第100話 大学生VS高校生(体だけ) Ⅰ
「お、お邪魔しま……ひゃっ!?」
四条に続き、中に入ろうとした由姫の肩を俺は掴んだ。驚いたのか、彼女の体がびくんと跳ねる。
「な、なにするのよ!」
「やっぱり由姫はここで待っててくれ。綱田とは俺が話をしてくる」
鍵がかかってなかった事といい、四条達の態度といい、何かがおかしい。
うまく説明出来ないが、何か違和感があるのだ。
「私が綱田君に直接言わないと意味ないでしょ。そのためにわざわざここまで来たんだから」
「そうだけど……」
「それに、この相談は、私の目指してる生徒会長にぴったりだから」
「目指してる生徒会長……?」
俺が首を傾げると、彼女は慌てて口を抑え、
「な、なんでもない!」
そう言って、俺の手を振り切ると、中に入っていった。
俺は慌てて彼女の後を追う。
スナックは意外に広かった。入り口から五メートルほど、廊下のような狭い道が続き、その先にはカウンターと一か所に固められた丸椅子があった。
本当に、こんなところに住んでいるのか? あまりにも生活感が無さすぎる気が……
「え……」
と、前を歩いていた由姫が急に不安そうな表情を浮かべて、立ち止まった。
彼女の視線はカウンターの横にあるテーブル席の方を見ていた。
俺もそちらを見る。
そこにはテーブル席に座った綱田がいた。
だが、綱田だけではない。
「お。やっと来たか」
彼を囲むように、四人の男女がテーブル席に座り、酒を飲んでいた。
全員が二十歳前後。大学生くらいの歳だろうか。
ピアスを付けた茶髪の男。
アゴヒゲを蓄えた目つきの悪い帽子男。
露出の多い服を着た茶髪の女が二人。
綱田は逃げられないような席に座らされ、体を小さく丸めていた。
初めは、綱田がこいつらに絡まれているのかと思った。だが、四条と吉江の反応を見て、この四人が彼らの知り合いであることを理解した。
「有栖川! 逃げるぞ!」
「え」
俺は呆然と立ちつくしていた由姫の手を取ると、出口へと向かった。
しかし――
「おっと」
外から、ガタイの良い天パの男が、俺達の道を塞ぐように入ってきた。
タイミングが良すぎる。あらかじめ、俺達が逃げないように、階段の陰に隠れて待機していたのだろう。
「はいはい。逃げない逃げない。大人しくしてれば、痛い事はなにもしないから……」
「……………………………………」
さすがにこの人数差じゃ、暴れても無駄か。
「有栖川……。いったん、彼らの言う通りにしよう」
「………………………………」
由姫はまだ、この事態が飲み込めていないようだった。彼女の手を引き、俺は彼らの元へと戻った。
「レイジさん。や、約束通り連れてきました」
ずっと黙り込んでいた四条が、口を開いた。
彼の視線の先には、茶髪のピアス男。レイジと呼ばれた男は俺と有栖川を交互に見た後
「お、ご苦労。へぇ、ほんとに可愛いじゃん」
とにやけ顔を浮かべた。
「え。マジ? レイジの好みって、こんなのなの?」
「バーカ。俺は年下には興味ないっての。田上の奴なら、ドストライクかもな」
「たしかに。アイツ、ロリコンっぽいもんね」
「ギャハハ!」
狭い店内に、下品な笑い声が響き渡る。
「四条くん……。これは、どういうことなの……?」
不安なのか、ぎゅっと俺の手を握ったまま、由姫は四条に訊ねた。
「綱田が不登校っていうのは、俺達をここに連れてくるための嘘だった。そうだろ?」
「……ご、ごめん。有栖川さん、鈴原くん」
二人は肩をすくめ、視線を下に向けたまま、小さく頷いた。
「この人達に脅されてやったのか?」
「脅すとか人聞きの悪い事、言うなよ。こいつらは俺達のお願いを聞いてくれただけだから」
レイジは席から立ち上がると、胸ポケットから一枚の紙を取り出し、それをこちらへ放り投げた。
「俺達はこれを見せて、四条達にお願いしただけだよ」
紙……いや、写真か? 俺は床に落ちた写真を裏返した。
「………………なるほど」
その写真に写っていたのは、煙草を吸っている四条達だった。
場所はカラオケかどこかか? 吸いなれてないのか、持ち方がいびつだ。
「で、出来心だったんだ。ちょっと興味があって、勧められて……つい、一本だけ……」
泣きそうな顔で、吉江が呟いた。
なるほど。話が大体見えてきた。
「その写真をばら撒くって脅されて、金を要求されたんだな」
「お。さすが、七芒学園生。頭の回転が早いね」
レイジは目を丸くして、ヒュウと口笛を吹いた。
「なによ……それ……」
俺の手を握った由姫の手の力が強くなる。
「高校生相手に恐喝って、貴方達、恥ずかしくないの?」
「……………………………………」
レイジの表情が急に無になった。彼はゆっくりとした歩幅で由姫の前まで歩いてくると、彼女のすぐ横のテーブルを蹴り飛ばした。
テーブルが倒れ、上にあった空の酒瓶が床に落ち、大きな音を立てた。
「ひっ!」
びくっと由姫の体が硬直する。怯えた表情の彼女の顔を見て、レイジは鼻で笑うと
「はは。そんな怖がらなくても、何もしねぇよ。ただ、口の利き方は気をつけろ。な?」
と念を押すように言った。
「っ…………………………」
由姫は悔しそうな表情は浮かべたが、それ以上は何も言わなかった。
「恥ずかしいとか知るかよ。お前らは勝ち組になるのが約束されんだ。その分け前をちょっと貰うくらい許してくれよ」
こいつら、終わってるな。俺は心の中でため息を吐いた。
見た感じ、不良以上、半グレ未満といったところか。
遊ぶ金が欲しいが、真面目に働くのは嫌。それで、高校生をカツアゲか。