第102話 大学生VS高校生(体だけ) Ⅲ
「大変なことになったな……」
ビルから出たあと、俺はひとまず落ち着いた場所で話をしようと提案した。
近くの喫茶店に入ったものの、場の空気は最悪だ。
「とりあえず、アイツらとの関係。あと、なんであの写真を撮られたか話せ」
「う、うん……」
ずっと黙り込んでいた四条は吉江、綱田と顔を見合わせ、ぽつりぽつりと話し始めた。
あいつらと会ったきっかけは、偶然だったという。
ゲーセンで遊んでいた綱田がさっきいた五人組の一人、シオンという女に声を掛けられ、逆ナンされていると勘違い。
七芒学園生であることを話すと、「頭良いんだ。そうだ、合コンしたいんだけどさ。彼女募集中の友達いない?」と声を掛けられ、四条と吉江を紹介。
その合コンの場で、飲み物に酒を混ぜられ、酔った勢いで喫煙。写真を撮られ、脅された。
「………………………………」
馬鹿だろお前ら、と言いたくなったが、俺はぐっとこらえた。
若い頃の失敗は俺にもある。大学生の時、ナンパしてきた女の子についていったら、宗教勧誘だったパターンとか。
男子高校生なんて、差はあれど、みんな馬鹿だ。色々な失敗をして、大人になっていく。
こいつらの場合、その失敗の代償があまりにも大きすぎただけだ。
「本当にごめん……。二人を巻き込んで……。だけど、本当にもう限界だったんだ……」
涙を流しながら、土下座するように、彼らはテーブルの上に額を擦り付けた。
「……………………………………」
正直、二つ返事で許したくはない。
俺だけならともかく、由姫も危険に巻き込んだからな。
だけど、彼らを責めたところで、問題は解決しない。
「有栖川。どうする?」
「起こってしまったことを責めても何にもならないでしょ。これからの事を考えましょう」
「だな」
由姫も同じ考えで少しほっとした。
彼女は立ちあがると
「ひとまず、今日はもう遅いし、帰りましょう。明日、皆で集まって、どう立ち回るか決めるってことで」
と言った。
あれ……?
彼女の行動に、俺は違和感を感じた。
重要な問題は早めに解決するのが信条の彼女が、明日にする? いくら時間が遅いからとはいえ、まだ夕方の六時だ。
「明日の昼休み、生徒会横の空き教室に集合して。それまでの間は、何か良い解決案が無いか、皆で考えましょう」
そう言って由姫は会計伝票を手に、レジへと向かっていったのだった。
***
俺達が別れて三十分後。
完全に日が暮れ、街灯が灯り始めた中。
スナック澪のある廃ビルの前に、由姫は立っていた。
彼女は不安そうな表情で、胸に手を当てる。
目を閉じ、何度か深呼吸をすると、意を決したようにビルの階段へと向かおうとした。
「待った」
そんな彼女を俺は後ろから呼び止めた。
「え」
由姫は振り返り、俺がいることに驚いたのか、目を見開いた。
「どうして……。帰ったんじゃないの?」
「喫茶店で別れてからずっと、お前をつけていたんだ」
彼女は家に帰る電車に乗ることなく、駅前の家電量販店に入った。
そこでボイスレコーダーを買うと、その足でまた、ここに戻ってきたのだ。
「明日、皆で話し合うんじゃなかったのか?」
「……………………………………」
俺は知っている。
由姫は後ろめたい気持ちで嘘をつく時、視線を逸らす癖がある。
今回もそうだった。彼女はあの時、あからさまに視線を逸らした。
だから、「今日は帰って、明日また話し合いましょう」というのは嘘。
彼女は一人で、解決しようとしていたのだ。
「ボイスレコーダーで、恐喝の証拠を録音するつもりだったんだよな」
「…………………………」
図星だったのか、彼女は悔しそうな顔でうつむいてしまった。
「……そ、そうよ。だけど、悪くない作戦でしょ? 警察に通報するにしても、証拠があるかどうかで対応も変わってくると思うし……」
たしかに、悪くない作戦だ。
だけど――
「それは盗聴にバレないように、演技出来ることが前提だ」
演技の下手な由姫だ。そんな事をすれば、一発でバレるだろう。
「もしバレたら、どうなるか。それが分からないわけじゃないだろ?」
「…………」
由姫は悔しそうな表情で、呟いた。
「なんでそう一人で背負いこもうとするんだ……。この前の若葉祭で約束しただろ? 皆で頑張ろうって」
「……………………………………」
由姫は目に涙を浮かべて、完全に黙り込んでしまった。
少し言い過ぎたか。
「悪い……。悔しかったんだよな……。あんな奴らに好き放題言われて」
だが、由姫はふるふると首を横に振った。
「そうじゃない……」
「?」
「悔しいのは、あの時、言い返せなかったからじゃない……」
きゅっと拳を握って、体を震わせながら、絞り出すような声で彼女は言った。
「貴方を巻き込んだ自分自身を許せないの……」
由姫の目からぽろぽろと涙がこぼれる。
彼女は涙が出ている事に気づいたのか、慌てて袖で拭った。
「この一件も、元はと言えば、四条君達の頼みを疑いもせずに信じたから……。綱田君を学校に来させることが出来れば、貴方のように人を変えられるような人間になれると思って……私……」
「有栖川……」
「私、本当に駄目だ……。変わろうって思ったのに。結局、また貴方に迷惑をかけてる……」
彼女は背中を丸めて、小さく震えていた。
「そうだな。というか、昔のお前なら、警戒していたと思う。綱田と直接会わず、電話か何かで話をしようとしただろうな」
俺の言葉に、由姫は更に悲しそうな顔になる。
「じゃ、じゃあ、私、昔のほうが……」
「だけどさ。そういうお前のほうが、俺は好きだよ」
「っ!」
「他人を拒絶するお前より、他人と関わろうと、他人を助けようとする、そんなお前の方が俺は好きだ」
俺がぽんと彼女の頭に手を当てると、
「……こ、こんな時に、変な事言わないでよ。馬鹿……」
と俺の手を払いのけた。
泣いたせいか、照れているせいか、彼女の顔は赤く染まっていた。
「さて……と」
俺は首をコキコキと鳴らすと、一つ深呼吸を入れた。
「有栖川。少しの間、他の相談を全部頼んでいいか? 代わりに、この一件だけは、全部俺に任せてくれ」
「い、嫌。私も何か出来ることが……」
「駄目だ。俺に任せろ」
俺の表情を見た彼女が息を飲む。多分、初めて見る表情だったからだろう。
「ごめん。怖がらせるつもりは無かった」
そう言って俺は前髪をいじった。
大人になると、怒るという事が少なくなる。
どれだけ理不尽な事が起ころうが、大抵は苦笑いで流せるようになる。
だけど、そんな俺が一つだけブチ切れることがある。
よくも由姫を泣かせたな。
俺はビルの中にいるであろう、不良大学生達を見上げた。
彼女を……俺の嫁を泣かせた報いは必ず受けさせてやる。