰か来てんぞ」
「四条……と……。誰だっけ? たしか、可愛い銀髪の子と一緒にいた……」
「七芒学園、生徒会役員の鈴原です。今日は金を払いに来ました」
「え。マジか」
レイジは意外だったのか、目を丸くした。
「どいつもこいつも、金を持ってくるのは期限ぎりぎりなんだけどな。お前は優秀だな。将来、仕事の出来る人間になるんじゃねぇか?」
皮肉たっぷりの言葉を言いながら、レイジは煙草を灰皿に置くと、俺の方へ歩いて来た。
「これ、いつまで続くんですか?」
「お前らが高校を卒業するまでだ。俺らも鬼じゃねぇから、それくらいで許してやる」
「そうですか。なら……」
俺は持っていたスポーツ鞄のジッパーを開く。
そして、おもむろにその中身を床にばらまいた。
「面倒なんで、一括払いでもいいですか」
「は?」
レイジ達の顔が引きつった。
彼らは全員、床に散らばった【札束の山】を見つめたまま、固まっていた。
「俺と有栖川、綱田、四条、吉江。全員の金、三年分です。少し多いかもですが、多い分には問題ないですよね」
少し間が開いて、彼らは床に転がった札束に慌てて駆け寄った。
「ま、まじかよ……」
「一つ百万だろ。ひーふーみー……こ、これ、一千万近くないか?」
「に、偽札だろ?」
「いや、だけどさ……」
ガタイの良い天パ男が札束の中から一枚、万札を抜き、透かして見せた。
「ほ、本物にしか見えないぞ……」
当たり前だ。全部本物だからな。
「由姫が大企業の社長令嬢ということは調べたみたいですけど、俺の親の職業までは調べてなかったみたいですね」
「職業……?」
「そういう公に出来ない金を沢山取り扱う仕事ですよ」
俺はわざと不気味な笑みを浮かべながら言う。
「それは全部、俺の親の金です。金庫からくすねてきました」
あっけらかんと言った俺に、彼達の顔色が悪くなっていく。
「おい。これ、ヤバい金なんじゃねぇか?」
「公に出来ない金を扱う仕事って……ヤク……」
「はったりだ! そんな都合良い話があるか!」
レイジが一喝する。だが、そのレイジも動揺しているようだった。
「だ、だけどよぉ。この金をどう説明するんだよ。どっからどう見ても本物だぜ?」
「こ、高校生がこんなに金を持ってるわけねぇだろ! 親の金ってことは間違いねぇ」
「親のキャッシュカードを奪って、引き出したんじゃないの……?」
「だけど、子供が一千万は引き出せねぇだろ」
「い、家の金庫にあったとか……?」
「だとしても普通、一千万も現金を家に置かないだろ。あるとしたら、銀行に入れられない金……表沙汰に出来ない金だ……」
「ってことは、本当に……」
彼らの手から札束がぽろりと零れ落ちた。数万円なら喜んで手にするのに、それが数百万になると、恐怖心を覚える。
彼らは全員、二十歳そこらの大学生だ。札束を触るのは初めてなのかもしれない。
「な、なんだなんだお前! なにが目的なんだ」
「貴方達の恐喝をやめさせたい。それだけですよ」
俺はバッグに残っていた最後の札束を取り出し、彼らに見せつけるように放り投げた。
「とはいえ、苦労しましたよ。父さんに頼んでも組員は動かしてくれませんからね。だから、動かざるを得ない状況を作り出しました」
俺はにやりと笑みを浮かべながら言う。
「貴方達に金を盗むように脅されたって、手紙を残してきました。多分、今頃大騒ぎになってると思いますよ」
一番近くのアゴヒゲ男が、俺の胸倉を掴んだ。
「て、てめぇ! ふざけんな! 俺達を巻き込もうってのか!」
「巻き込むっていうか、道連れですね。俺もただじゃすまないので」
「お、俺達は数万持って来いって言っただけだ! こんな大金……」
「そうですね。ですが、事務所から金が無くなり、その金はこうして、貴方達のアジトにある。この事実を見て、どう思うでしょうね?」
「っ! このクソガキ……」
アゴヒゲ男が俺を殴ろうと、拳を振り上げた時だった。
PRRRRRRRRR。
俺のポケットの携帯が音を立てた。
「多分、親父からですね。残した手紙を見たんだと思います」
胸倉を掴まれたまま、俺は携帯をポケットから取り出す。
そして、スピーカーモードに設定し、通話ボタンを押した。
『てめぇ! 正修ィ! 何のつもりだコレは!』
まるで雷が落ちたような男の低い声が、辺りに響き渡った。
『オイ! 聞こえてんのか! その金が何に使うモンか理解してんだろ!』
すべての言葉に濁点を付けたような、がなり声だった。
『お前に命令した奴もそこにいるのか!? オイ! 黙ってねぇで何か言え!』
「ひっ……」
俺を掴んでいたアゴヒゲ男が手を放し、後ずさりをする。
『舐めた真似しやがって……。おい。ぜってぇそこから動くんじゃねぇぞ! 分かっ――』
ブツリ。
俺は通話を切ると、携帯の電源を落とした。
「……だそうです」
レイジ達の顔からみるみる血の気が引いていく。
「れ、レイジ。これ、マジでヤバくない……?」
「そ、そうだよ。ヤクザが出てくるとか聞いてないんだけど!」
「だから俺はヤバいって言ったんだ!」
「はぁ! ふざけんな! 言い出しっぺはお前じゃねぇか!」
彼らは不安そうな表情のまま、喧嘩を始めた。
「喧嘩してないで、早く逃げたほうがいいですよ」
俺は彼らを一人一人、舐るような視線で見ながら言った。
「野宮俊吾さん。武田敏明さん。五味優香さん。須賀真紀さん。……そして、リーダーのレイジこと、神園晃さん」
「え……」
「な、なんで俺らの本名を……」
大金を見せた時よりも、彼らは驚いていた。
ずっと偽名で呼び合っていた彼らにとって、名前がバレるというのは考えてもいなかったようだった。
「し、四条、てめぇかぁ!?」
「え。ち、違います! ぼ、僕、レイジさん達の本名なんて知らない……」
四条は涙目で首をぶんぶんと横に振った。
「貴方達の本名を調べたのは、彼じゃないですよ」
「じゃあ、誰が……」
「俺の知り合いですよ。貴方達の大学。あと住んでいる場所も調査済みです」
「っ……………………」
彼らの中で何かが折れたような音がした。
レイジは床に両手をつくと、頭を下げ
「わ、わかった。お、俺達が悪かった。許してくれ!」
と懇願してきた。
「写真もバックアップデータも消す! 今まで巻き上げた金も……す、少しずつだが返す! だから――」
「だから、親父達を説得しろと?」
「あ、あぁ! そうだ!」
俺はポリポリと頬をかくと
「いや、無理ですよ。だって、もう謝ったところでどうにもならないですし」
と平坦な声で言った。
「俺に貴方達は救えません。ただ、貴方達を助けてくれる人はちゃんといますよ」
「え。だ、誰……?」
ごくりと唾を飲み込んだ彼らに、俺は当たり前の答えを叩きつけてやった。
「日本には、警察っていう市民の味方がいるじゃないですか」