第96話 相談箱 Ⅰ
「なんですか、これ?」
放課後。生徒会室に全員が集まったことを確認すると、会長は隣にある倉庫から、五十センチほどの四角い箱を持ってきた。
「生徒会相談箱です。一般生徒の要望や悩み事を書いて、この箱に入れて貰うんです」
「そんなものあったんですか? というか、ホコリ被ってますけど」
「前生徒会長の意向で相談箱は封鎖されてましたからね」
前生徒会長ってことは、優馬か。昼休みに会った彼の顔が頭をよぎった。
まぁ、アイツは生徒の相談を聞くタイプじゃないしな。
「『面倒くせーから廃止』って、就任翌日に倉庫に放り投げていました」
まんま想像通りだった。
アイツが気にしていたのは、OB会の人達の評価だからな。
就任後の生徒の評価は特に気にしていなかったのだろう。
「だけど、大変なのは本当なの。一昨年は相談箱を稼働させていたそうなんだけど、気軽に相談できる分、凄い量の相談が来るらしいわ。あまりの多さに、当時の生徒会長が過労で倒れたって噂も」
「マジすか……」
なんだか急に、目の前の四角い箱が、特級呪物のように見えてきた。
「それについて、私から提案があります」
手をあげたのは由姫だった。
「深刻度によって、記入用紙を分けて貰うのはどうでしょうか?」
由姫が鞄から取り出したのは、赤、黄色、青の三枚の用紙だった。
「青の用紙は、それほど重要では無い、要望レベルのものを。
黄色の用紙は一般的な相談。出来れば解決して欲しい困りごととかを。
赤の用紙は絶対に解決して欲しい相談。いじめとか、学園生活に支障が出るような相談を記入して貰うんです」
「なるほど……。相談者に深刻度を決めて貰うんですね」
「はい。昔の生徒会が失敗したのは、全ての相談に対応しようとしたからだと思うんです。なので、深刻度の高い相談だけをこなして、深刻度の低い相談は余裕がある時だけ、対応すれば良いかと」
由姫は会長のほうをちらりと見て
「ど、どうでしょうか……?」
と緊張した顔つきで訊ねた。
「…………うん。面白いアイデアだと思います」
会長はそう言って、小さく頷いた。
そして、由姫の肩をポンと叩くと
「この相談箱のプロジェクトは、有栖川さんにリーダーになって貰おうと思います。有栖川さん。お願いできますか?」
「は、はい! 絶対に成功させてみせます!」
由姫は姿勢を正すと力強く言った。
「ではさっそく、記入用紙の印刷に行ってきます」
彼女は小走りで、印刷室へと駆けて行った。
「…………」
会長、由姫のアイデアを「良いアイデア」ではなく、「面白いアイデア」と言ったな……。
もしかしたら、会長も俺と同じく、由姫の提案の問題点に気づいたのかもしれない。
俺はひそひそ声で話しかける。
「会長、気づいてますよね? 由姫のアイデアの問題点に」
「えぇ、まぁ。ですが、これも勉強だと思います。立派な生徒会長になる為には、失敗した経験も必要ですから」
彼女も過去に似たような失敗をしたのだろうか。彼女は苦笑いを浮かべながら、頬を掻いたのだった。